見出し画像

よそゆきの自分を脱ぎ、一杯のコーヒーを飲む

コロナ禍である。
緊急事態宣言で様々なお店が閉まり、活動自粛を余儀なくされた私は、昼下がり、する事がないので近所を散歩していた。

世の中が大変なことになっているというからお化けが歩いているのかと思ったらすれ違うのは普通の人間で、半袖でも良いぐらいの陽気に空を見上げると、わさわさと揺れる緑色の街路樹の隙間から、青一色の空が広がっている。

世間と噛み合ってる、と思った。
生きている空、もわっとした空気が、動いてゆく時間に噛み合っている。
生命の息吹に呼応して拍車をかけるような空を浴びる。
夏だ、と思う。

自粛中に外食をするのははばかられるけれど、近所に絶対信用の出来る、雰囲気は良いのにお客さんが少ないカフェがあったのを思い出し、行ってみる事にする。
お笑いライブに行けないので、精神的に病まないように、先回りして自分をケアしてみる。

カフェのドアを開けると、だだっ広い店内には予想通り人がちらほらとしか居なくて、私は安心して席に座る。
ここはドラマのロケで使われた事があるぐらいなのに、本格的コーヒーを出すのでちょっとだけ料金が高いせいなのか、休日だというのに静かだ。
時間がゆっくり流れている。

アイスコーヒーを注文する。
店員さんに聞いたら写真を撮っても良いとの事なので、気に入った箇所をいくつか撮らせていただく。

私はぼうっとして、窓際から外を眺める。
都バスだとか自転車が、邪魔にならない程度に行き交う。
ガラス1枚隔てても、天気が良いのがわかる。
影がぐうんと伸びている。

コーヒーは濃くて、カフェインがぐわっと心臓を鷲掴みにした。
少し動悸がしてきて、今夜眠れなかったらどうしようと躊躇しつつも、流れに任せてストローを吸う。

店内は、ジャンルのわからないゆったりとした音楽がコーヒーの邪魔にならないようにかかっていて、注意されないと半日ぐらい居てしまうような雰囲気。
弥生美術館に似ているなあ、と思いつつ、またコーヒーを口に入れる。

読まないと、読まないと、と思ってなかなかページを捲れない文庫本を読むか、noteの原稿を書くか悩みつつ、結局何をするでもなく店内を眺める事にする。

キッチンがオープンなので、店員さんがサンドイッチに沢山のレタスを載せるのや、向かいのカウンターにオーナーさんらしき年配の男性がゆったりと身を任せている姿が目に入る。

先程からちらほらと新しいお客さんが入口から入ってきているのだけれど、皆1人で、女性で、今流行りのモチモチしたパーカにスウェットパンツというラフな格好をしていたりして、気取っていなくて、好感を持って迎え入れる。

良いなあ、と思う。
適度に気の抜けてる感じ、良いなあ。

観察していると、どの女性もカジュアルな格好で、パンツ姿で、多分ノーメイクだ。
私は近所に憧れの男性が住んでいるので万が一遭遇した時の為にメイクをしているけれど、それでも、新宿に行く時のようなフルメイクはしていない。
マスカラは塗っているけれど、アイラインは引いていない。
二重の幅に合わせてアイシャドウを重ねたりだとかもしていない。
戦闘モードのメイクではない。隙間だらけのメイクだ。

こういう場所で出会った異性と付き合ったら上手く行くのではないか。
しみじみそう思う。
自分をよく見せるという最初の工程を2段階も3段階もすっ飛ばしていて、いきなり弛緩している。
近所のカフェだとか公園で出会った人とは、等身大で付き合えるのではないか。
私は期待を持って夢想する。

正直疲れている、という思いがある。
シャネルのボームエサンシエルだとかディオールのアディクトリップグロウオイルだとかアディクションのハイライトだとか、大好きなのに疲れる。
そういうの抜きにして付き合いたいと思う。
そこまで自分をよく見せる必要があるのか、使えばそれなりに効果があると思われるのだけど、たまに虚しくなるときがある。

肩に力が入っているなあと思う。
いくつもいくつも膜を重ねて、本当の自分を取り出そうと思ったら相当捲らなければならないほどに覆うと自分自身が1番居心地が悪い。
相当に疲れる。

もっと、足をぶらぶらさせられるような人と付き合いたい。
風が顔をすり抜けてゆくのを感じられるような相手と。
近所の公園でコーヒーを飲むだけのデートでも楽しめるような相手と。

自分を剥く。
どんなに良く見せたい相手にも、自分を剥いてゆく。
一杯のコーヒーと共に、静かに決意する。

この記事が参加している募集

#休日のすごし方

54,107件

#私のコーヒー時間

26,998件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?