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風雷の門と氷炎の扉⑨

フウマ、ウリュ、ヒョウエの順番でひたすら歩いた。
幸いにも道中ではサンと対峙したのは一度だけであり、大きな怪我もなく今の場所まで辿り着いた。

「フム…あれからサンは出てこないな。」

「そうですね…。」

ウリュは辺りを見回すが、相変わらず何も無い景色が広がっていた。
森を抜けると後は村の周辺と同じような景色だ。
岩のような地と薄暗い天に挟まれているだけだ。

「もう赤…と書かれたところまで来ていると思うのですが…。方向も何も記されていないものを真に受けるのは間違っていたのでしょうか…」

ヒョウエは言い終えるとハッとしてウリュの方を見た。
ウリュの父親であるラータが書いた地図だ。
しかしウリュはヒョウエを見ると冷静に返した。

「お父様はそんな悪戯しないと思うけど…ヒョウエ、それは…その…どこで見つけたのかしら?」

「ウリュ様のご両親の部屋からです。蔵書を整理するのに立ち入った時に、書物と書物の間からポロッと…。」

「ふざけて書いたものを書物の間になんか入れておくかしら…」

「む…確かにそうですね…。」

『冷静だ…。そして確かにそうだ…。』

ヒョウエは妙に深く納得すると、下に向けた視線を再度ウリュへと向けた。

『なんて真っ直ぐな目だ。戦神…戦神になれる。戦神の娘ではない。この方が…いや、この方こそが戦神だ…。』

ヒョウエはその神々しい佇まいに目と心を暫し奪われた。

「な、何だ?あれは…?ヒョウエ!!」

フウマの声が戦神に奪われたはずのヒョウエの目と心を現実へ引き戻した。

「あ、赤い、赤いぞ。上が赤い…。」

ヒョウエは目を擦り、何度も見直した。

「ウリュ様!あれを見て…く…」

ヒョウエはウリュの方を向くと、また目を擦った。

「ハァハァ…」

「ウリュ様…?」

ウリュの目は真っ赤に光り、その視線は赤い天へと向いている。
息は荒く、肩で息をしており、汗の玉が顔と首筋に浮いている。

「ハァハァ…そ…そう…なの…私…私は…」

「ウリュ様!どうされたのです!?」

「こ…こ…ここ…は…ハァハァ…え…」

ヒョウエはウリュのただならぬ状態を察知し、駆け寄った。
フウマも立ち尽くすウリュへと駆け寄った。

「あ…あぁ…グギギギ…」

ウリュは赤く光り輝く目はそのままに歯を噛み締めた。
するとあろう事かこのタイミングでサンがブチュブチュと嫌な音を立てて5体地面からせり出てきた。

「ウリュ!!しっかりしろ!目を覚ませ!サンだ!サンが来たぞ!」

フウマはすぐに木刀を構え、ウリュの意識を取り戻そうと大声を上げるがウリュの状態は変わらない。
3人は現れたサンに取り囲まれた。

「ヒョウエ!ウリュを頼むぞ!」

「は、はい、…は、い…」

ヒョウエの心もとない返事を聞いたフウマの身体が汗に包まれる。

「5体か…しかも…2人を庇いながら…か…」

サンはカクカクと動き始め、手を前に伸ばし一斉に襲ってきた。
するとフウマは覚悟を決めたような表情で大声で叫んだ。

「伏せろ!!ヒョウエ!!」

ヒョウエはその声に反応し、ウリュの頭を抱き、地に伏せた。
その伏せる瞬間、ヒョウエの頭部ぎりぎりを後ろを向く勢いと渾身の力で振り抜いたフウマの木刀が真一文字に通過する。
ヒョウエはその恐怖に浸る暇もなくウリュを抱えて立ち上がった。
ヒョウエは立ち上がり、後ろを向くとフウマの木刀はサン2体の首を切断していた。
ヒョウエはすぐに状況を読むとウリュを抱えたまま走り始めた。

「く、ぐぁっ!く、くそぅ!ヒョウエ!!ウリュを連れてそのまま逃げろ!!走れ!走れぇ!」

サン2体を斬り裂いたフウマの後ろから残りのサンが襲いかかり、その手をフウマの肩にかけてしまった。
シュウーと音と白煙を上げてフウマの肩を焼いている。

「ウリュ様…!必ず救います!」

ウリュを抱えたヒョウエはそう言うと、ウリュの顔に視線を移した。
するとウリュの口が動き、何かを呟いているように見えた。

「…ナキ…」

「な…ハァハァ…な、何を…?」

「レ…ナキ…モノヨ…」

「ウリュ様!?ハァハァ!何を?言って…?」

「ケガレナキモノヨ…オマエタチハマダキテハナラヌ…」

「穢なきモノよ?お前達はまだ来てはならぬ…?どういう…」

「うぅ…うっ!」

「ウリュ様!?」

ウリュは顔をぐっとしかめて、苦しそうな表情をした。
そして次の瞬間、目、鼻、口が一斉に赤く光り輝いた。

「キエウセイ!!」

ウリュの叫びと共に目、鼻、口から真っ赤な光が放たれた。
その光はホーミングミサイルのようにフウマを取り囲むサンを目掛けて、曲がりくねりながら飛んでいく。

「フウマ様!伏せて!!」

ヒョウエはその光が何をする為のものか理解するとすぐにフウマに大声で叫んだ。

「くっ…ぬあぁ!!うおぉ!!」

フウマの目には赤い光が見える。
これを回避しないと自分がどうなるのか、ヒョウエの叫びを聞いたフウマはピンときたのだ。
フウマは焼かれた肩に力を込めて再度思い切り木刀を横に振った。
さすがに肩をやられ力が無くなっていた為か、フウマの木刀は後ろから肩を掴んでいたサンの頭部の一部を切り取るのみだった。
しかし、それが功を奏したのだ。
肩を掴んでいたサンの手の力が緩まったのである。
その好機を百戦錬磨のフウマは見逃さなかった。

