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映画『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』

2015年/製作国:イタリア/上映時間:119分
原題
 Lo chiamavano Jeeg Robot 英語 hey Call Me Jeeg Robot
監督 ガブリエーレ・マイネッティ




イタリア版の予告編がおすすめです

予告編(日本版)

予告編(海外版)


STORY

 舞台は、テロの脅威に晒される現代ローマ郊外。
 裏町道をコソつく孤独なチンピラ、エンツォは、逃亡中にふとしたきっかけにより超人的なパワーを得てしまう。
 始めは私利私欲のためにその力を使うエンツォであったが、世話になっていた「オヤジ」を闇取引の最中に殺され、残された娘アレッシアの面倒を見る羽目になったことから、彼女を守るために正義に目覚めてゆくこととなる。アレッシアは若干知的障害気味で(日本のヒーロー物の)アニメ『鋼鉄ジーグ』のDVDを片時も離さない熱狂的なファンであり、怪力を得たエンツォを、そのアニメの主人公司馬宙シバヒロシと同一視して慕う。そんな2人の前に、悪の組織のリーダー、ジンガロが立ち塞がる……

Blu-rayパッケージの解説に若干手を加えたもの

 

レビュー

 映画史に燦然さんぜんと輝く、ヒーロー映画の傑作でした。
 どちらかと言えば男性向けの作品でしたけれども、それはそれで良かったですし、何といっても内容が素晴らし過ぎです。

 ※以下、無駄に長いです。この作品が大好き且つ【解析】、【シーンの謎解き】、【無駄話】、【他人のダラダラした感想】等を読むのが好きな方のみご覧ください。そうではない方はスルー推奨
 メモ的な感じで、思いつくままに、まとまりなく書いております

 
 主人公は若手のイケメン俳優かと思ったら、なんと良いところが一つもないオジサン(ジャケット詐欺)。ヒーローから最も遠い存在で、外見、知性、運動能力、品格、経済力、食事、習慣、部屋の中……等、もう全てがアウトで、しかもコソ泥。チンピラの組織にすら入れてもらえない、はっきり言って生きている価値を何一つ感じない人間。という設定。
 視聴開始直後、「このコソ泥すぐにあの世へ送られちゃうんだろうなぁ」と思って観ていたら、それが主人公でした……(悪を追うどころか、悪に追われている)。
 ヒロインも、見た目からしていかにもさちの薄い、可哀相な人生を歩んできた人で、結構いい歳の、しかも先天性の軽度知的障害、ないし後天性の精神障害を患う、実の父親に幼少期から性的虐待を受けてきたというせつない設定(母親を亡くしてから更に精神的に不安定になってしまったとのこと)。その姿を初めて画面で観たとき「これ以降もう出てこないんだろうなぁ」と思っていたら、それが……(以下略)。
 敵役も、ソフトのジャケットの写真は奇跡の写真で……(以下略)。

 さらには主人公がスーパー能力を獲得する過程と、CG初出しょしつ場面がめちゃくちゃショボく、面白くなる要素が0%に感じてしまい、開始20分程度にて早送りをするかしないか迷いましたが、そこをなんとかこらえて見続けていると、後半に突然、「無駄」な展開にしか見えていなかったそれまでの場面の数々が輝きだし、まるで卵の殻を破って羽化するかのように、最高に魅力的な主人公とヒロイン、そして悪役が、怒涛の如く誕生してゆくという奇跡の展開が待ち受けていたのでした。
 前半~中盤までのダラダラした展開は、主人公の冷え切ったヒーロー魂の卵を、ヒロインが抱卵して温め、羽化させるために絶対に必要な待ち時間だった……という演出に痺れました。

 そして本作は教えてくれます。
 スーパーヒーローを描くのに、巨額の製作費も、最高水準のCGも、巨額の宣伝費も、美男美女も、派手で凝った長い戦闘シーンも、すごいマシーンも、金持ちスーパーヒーローも、スーパーヒーローの群れも組織も、まして地球外生命体などは必要ないということを。
 そういえば、子どもの頃に訪れたイタリア旅行にて最も記憶に残っている味は、ガイドさんおすすめの、パスタ系のメニューのみで勝負しているお店で食べた、シンプルなペペロンチーノでした(母が注文したのを味見。私はボロネーゼを注文。両方美味しかったです)。

