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約束 ~守護の熱 第八話

 新学期が始まった。高校三年ということで、学校でも、特進コースというクラスに所属することになった。進学に特化する、ということらしい。就職を目指す生徒は、別のクラスになった。かねてからの計画通りに、受験勉強とアルバイトの両立を目指すことにした。それでも、たまに、天体観測は続けていた。その日は、流星群の日だったので、時間を作った。

 前回が、羽奈賀の件で、撮影どころではなかったので、それ以来となる。今回ばかりは、自分一人だし、集中できそうで、我ながら、現金なものだが、純粋に、楽しみにしていた。

 カメラも準備していたが、天体望遠鏡も、今回は、星見の丘に持ち込んだ。天気は間違えない。今夜は、晴れて、よく星が見える。その時間が来た。沢山の星の流れが見えた。これは、羽奈賀にも見せてやりたかった。一緒に、観れたら、よかったのにな・・・本当に、そう思った。

 まだ、星の流れは続いていたが、メインの一群が見ることができたので、今夜は引き上げることにした。坂を下ると、既視感があった。ああ、また、例の二人だ。すると、坂下から、黒塗りの車が登ってきた。

「・・・え?宿じゃなくて?」
「頼む、清乃」
「お客様がお待ちなんで、早く、乗ってもらえませんかね?」
「そういう話じゃ・・・」
「いいから・・・」

 運転手の詰るような声が聞こえると、ヤクザの男が、彼女を車に押し込むように乗せた。彼女は、髪を結いあげ、唇が赤かった。そういえば、いつもは地味な感じにしていた気がする。コートを着ていて、中の服装は解らなかったが、ヒールを履いていたようだった。多分、それは、仕事用の・・・。

 ヤクザは頭を深々と下げ、挨拶をして、車を見送った。それを見た所で、俺は坂を下りた。顔を上げたヤクザと、当然、目が合った。つい、凝視してしまった。

「・・・ああ、兄ちゃんか。なんだっけか、今日、流星群の日だろ?」
「あ、ええ・・・」

 そう言いながら、俺は、車の方を見てしまっていた。

「大きいやつ、持ってるな、それ望遠鏡か?」
「はい・・・」
「良く見えたか?」
「はい」
「良かったな」

 そういうと、ヤクザは、ゆっくり、宿の方に歩き出した。

「あの・・・」
「気を付けて、帰れよ」
「はい・・・」

 俺は、なんとなく、ヤクザに、声を掛けかけた。・・・にしても、なんと掛ける心算だったんだろうか・・・、自分でも、よく解らなかった。

 あの日の、彼女が、車に乗せられて、どこに連れて行かれたのか。ヤクザは、何の事もない風に、あの後、俺に声を掛けた。俺が、見ていたのは、わかっていたんじゃないか?何か、気になり、考えていたら、腹立たしくなってきていた。なんで、こんな気持ちになるのか、不思議だったが、その後も、折に触れ、あのことが気になって、仕方がなかった。

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「お疲れさん、いつもよくやってくれて助かるんだけど、受験生なんだよな。勉強優先して構わないからね」
「あまり、便利に使うと、親父さんに怒られてしまうからな」

 アルバイトの後、詰所で、現場監督や、職人達が、話をしていた。俺が帰ろうとした時に、その話は耳に入ってきた。

「うちの娘も、来月、結婚するんだ」
「そうか、おめでとう」
「東都銀行の行員なんだが、薹部とうぶの系列じゃなくて良かったと、正直、ホッとしていて」
「それは、ますます、もって、安心だな」
「しかしなあ、薹部は、まだまだ、誘致の関係で、裏工作やってるらしいからな」
「先日も、駅前のビジネス、あのマウントホテル、貸し切りになってたな」
「ああ、羽奈賀が、ランサムに引き上げて、邸宅が使えなくなったらしくて・・・」
「春海楼の子が、議員の接待に使われたらしい」
「羽奈賀のとこで、よくやってたらしいが、今回は外部だからさ」
「ホテルに出入りしてる酒屋が漏れ聞いたらしいが、相当、えげつないこと、やってるらしいな」
「どんな?」
「さあ、それは・・・」

