カナとミヨリ、どっちがどっちでも構わない取り替え可能な存在になればいい、とあの時、加奈は言った。或いは、『フワつく身体』第八回。
※文学フリマなどで頒布したミステリー小説、『フワつく身体』(25万文字 366ページ)の連載第八回です。(できるだけ毎日更新の予定)
初回から読みたい方はこちら:「カナはアタシの全て……。1997年渋谷。むず痒いほど懐かしい時代を背景にした百合から全ては始まる。」
前回分はこちら:轢死した社会学者の目撃情報につきまとう都市伝説のような話。そして、組織の理不尽。或いは、『フワつく身体』第七回。
『フワつく身体』ってどんな作品?と見出し一覧はこちら:【プロフィール記事】そもそも『フワつく身体』ってどういう作品?
八割方無料で公開いたしますが、最終章のみ有料とし、全部読み終わると、通販で実物を買ったのと同じ1500円になる予定です。
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●一九九七年(平成九年) 五月三十日 世良田美頼の日記
センター街のゲーセンでカナとプリクラを撮って、幕の中から出たところで、変なオヤジから声をかけられた。
茶髪でチャラそうだったけど、若くはなさそうだった。三十半ばとかそんなだろうか。
フレッドペリーの白いポロシャツにベージュのチノパンを穿いたそいつは、名刺を差し出して、T大学の助教授だと言った。
「渋谷の女子高生のこと取材してるんだけど、いいかな?」
「マキガミ?」
アタシがもらった名刺を見てそう言うと、カナが、
「知ってる、ちょっと有名な人だ。本も読んだことある」
と言った。
「へー、そうなんだ。ボクのこと知ってるの?」
「はい、去年読みました。『退屈な日々のサバイバル術』興味深かったです」
「そう、ちょっと時間もらえるかな」
アタシは正直ぜんぜん興味なかったけど、カナが行くというのでついていった。
デニーズに入って、カナはパフェを頼んだけど、アタシはリバウンドが怖いので、コーヒーだけ飲むことにした。
「ウリとかって、どう思う?」
おしぼりで手を拭きながらそう聞いたマキガミに、カナは、
「別にやりたいやつはやればいいと思う。誰にも迷惑かけてないし」
と答えた。
「君たちはやることあるの?」
「たまに」
「それって、ホテル行くとこまでやんの?」
パフェを運んできたウェイトレスさんがぎょっとした顔でアタシたちを見た。
アタシはおどおどと、二人の間に入って
「それって……答えなければなんない質問なんですか?」
って聞いたら、カナが
「別にいいじゃん。嘘ついたってきっとバレるし」
って言った。
カナは正直に去年から、だんだんお金が必要になってホテルでエッチする援交をはじめたことを話した。
「それってボクの本の影響だったりする?」
「いえ、読む前からはじめていましたし、ああ自分は間違えて無かったんだ、とは思いましたけど」
大学の先生の影響で援交をはじめる? どういうことなのかアタシには分からなかった。
「読み間違えてほしくないんだけど、ボクは別に援交をすすめているわけじゃないんだ」
「分かっています。なにが良いことなのか分かんない今の世の中で、あくまでも援交は自由意志で行われる軽い逸脱にすぎない、ということですよね。でも、単純な人はそう読まないんじゃないでしょうか」
「本当、世の中、バカが多くてやんなるよね。ボクがこんなこと言ったもんだから、保守オヤジどもがアノミーに陥って、愛国心と道徳教育こそが、今の子供たちに必要なんだとか息巻いちゃって。バカだよね。昔から男が春を買うのは甲斐性の一つだった。だったら女の子が売るのも自由だよね。自己責任で売ればいい。そうは思わない?」
そう言って、マキガミは笑った。
カナはうなづいていた。マキガミは、
「それからさ、オカルトめいた心理学者がさ、まあ、心理学者と行ってもユング派なんて、世界じゃ異端なんだけどさ、日本じゃなぜか影響力が強くてさ、まあ、そいつが、援交なんてものは、たましいに傷がつくなんて言うわけ。たましいってなに? って話じゃない。だいたい人間の心なんていくらでもコントロール可能なもの。マインドコントロール、洗脳、或いは薬物によっていかようにでもなる。人間の脳なんてものは、順番にボタンを押していけば、そうなるようにプログラミングされている、臓器のカタマリにすぎない。実際に二年前、たくさんの高学歴たちがサリンを撒いたことで証明したよね」
マキガミはそんなことを言っていた。