 本作の一番好きな場面は、主人公がヒーローに目覚めて覚醒し、最終決戦へと向かうまでのシーンです。
 そのとき主人公のバックに燃える炎は、間違いなく彼のヒーロー魂にともった炎であり、その炎が全身に宿った瞬間でもあります。冒頭で人の物を盗み、自分のためだけに走って逃げていた主人公は、何かから逃げるためではなく、誰かを守るために走れる男に生まれ変わったのでした。
 ですから主人公が死にそうな女の子を助けた後の、ヒロインの嬉しそうな顔の回想シーンを見たときには涙がとめどなく溢れ、止めることが出来ませんでした。
 主人公は助けた女の子の母親に感謝され、抱きしめられて、自身もしっかりと母親を抱きしめ返しますが、主人公が抱きしめたのは助けた女の子の母親というよりも、自分が救うことの出来なかったヒロインと、そのヒロインが主人公に託した思い、またはヒロインの母親なのかもしれないと感じました。
 ゆえに主人公が救った女の子も私には、誰にも助けてもらえずに虐待され続けていた小さい頃のヒロインのように見えました。なぜなら女の子は、ヒロインの気持ち(感情)や魂のメタファーであるピンクの風船を持っていましたし、ヘアゴムにも暗示するかのようにピンクが入っていたからです。そして女の子の名前は「Gioia(ジョイア)」。意味は、「喜び」です。
 主人公は、幼少期に性的虐待をされたヒロインの過去の呪縛を解くかのように、少女に「大丈夫、俺に任せろ」と伝え、女の子(ヒロインの「喜び」の感情のメタファー)を縛り付け身動みうごきを取れなくしているシートベルト(本来であれば我が子を守る立場にありながら逆に酷いことをしていたヒロインの父親を象徴するメタファー)を断ち切るからです。
 
 ヒロインは決して、主人公に対して「私を救って」とは言いませんでした。いつも自分以外の誰かを救ってほしいと、主人公に話していました。自分を傷つけた父親までをも救ってと……
 もしかするとヒロインの父親も、その父親に酷いことをされて育ったのかもしれません。そのような会話を見てきたからこそ、その場面にはなおさら泣けました。
 その後、居合わせた他人に「あんた誰なんだ?」と聞かれた主人公は、「司馬宙シバヒロシ」と答えて格好悪いスクーターに格好良くまたがりラストバトルへと向かいますけれども、私はこの時点で、完全に号泣してしまいました。
 スクーターのバックライトは、アニメの鋼鉄ジーグの必殺技の出る腹部の部分、もしくはヒロインが乗ったピンクの観覧車の底の部分等とリンクするデザインとなっており、羽根のようなデザインも追加されていて、私にはそれが、ヒロインが守護天使として主人公を見守っているかのように見えました。
 ヒロインの名前「Alessia(アレッシア)」はギリシア語でヘルパーや守護者を意味する言葉が語源の名前のようです。ちなみに、主人公の名前「Enzo(エンツォ)」は「Lorenzo(ロレンツォ)」から発生しているようで、ロレンツォはどうやらキリスト教の聖人のローマのラウレンティウスからの発生のようで、ラウレンティウスは貧しい人々を擁護した聖人として知られております。また、その名前の由来は「月桂冠を戴いた」という意味であり、月桂冠はピューティア大祭の勝者に与えられていたという経緯を考えると、主人公には「貧しい人々を守るもの」「勝利者」という意味合いも持たせているのではないかと、思われます。
 さらにその後の場面では、ピンク色の風船(ヒロインの魂)が、主人公がスーパーヒーローになるのを見届けて満足したかのように、そしてやっと自由を得たかのように、なんだかうれしそうに揺れながら空(天国)へと昇ってゆくのでした。

