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美頼に対する大人たちの答えはいつも、曖昧で矛盾に充ちている。そして加奈の中の闇が少しずつ露呈してくる。或いは、『フワつく身体』第二十七回。

※文学フリマなどで頒布したミステリー小説、『フワつく身体』(25万文字 366ページ)の連載第二十七回です。(できるだけ毎日更新の予定)

初回から読みたい方はこちら:「カナはアタシの全て……。1997年渋谷。むず痒いほど懐かしい時代を背景にした百合から全ては始まる。」

前回分はこちら:環は捜査本部と共に、真相を追う。世相はまた、あの頃の匂いを漂わせていた。或いは、『フワつく身体』第二十六回。

『フワつく身体』ってどんな作品?と見出し一覧はこちら:【プロフィール記事】そもそも『フワつく身体』ってどういう作品?

八割方無料で公開いたしますが、最終章のみ有料とし、全部読み終わると、通販で実物を買ったのと同じ1500円になる予定です。

本文:ここから

●一九九七年(平成九年)九月三十日 世良田美頼の日記

 最近、マツリちゃんの姿を見ないなあと思っていたら、両親が東京に出てきて、見つかっちゃって、茨城に連れ戻されていたのだと知った。私はマツリちゃんの連絡先を聞いていなかった。ピッチは持っていたんだろうか。

 今まで同級生とかは、卒業式でわんわん泣いたとしても、もう連絡がつかなくなっちゃうなんてことはなかった。みんなそれなりに近いところに住んでて、中学から私立に行った子とかでも、会おうと思えば会えないことはなかった。

 お父さんの都合で転校しちゃった子もいたけど、その後の連絡先が分からなくなっちゃうなんてことはなかった。

 でも、マツリちゃんとはもう二度と会えないんだと思うと、つらかった。

 どうせいつでも会えるのに、卒業式でわんわん泣く子のことを冷めた目で見てた。そうやってみんなと同じことを思ったりできないでいると、天然とか言われちゃうのは納得いかないといつも思ってきた。

 でも、マツリちゃんと二度と会えないことはそれとはちがう、胸の奥が締まるような痛みがあって、ああ、切ないってこういうことを言うんだと思った。

 でも、ここにいる子はいつもきまった子じゃないし、所属したらあとは出入りは自由なんで、いつの間にかいなくなっちゃう子もいる。

 だから、泣いたりする雰囲気じゃとてもなくて、切なさは胸の中で広がりつづけるしかなかった。なんだか世の中のバランスって変だなって思った。

 それから、デートクラブにいるとついついおやつを食べてしまう問題がここのところ、本当に深刻だった。

 いろいろキツくなりかけている。本当にヤバい。

 こういうとき、オヤジは、きまったように「女の子はちょっとぽっちゃりしてるぐらいがちょうどいい」とか言うんだ。女の子のことなんにも知らないで。

 Mサイズの服が、九号サイズの服が入らないってどれだけ屈辱的なことか分からないんだ。雑誌に出てくるモデルさんはみんなほっそりしてて、好きなブランドの服はワンサイズだけだったりして、九号サイズの服が入らなくなっちゃうってことは、そこにいる資格がなくなるってことなのに。

 中学生になる前、制服を作りに行った洋服やさんで、もっと大きくなるかもしれないからって言われて、十三号でじゅうぶんなのに、十五号サイズの制服を作らされた、惨めさ、悔しさったらなかった。