人の心はただの臓器のカタマリなのだろうか。ちょっとモヤっとした。
その後、マキガミはアタシの方を見て
「君はカナちゃんが援交をしようって言ったから、従ってる、つまりカナちゃんのフォロワーってことだね」
「ふぉろ?」
アタシはマキガミのカッコつけた言い方がよく分からなくてつぶやいた。
「追随者ってこと」
「たぶん、そうだと思います」
「本当は嫌とか、やめたいとか考えたことはない? まあ、カナちゃんの前では言えないかもしれないけど」
「あるわけないです。カナが言ったことは、アタシの中で世の中のきまりなんかよりも上なんです」
「ほお、ずいぶん心酔してるね。ありがとう」
まるで、カナとアタシの仲を裂くようなことを言って、アタシはムカついた。
マキガミはコーヒーをすすってから、今度はカナの方を見て言った。
「ところで、気になってたんだけど、君たち、S女の制服着てるけど、S女の子じゃないよね。S女で渋谷にいる子はだいたい知ってるから、君みたいな子の話は聞いたことがない。それから、君たちの持ってるカバン、イーストボーイだけど、S女の子はイーストボーイのカバンなんか持っていない。みんな男子校のS高かK高のカバンを持ってる。君たち、本当はどこの子? 埼京線で埼玉から来た? それとも町田あたり?」
「都立です。調布の。田園ってつかない方の」
カナの声はむっとしていた。
「そうなんだ。それは失礼」
「それに、ボクは男子校のカバン持つの嫌いなんです。男に媚びてるみたいで。みんながやってるから、とかじゃなくて自分は自分なんで」
マキガミはカナのその言葉を聞いて吹き出した。
「自分は自分、まるで田舎のヤンキーみたいじゃないか。本当にボクの本読んだの? その自分てなに?、オウムの出家信者たちは、修行の先にある真っ白な自己を求めてサリンを撒いた。でもその自己って結局、教祖の麻原に植え付けられたものだったじゃないか。自己なんてものは断片でいい。ボクはあの本でそう語った。もしかしたら、君は分かってて、その部分に反発しているのかもしれないけど」
カナは何も答えなかった。マキガミは、自分のロレックスの時計を見て、
「あ、これからテレビ局なんだ。じゃあ、ありがとう。これで会計しておいて」
とヴィトンの財布から三千円をテーブルの上に置くと去っていった。
「なにあれ」
とアタシが言うと、カナは少し黙ってから、笑い出した。
「ボクらの田舎臭さ見抜かれちゃったね」
「田舎くさいなんて、そんなことないよ。カナはかわいいし、綺麗だし、センスもぜんぶ最高だよ!」
「ありがとう、でも、やっぱマキガミには分かっちゃうんだね。そう、いい大学入っても洗脳されてサリン撒いちゃったらおしまいだもんね。自分のカタチなんてどうでもいい。今が楽しければいいんだ。もっとまったり生きなきゃ」
「なんだかよく分かんないよ」
「ボクが読んだマキガミの最後に、ユミとアミという子たちが出てくるんだ」
「誰それ、パフィー?」
「たぶん、パフィーからとった偽名なんだろうけど、彼女たちは双子みたいにそっくりな女子高生で、インタビューに答えてアミとユミはお互いにどっちがどっちでもいいんだって言うんだ。取替可能な存在で、今現在をフワフワ生きている。だからウチらも、カナとミヨリ、どっちがどっちでもかまわないぐらいフワついた存在になるんだ」
そう言われてアタシは嬉しかった。カナとマキガミの話はよく分からなかったけど、アタシとカナ、どっちがどっちでもかまわないぐらい同じになれるなら、それでいいと思った。
本文:ここまで
続きはこちら:第九回
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※この話はフィクションであり、現実の人物、団体、施設などとは一切関係がありません。
※警視庁の鉄道警察隊に渋谷分駐所は存在しません。渋谷駅、及び周辺でトラブルにあった場合は、各路線の駅員、ハチ公前の駅前交番、渋谷警察署などにご連絡ください。
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性的好奇心を満たす目的で、一八歳以下の児童と、性交若くは、性交類似行為を行った場合、
五年以下の懲役若くは五百万円以下の罰金、又はその両方を併科されます。
本作品は、こういった違法行為を推奨、若しくは擁護するものでは決してありません。
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