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Re: 【短編小説】くらいへや
「NHKばかりで飽きない?」
「飽きないよ、きみもたまにはどう?」
彼女は首を横に振る。
そうか、とぼくは笑う。
公共放送は良い。うるさいコマーシャルが無いし、そのコマーシャルをまたぐ為に希釈されることもない。
ぼんやり眺めていても不愉快さが少ない。
特に深夜は、自然の景色だとか動物だとかを映していて、幾らでも眺めていられた。
「右翼だから国営放送が好きなの?」
「ぼくは右翼じゃないし、これは公共放送だよ」
きみは本物の国営放送を知らない。
天皇陛下の顔が緩やかにズームアップするオープニングだったり、総理大臣の休日だとかを記録した映画だと、いくらぼくでも参ってしまう。
国営放送だとか言う人たちは是非とも本物の国営放送を見て欲しい。
NHKが公共放送である事に心の底から感謝するだろう。
でもJOAKDTVのコールサインで映される日の丸には抵抗感を憶える人間たちはいるかも知らない。
そんな深夜にテレビなんか観てるからだよ。
テレビなんか見てないでさっさとブンガクを読みなさい。
特に波打ち際ブンガクだ。
あれは脳と身体に良い。
「眠らないの?」
「ニュースを見たらね」
そう、やがて早朝のニュースが始まる。
彼らは何時から仕事の準備をしているのだろう。
眠らないテレビ局。
眠らない視聴者。
そうやって街は回っている。
「都会だけだよ、そんなの」
これだから都会育ちは。
田舎者を自称する彼女は不貞腐れる。
「そうかな」
「そうだよ」
23区以外は東京じゃないとか、京都は上下京区を出たら京都じゃないとか、群馬には文明が無いとか埼玉県民は雑草を食べさせておけばいいとか。
「冗談だよ」
「ゆるさない」
それもまた冗談だ。
「おはようございます、ニュースをお伝えします」
歳下の男がスポーツで活躍してるらしい。
彼らは下手をすれば自分の子供くらいの歳だったりもする。
かつて同い歳の人間が活躍しているのを観た時に、あの頃に抱いていた卑屈さみたいなものを感じなくなった。
自他の境界が明確になってきたのだ。
発達か?成長か?
「そんなの、わかっていてもできないよ」
「そりゃそうだ、ぼくだって復讐したくて仕方ない」
ぼくを見下したすべての存在が平伏すまで戦うさ。
「でもすごいね、すごさが分からないくらい」
ホームランを打つ男。
結局は一握りの中にいるひとつまみ以下の人間なんだし、努力でどうこうなるもんじゃあない。
彼は彼だ。
「すごいね、すごい」
昔は厭だった。
同い年の若いひとたちが泣きながら努力に努力を重ねて掴み取るひとつの勝利、そんなものが時たまテレビに映るのが厭だった。
両親の曖昧な期待みたいなものとか、努力をしない自堕落さとかってのを突きつけられている気がしたから。
「みんなそうなんですかね」
「たぶんな」
あの頃もすでに努力なんてものを放棄していた気もするけれど、それは反抗期的な態度の一環であって今みたいな諦観から来るものじゃない。
「あなたは立派だよ」
彼女はそう言ってぼくの肩を抱く。
あの時に死んでいなくて良かったと思う。
死ぬなら今なんじゃないか。
幸福の絶頂で死ぬなんていう事は不可能だ。
そんなことが出来たら株で負ける人間なんていない。
レース賭博で負ける人間なんていない。
そうやっておめおめと生き延びた先にある今で、黒い影がぼくの肩を抱く。
ぼくは黒い影に身を委ねる。
死ぬなら今なんじゃないだろうか。
「だから明日もきっと楽しいわ」
彼女はそう言ってぼくの肩を抱く。
ぼくはテレビだけが付いた暗い部屋でずっと泣いてばかりいた。
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