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流星《SF・微JUNE短編小説》

『流星:SF・微JUNE掌編集』から、お試し読みを兼ねて表題作を掲載させていただきます。
(縦→横変換とネット掲載に伴い、行頭一字下げの省略、ルビ→括弧書きなど体裁を変更しています)




丘のうえで、僕の幼い息子が夜空を見上げている。田舎の澄んだ空気越しに、まき散らしたような星が見える。近くの民家はうちだけだから、邪魔する光もない。息子は白い息を吐いて、無邪気に叫んでいる。
「流れ星!」
流れ星の多い時代だ。
僕が生まれる前からずっと。

―――――――――――――――

検閲を通った彼からのメールが届く。彼はいつからか、映像つきの通信をしなくなった。僕には今の彼が、どんな姿をしているか想像がつく。僕はその姿を頭の外に押しやって、昔の彼を思い描く。よく笑う、血色のいい、つかみどころのない男。
おかしな話かもしれない。こんなに違う道に進んだ僕らが、こうして今でも学生時代のようにやりとりしている。

信条が違うからこそ、そうできる。僕らの言い分はまっぷたつだ。彼は志願して神経強化(エンハンスト)した戦闘機乗り。僕は生理学者で、神経強化反対運動で投獄されたことがある。その運動を通して、僕は妻になる女性と出会った。

彼と僕はもう、互いの信条に関わることは話さない。だから僕らのやりとりは、単語から思想を監視する自動検閲をすり抜ける。

過去に一度だけ、面と向かってそれを話したことがあった。いつもは気楽なことばかり言う彼が、自分は最先端の科学を体験しているにすぎないと言い、やがては愛国心だと言った。僕は愚の骨頂だと切りすてた。最後は殴り合いになった。彼とそんなことになったのは一度きりだ。

それ以来、僕らは話すとき自分のどこかのスイッチを切る。互いに深くは踏み込まない。いや、たぶんずっと前からそうしている――。
「パパ! また流れ星!」
気が滅入る。それ以外の選択肢なんてなかった。あるわけがなかった。少なくとも僕は、そう信じていた。政府が変わり、世の中すべてが変わり、そんな生き方はありえなかった。いや、それ以前に、僕らの考え方は違いすぎた。やがてはそれが、同じ結果を生んだだろう。
僕は息子に笑顔を向けたあと、一緒に星の降る空を見る。気が滅入る。

『君たちにこそ、こういう玩具(おもちゃ)が必要だ。
戦闘機乗りなんかじゃなくて、
科学や、政治や、経済や、哲学をやる人間こそ、
これを使うべきだ。
俺はそう思うな。
君は反対だろうけど』

「また光った!」
息子は流れ星が好きだ。だから僕は息子に、きれいな流れ星の話をする。流れ星は、宇宙から落ちてきたチリや石なんだ。光っているあれの温度は、何千度にもなるんだよ。息子は好奇心に目を見ひらく。すごく熱いね。

―――――――――――――――

息子を授かったとき、彼は祝福してくれた。どこかのスイッチを切ったまま。
そのあとしばらくして、彼はこの辺鄙な町を訪ねてくれた。まだよちよち歩きだった息子は、彼を元から知っているようになついた。彼は見たことがないくらい陽気だった。
「よかったな。俺も嬉しい」
駅まで車で迎えに行って、そのまま三人でこの丘でピクニックをした。妻は家から出てこなかった。彼は家には寄らずに帰った。
別れ際に、訓練が終わって最終テストにパスしたと言った。僕は祝福しなかった。フェアじゃないと彼は笑った。

―――――――――――――――

『このオモチャに接続(つな)がれてると、
反応速度は普通の三千倍。まあこれは誰でも知ってる。
すばらしい体験なんだ。
そしてぽっかりあいた空間に出ることがある。
もちろん物理的な空間じゃない。
でも物理的ってどういう意味だろうな?
とにかく、時間と時間のすきまに入ったような感じがするんだ。
一瞬のなかに永遠があるような、いい気分なんだ』

―――――――――――――――

初めてデモに参加した日、こんなことは意味がないと悟った。こんなやり方じゃ。だから仲間から逃げるのかと罵倒されながら、僕はここに移り住んだ。ここで続ける。政府(やつら)が間違っていると証明する。彼は気づいているのだろうか。僕が彼のよもやま話を、すべてデータとみなしていると?