 しかも、店員のおばちゃんは採寸したサイズをいちいち大きな声で言って、

「まー、ずいぶん大きく成長したのね」

 とか言うから、もう本当に恥ずかしくてしょうがなかった。

 ママに店員さんが嫌だったって言うと、ママは

「だって太ってるんだから、しょうがないじゃない」

 ってアタシを笑うだけだった。

 嫌なこと思い出しちゃった。本当、やせなくちゃ

 今日のオヤジは常連さんのうちの一人、タカギさんがお客さんだった。

 タカギさんはなんだか、ふにゃふにゃした人だった。マツダさんの後輩で、偉い官僚らしいと聞いていたけど、そんなふうにはぜんぜん見えなかった。

 エッチもなんだかふにゃふにゃしていた。まあ、楽だったからいいんだけど。

「なんで、女の子を買うんですか?」

 と他の人たちと同じように聞いてみたけど、タカギさんは

「なんでだろうね、へへ」

 と照れ笑いで返した。そして、

「マツダさんに誘われたからだよ。マツダさんがいいところ教えてくれるって言うから来てみただけ。若い女の子が嫌いな男なんていないしね」

 と言った。

「マツダさんは、私たちのことをけしからんって言ってた。浮ついた若い子には道徳と愛国心が必要なんだって。タカギさんも、そう思ってるの?」

「さあ、どうなんだろうねえ、マツダさんが言うならそうなんじゃないかな。マツダさんはいろいろ考えてるからね。ボクはそれについて行っているだけだから」

「じゃあ、マツダさんが大人の女の人が働く、ソープの方がいいって言ったら、そっちに行くの?」

「意地悪な質問をする子だねえ、君は」

 とタカギさんは言ったけど、マツダさんみたいに不機嫌にはならなかった。

 結局、タカギさんは、最初から最後までずーっとニコニコ、ヘラヘラしていた。

 本当にこの人はいい大学に入って、官僚になるための、すごく難しい試験を受けたのだろうか。

 ニコニコしている人は、たしかに不機嫌な人よりもずっといい。

 でも、このオジサンには主体性っていうものが、一ミリもないんじゃないかと思った。

 もちろん、一度会っただけだから分かんない。

 でも、子分にしておくと、なんでもニコニコ賛同してくれるので、気分がいいんじゃないだろうか。たぶん、タカギさんが普通のサラリーマンとか、お店の店員さんとかだったらそれでもいいんだろうけど、この人はこの国の偉い人なんだと思うと怖かった。

 イエスマンって言うんだっけ。こういう人のこと。

 それだけで、自分よりも偉い人の言うことを、そうです、そうです、って言うだけで出世して、それで責任重大なこともきまっているのだとしたら、すごく怖いことのように思った。

 それから、デートクラブに戻ったら、ちょうどカナと会った。

 久しぶりに二人で清め合おうっていう話になって、アタシたちは長い道玄坂を下って、いつものカラオケボックスに行った。

 服の下にカナが見慣れないペンダントをしているのが気になった。ちょっと大きい銀色の筒のようなものが安っぽいボールチェーンでつながっていた。

 もちろん、カナに似合わないものなんてないんだけど、カナにしては本当にずいぶん、ちゃちいものをつけているなと思った。

 でも、そんなことをあんまり気にかけていられないほど、アタシはカナに飢えていたんだ。

 カナの唇は、深みのあるブラウンで縁取られていた。たぶん、CMで中谷美紀が塗っているピエヌの新色のBR741だ。

 その柔らかい唇を吸うと、もうアタシは息ができなくなるぐらいにうっとりとしたし、カナの指先には、バーガンディーの血豆ネイルが塗られていて、なんて妖艶で美しいんだろうって思った。

 その指先にオヤジたちに汚されたいろんなところを清めてもらうと、甘美な気持ちよさでたまらなくなって、アタシはカナの耳元で、何度もカナの名前を呼んだ。

 気持ちよくて、そのときは分からなかったけれど、今になって冷静に考えるとアタシばっかり盛り上がっていたような気がする。気のせいだろうか。

 それから、カナのつけている香水がディオールのドルチェヴィータではなくなっていた。飽きたのかもしれない。たぶん、カルバン・クラインのCK―1だと思った。カナにしてはカジュアルすぎる気もした。

 終わったあと、カナの胸元に胸を埋めていると、改めて例の安っぽいペンダントが気になった。

「ねえ、カナ、なんなのコレ」

 アタシがペンダントの筒の部分をつまみながら聞いた。

 すると、カナはその部分を持って、くるくると回した。いれ物になっていた。

 中からは大きめの半分が青で半分が透明のカプセルが二つ出てきた。透明の部分からは、なにか粉が入っているのが見える。

「コレね、青酸カリ。この二つで致死量。死を想像すると落ち着くってヨシキに話したらくれたの。これでいつでも死ねるんだよ」

 カナは血豆ネイルの指でカプセルをつつくと、同じような赤黒い唇の端を上げて、妖しく笑った。

本文:ここまで

続きはこちら:第二十八回

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