 職人の一人が、俺が、まだ、着替え中で、そこにいることに、気づいた。大人たちは、口をつぐんだ。

「ああ、お疲れ、気を付けてな」

 丸聞こえだった。

 あの日、車に乗せられる時、意に染まない、そんな彼女の感じを思い出した。きっと、仕事とはいえ、そういうことだ。酷いことをさせられている。そうなんだろう。

 羽奈賀の屋敷が、しょっちゅう、パーティやら何やら、やっていることは知っていた。羽奈賀が、俺を家に呼べない理由は、自分自身のこともあったのだろうが、その辺りのことが、大きな理由だったのかもしれない。そして、羽奈賀は、そのことも知っていたのかもしれない。

「仕事、でね」

 確かに、そう言ってた。彼女を普通の人じゃないという言い方もして・・・。

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「雅弥、俺、見ちゃったんだけど、土曜日の」
「?」

 商店街の和菓子屋の息子の坂城だった。同じクラスで、羽奈賀が来る前は、お互いの家を、よく行き来してたが、そう言えば、最近は、一緒に行動はしていなかった。クラスが引き続き、同じ特進コースになって、席も近かった。久しぶりの感じだった。何やら、耳打ちをしてくる。

「表向き、振ったフリして、実は、付き合ってんだろ?」

 あああ、あの件だ。荒木田実紅の。

「違う」
「俺、本屋の奥にいたんだよ」
「・・・」
「一緒に受験用の問題集、買ってただろう?あの後、どこ行ったの?」
「たまたま、あそこで会っただけで・・・」
「嘘つけ、本、取ってやってたじゃんか」
「手が届かなかったから、それで、頼まれただけだ」
「えー、周りには、黙ってるから、教えろよ。で、あの後、どこ行ったの?お前んとこ?」
「知らないよ。あの子は、友達とレコード屋に行ったから」
「ふーん・・・」

 またまた、面倒臭い感じになってきた。その後、断ったのは、皆の手前のフェイクで、結局は、水面下で付き合ってるだの、なんだの・・・と、色々と噂になってしまった。

「辻」

 その数日後の帰り路、大きな手が、後ろから、肩を叩いてきた。荒木田だった。

「なんやかや言って、色々あったけど、結局、そうだったんだな・・・よかった」
「?」
「恩に着る。兄からもよろしく頼む」
「・・・何の事だ?」

 もう一度、肩を軽く叩いて、そのまま、荒木田は行ってしまった。ああ、あれだ。本当に、なんで、そんな話になっているんだ?

 後に解ったことだが、商店街でのことをきっかけにして、そういうことにされているらしかった。実紅は、友達には、あの時のことを利用して、俺と付き合っていることにしていたようだ。俺が断った、という事実は、俺の学校の門前で、見ていた人間に周知の筈だ。しかし、こういうことは、どういうわけか、噂の方が先行しやすいらしい。真実を見ていたが、興味が退けた、俺の学校の男子は、以来、話題にもしなかった。だから、俺も、過去のことと、すっかり、忘れていたぐらいだったが。逆に、女子校では、あの二人の友達の目撃情報が元になり、付き合っているというデマの方が、実しやかに広がり、それが、ついには、兄の謙太の所まで行き、多分、本人も嘘を、本当のように認める形になったのだろう。

 解り易い『誤解』の生じ方だ。こういうのが、田舎独特の悪い所だと思う。噂は、逆に戻ってきて、うちの学校でも、そうなった。坂城の目撃情報も重なって、信憑性を帯びてしまったらしく、いよいよ、面倒臭い感じになってきた。羽奈賀がいたら、怒りまくってくれたかもしれないが・・・。これはもう、ほおっておくことにした。実紅の性格からして、俺と何もないという事実は、友達には言えなかったのかもしれないが・・・とにかく、俺には関係ない。本当に、関係のない話だから。

「なんか、大変みたいね」
「え?」
「荒木田さんのお嬢さんと、って、商店街で聞かれたんだけど」

 明海さんの所まで、噂が来てる。大人たちまで、そんな感じか・・・ヤバ過ぎる。

「違うんだけど、勘違いに尾ひれがついて、デマになってて」
「まあ、そんなことだと思った」
「・・・すみません」
「適当にね、肯定も否定もしてないからね」
「親父の耳に入ったら・・・」
「話題になったら、違う、って言っておくから」
「助かります」
「ふふふ、そんな年頃なのね」