彼は自分の映像を送らない。それでも僕には変わり果てた姿が目に浮かぶ。痩せこけて、真っ赤な目は落ちくぼみ、つやのない灰色の肌に、静脈が青く浮きでて見えるだろう。政府が隠す神経強化兵士の画像を、僕はたくさん見すぎた。ドラッグで恐怖を封じられ、コンピューターにつないだ神経を引き金(トリガー)にした兵士たちは、戦闘の高揚感にひたすらのめり込む。使い捨てられるアドレナリン中毒者(アディクト)たちの末路を、政府は捏造(ねつぞう)したデータで否定する。恐怖と無縁の彼のメールはいつも上機嫌だ。

『気に入ってる小話があるんだ。
光速に近づくと、時間は引き延ばされて遅くなる。
もちろんこの機体は光速と比べたら亀以下だ。
だけど機体に接続した神経からの信号は、
光速に近い速さで走ってる。
ははは、わかってるよ。
君が言いそうなことは!』

僕は彼を救えない。そんなことは彼も望まないと知っている。僕は彼の体感時間の話と、彼が映像を送ってこなくなったことを、神経強化兵士のデータに加える。そして彼は二度と、僕に顔を見せないだろうと予測する。

『もちろん「あの空間」に入ったときも、戦闘は続けてる。
自分がずっと下のほうでやってるのを感じるんだ。
いとも簡単にさ。じっさい簡単なんだよ。
考える必要なんかなにもない』

君がくれる「データ」とひきかえに僕が送るのは、いつも息子の話だ。退屈だろう。無理に合わせてくれる。誕生日も忘れない。僕はどんどん負債が増えるようでつらかった。それもすべて続ける言い訳にした。君からデータを奪う代償を、こうして負っているのだと。

『俺はいつこれを書いてると思う?
じつは戦闘中なんだ。
言っただろう? ここでは時間がありすぎるって。
退屈しのぎさ』

君は気づいていたね。

『ネズミは寿命が短くて、頭も悪いと思われてるだろう?
でも今の俺にはそれは疑問だな。
やつらの体験している速度……』

君は知っていたんだ。

『面白いことがあったんだ。
こいつに接続がれてると、
神経が直接スイッチだから、
自分の体よりよっぽど速く反応する。
ところがそれ以上みたいだ。
この間、一つの標的を見つけてそいつを墜とした。
どうもスムーズすぎた。気持ちよかったけど。
あとで記録を調べたら、
ミサイルは俺がそいつを見つける前に発射されてた。
これはどういうことだろうな?
思うに、ここではやっぱり時間が』

時間が? 途中で終わったメールに聞き返した。
エラー。
『そのアドレスは存在しません』
それきりだった。

―――――――――――――――

息子が流れ星を見上げている。もうはしゃぐだけではない。こんな短い時間に願い事をするなんて無理だ、と笑っている。来年は学校へ上がる。

短い時間。「あの空間」に入った彼になら、充分時間はあっただろう。

「パパの願い事は?」
僕は声に出さずに言う。

あの流れ星はね、宇宙空間から地球に墜落してくる戦闘機なんだ。国境なんかないあの空でずっと、戦争をしてる。
あの戦闘機は数千度の熱に耐えられない。そういうあぶなっかしい兵器を、愚かな大人たちは使ってるんだ。
だからひとつ光るたびに、ひとつの命が消えている。もうすぐこれを、君に話さなくちゃならない。

流れ星の多い時代だ。
僕が生まれる前からずっと。
君が大人になる頃までに、こんな争いはなくなるといい。
でもそうなるかはわからないから、僕は君があんなことをしなくてすむように、仕事をしているんだよ。君がどんな信条を持とうと、あんなことはしなくて済むように。それが僕の願いだ。

―――――――――――――――

たしかに彼は、最先端の科学を体験したのかもしれない。「あの空間」に入った彼には時間があった。それが軍用ドラッグのもたらす幻覚でなかったら? 一瞬のなかに、永遠に引き延ばされた時間があるのだとしたら?

彼が退屈しのぎに書いた最後の願い事が、いつか届くかもしれない。
流れ星を見上げながら、僕はそんなバカなことを考えている。

【終】


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