「くっああああ!!」

フウマは身を捻り、サンの手から逃れるとその場に伏せた。
ウリュから放たれた赤い光が迫る。
フウマは身体を伏せた状態で頭だけ上げて上を見ると、サンがその手を伸ばして自分へ襲いかかってくるシーンがスローモーションで再生された。

『あの光…間に合うのか…?そしてあの光は…何だ…?』

フウマはコンマ数秒の時間考えた。
しかし、その考えは途中で赤い光に遮られたのだ。

『来る…信じよう…あの光を信じよう…いや、信じるしかない…』

フウマは考えるのを止め、頭を地に伏せた。

バシィ!!バシュゥ!バシッ!!

凄まじい音がフウマの鼓膜を襲った。

「ぐっ…う…」

フウマはキーンという耳鳴りの中で頭を起こすと、自分に襲いかかってきたはずのサンが跡形も無く消えていた。
攻撃を加えて倒したサンの場合、タールのようになり地面へその痕跡を残す。
しかし、今回は何も残っていない。

「ど、どういう事だ…?そしてあの光は?どこから…?ヒョウエはなぜ気が付いた…?分からぬ…分からぬぞ…。」

「ウリュ様!ウリュ様ぁ!」

数十m先でヒョウエの叫ぶ声が、耳鳴りの続くフウマの耳に入った。

「おぉ、そうだ!ウリュ!大丈夫か!?ぐぁっく…ぐっぅ…!」

フウマはウリュを案じて立ち上がろうとしたが、サンに焼かれていた肩の激痛で膝を着いてしまった。

「ウ、ウリュ!」

しかし、フウマは肩をもう片方の手で押さえ、激痛の中歯を食いしばると、一気に立ち上がる。
そして地に横たわるウリュの元へとよろけながら駆け寄った。
フウマは肩を押さえたまま、横たわるウリュの頭側に膝を着いているヒョウエを見た。

「ウリュ…は…?」

「意識がありません…。」

「あの…光…は…?」

「ウリュ様から放たれたものです。」

「何だと?」

「穢なきモノよ、お前達はまだ来てはならぬ…そう言うと顔が赤く光り…そして放たれました。」

「どういう事だ…。」

「その言葉の意味は分かりませんが…。」

フウマとヒョウエの会話が停止した。
天は相変わらず赤い。
しばらくの沈黙の後、フウマがウリュの頭側に座った。

「ウリュが私を救ってくれたのか…」

フウマは呟いた。
低く、実に重い口調だ。
そしてまた沈黙が辺りを包み込む。

「赤くなった上を見た瞬間です。ウリュ様が豹変したのは。」

フウマがウリュを見つめる視線を奪うかのようにヒョウエは状況を説明しだした。
しかしフウマはその目をウリュから離そうとしない。
そしてヒョウエの説明を無視してフウマが手を伸ばし、ウリュの髪をさらりと撫で上げた瞬間、ウリュはカッと目を見開いた。
白眼は赤黒く染まり、黒眼はとてつもなく明るい赤色に輝いている。

「ウリュ!」

「ウリュ様!?」

フウマとヒョウエはほぼ同時に声を出した。
ウリュはゆっくりと身体を起こすと、両手でフウマの着物を掴んだ。

「連れて行って下さい!!フウマ様ぁ!!ねぇ!!お願いします!!お願いしますぅう!お願い!お願いします!!ヒョウエ!!ヒョウエも!お願い!ヒョウエ!お願い!」

ウリュはフウマ、ヒョウエ2人にすがりついた。
驚いた2人だが先に口を開いたのは意外にもヒョウエだった。

「どうしたのです!?ウリュ様!落ち着いて下さい!」

「ヒョウエぇ!!私には時間が無いの!何もかも全部綺麗にしてから私は行きたい!!」

「ち、ちゃんと、ちゃんと説明して下さい!!ウリュ様!」

ウリュの息が更に荒くなっていく。

「呼んでるのよ!ハァハァ!私を呼んでるの!!時間が無い!私は私の仕事全うして…それから行きたいの!!」

「ウリュ、分からぬ。教えてくれ。分からぬのだ。どこへ行きたいのだ?当初の目的はどうするつもりだ?」

埒が明かない狂気を纏うウリュにフウマが遂に口を開いた。
するとウリュは真っ赤な目でキッとフウマを睨み声を荒らげた。

「全部解決するのよ!!全部解決してから行くの!!いや、一つはもう解決したようなものよ!!」

「ウリュ…。」

思いもよらぬウリュの激しい反撃にフウマはたじろいだ。
それを見たヒョウエが落ち着いた声でウリュを諭し始めた。

「分かりました、ウリュ様。落ち着いて下さい。私は何をすればよろしいでしょうか?ウリュ様、私はあなたに仕える身です。何なりと…。」

ヒョウエはウリュの前で頭を下げた。

「ハァハァ…ふぅふぅ…ぐぐ…」

「ウリュ様…。何なりと私、ヒョウエにお申し付け下さい。」

「ハァハァ…グギギ…」

ヒョウエは苦しそうなウリュを見つめた。

「ウリュ様、ヒョウエがおります。ご心配なさらず。」

「連れて行って。」

「はい、もちろん、お供します。で、どちらへ?」

「ゼータを殺した後、風雷の門へ。」



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