 本当に、どうでもいいことだ。アルバイト先でも、ちょっと、臭わされた。全然、そんなことはないのだと、否定するにも、変な感じになる。

「お騒がせしました。すみません」
「まあ、いいんじゃないの、雅弥君、カッコいいから」
「いや、関係ないですから」
「鷹彦君の時も早かったからな」

 ああ、結婚のことかな。そうだろうな。この一件で、兄貴まで、今更、色々と晒されて。本当に、狭い社会なんだ。よくない感じばかりだ。どこに行っても、そんな風に見られているのか、・・・そうだ。あの人にも、あの場で、いきなり、言われた。デートだなんだって。なんで、決めつけるのか。学校でも、否定すると、「照れるなよ」とか、冷やかされるし、荒木田の手前もあり、本当に・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 星見の丘に行くと、ホッとする。人と話すのが面倒臭い。多分、羽奈賀ぐらいだろうな。今回みたいな件で、俺の立場に立って、理解してくれるのは。

「ああ、いたいた」

 聞き慣れた声だ。振り向くと、あの人だった。・・・一人の時間は、そう続かなかった。

「うん、上がって行くの、見えたから、最近、商店街で会わないね」
「あ、ああ、用事がないんで」
「そう・・・彼女は?」

 あああ、ここでも、その話か。面倒臭いから、商店街にも行ってないだけで。

「違うんで、皆、勘違いしてて」
「でも、否定しきれないんでしょ?彼女、傷つけたくなくて」

 そんな、義理堅いことはしていないが。

「彼女は、君のこと、すごい、好きなの、あの時、感じたけど」

 皆、こういう話題が好きだ。特に、女は。

「君はそうじゃないよねえ、彼女には残念だけど・・・」
「・・・」
「仕方ない、カッコいいから、モテるからね」
「え?」
「二枚目の宿命だからね、ほら、小説とかと一緒でさ」

 解ってるんだ。少し、驚いた。他の奴と同じように、人のことだから、噂して、楽しんでるのか、と思った。でも、後の方の言葉は、なんとなく、茶化されてる気がしたが。

「何?不服そうな顔して・・・」
「あ、いや、皆、噂話で冷やかすばっかで、俺の気持ちとか、関係なく」
「まあ、そうよねえ、人のそういうのって、面白いからね」
「俺は、面白くない」
「ふふふ、そうよねえ、本当でも、困るけどね、こういうのはね」

 そうか。そうだよな。詮索好きが、世の中多い、ってことだな。

「噂って、怖いよねえ・・・でも、君の場合、悪いことじゃないから、まだ、良い方だと思うよ」
「・・・」
「だから、人の噂も七十七日とか、いうじゃない?気にしないことね、・・・じゃあね」

 あ、それ、言いに来ただけなのか?・・・もう、行っちゃうのか・・・。

「あ、・・・あの、今度、・・・星、見ませんか?」
「えー?」
「ここで。あの、今日、何も持ってなくて、今度、良い時に、準備してくるんで」
「・・・今、人の噂でしんどがってるんだよね、君は?」

 バレてるというか、なんか、よく解ってるのか、ちょっと、羽奈賀みたいだな。これって。

「・・・え?あ、ああ・・・まあ、」
「うーん・・・まあ、いいけど」
「ああ、明日。天気いいんで、多分、見れます」
「明日はダメ、仕事があるから」

 そうか、仕事・・・。夜、の仕事だから、か。

「まあ、でも、週中なら、休みだから、明後日なら、いいかな?」
「ああ、はい、じゃあ、待ってます。ここで」
「ん、じゃあね」

 彼女は、また、手を振った。

 なんとなく、誘ってしまった。

「ダメだよ、ここは、まぁやの大事な所だから・・・」

 羽奈賀の言葉を思い出していた。思えば、羽奈賀以外と、ここに来たことはない。というか、彼女には、既に、この場所が知られている分、特別ということでもないと、俺は思った。

 にしても、俺、なんで、声を掛けたのだろうか、と、自問自答した。そうだ。あの時、ヤクザに声を掛けようとした。それと同じ感覚だった。自分でも、よく解らなかったが、そうするのがいいと、その時は、そう思っていた。
                             ~つづく~


みとぎやの小説・連載中 「約束」~守護の熱 第八話

お読み頂きまして、ありがとうございます。
雅弥曰く、「面倒臭い」ことになってきました。
こちらのマガジンにて、これまでの全話が読めます。
未読の方は、ご覧いただくと、嬉しいです。


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