 ラストシーン、コロッセオに立つ主人公(戦士としてこれからも戦い続けてゆくという意味かもしれません)が、かっこよすぎます。
 エンディングへと向かう音楽が静かに盛り上がってゆくなか、主人公の背後に見えている山の稜線に、朝日のように見せかけたヒロインのピンク色が(主人公にとってヒロインは太陽であり光であり翼でもある、というメタファーなのかもしれません)あきらかに意図して浮かび上がり、同時に主人公は、ヒロインが手編みで作ってくれて「変身するときちゃんとかぶるのよ」と手渡してくれたマスクをかぶり、正義のヒーロー「鋼鉄ジーグ」となってコロッセオからダイブします(マスクをかぶると背後のピンク色の光は弱まりますが、それはマスクを被ったことで、主人公とヒロインが一体となり、その光はジーグの中に宿ったということなのかもしれません)。
 そしてそれらの描写と共に「ヒーローとは何か」が言葉によって語られますけれども、同時に主人公は(最後の戦いにて爆発に巻き込まれ)死んでしまい、スーパーヒーローはもういないとも語られます。
 ですから、ラストのコロッセオからの主人公のV字(ビクトリー)ダイブシーンに関しましては、大きく以下の2つの解釈が可能となるように思います。
 1つは、「主人公は生きており、再び人々を守るためにジーグのマスクをかぶり街へと舞い降りてゆく」というハッピーエンド。
 もう1つは、「主人公は戦いの中で死んでしまったけれど、主人公とヒロインが残したスーパーヒーローのジーグ魂は、この映画を観て真の愛と勇気を理解した人々の中に生き続け、これから世界中で沢山のスーパーヒーローが生まれてゆくに違いない」という、大きな希望と勇気を感じさせるハッピーエンド。
 ※もしくはその両方

 エンディング曲の2曲は、抑制を効かせた感じで始まりますけれども、徐々にマグマが湧き上がるかのように熱くなり、冷え切って凍りついてしまっている子どもの頃の感性を溶かし、蘇らせ、再び熱い炎を灯してくれるような、湧き上がるスーパーヒーローの魂を表現するのにふさわしい曲であったと思います。
 ※歌詞の「お前はジーグになれる」「その少年の心で 恐れを知らず戦い続ける」の部分も良かったです。

 話は飛びますけれども、イタリアは世界で唯一精神病院の無い国のはずですし(日本は精神科病床世界一)、幼児教育の世界的権威、マリア・モンテッソーリを生んだ国でもあります。
 本作では、主人公がヒロインの家に入ってくるシーンにて、ヒロインの描いた絵が壁に何枚も貼ってある場面を、丁寧にしっかりと撮影しており、虐待を受け続けたヒロインが何によって僅かな正気を保って生きてきたのかがわかるようになっています。
 初見後なんとなく気になり、主人公がヒロインの家へ入ってくるシーンの絵を一時停止してよく見た瞬間、涙が溢れました。何故なら主人公は、ヒロインが長い間ずっと待ち望んでいたスーパーヒーローのジーグであることが、その時点で既に示されていたからです。恥ずかしいことに鑑賞中には、その意図に気が付くことが出来ませんでした。
 またヒロインの父親がヒロインに「(『鋼鉄ジーグ』の)DVDを捨てるぞ」と言ったときに壁に貼られている絵は、ヒロインにとって父親がどのような存在なのかを、ヒロインが父親を語る言葉よりも王弁に語っていました。   
 ※虐待された子は正気を保つために、自分の親を良い親だと語ることが多いという事実があります)。

 また話は飛びますけれども、フェデリコ・フェリーニ監督の映画史に残る名作『道』を鑑賞したことがありましたら、ガブリエーレ・マイネッティ監督の『道』への、深いリスペクトを感じるかもしれません。

 
 本作の色彩には、監督の強いこだわりを感じます。
 全編に渡り、要所を「緑」「黄」「青」の鋼鉄ジーグカラーで統一しているからです。
 例えば開始直後からの流れで言うと、逃走中の家の壁やデモの人のシャツ、抗議文を書いた布や風船の色(この時点では黄色に黒という組み合わせを強調し、まだ悪の世界に身を沈めている主人公を表現するために、ジーグカラーを意図的に崩しています)、身を隠す船、スーパー能力を得る直前の場面の植物、ビニールのゴミ、ドラム缶の色(このあたりからジーグカラーで統一し始めます)、その場面に続くシーンの窓の明かりや木の葉の色、看板と破れかけたポスターの色、毛布(柄はジーグの腹部の部分ではないでしょうか)、枕カバーやシーツ、TV画面に映る番組の色に、朝の風景の色、起床時のデスクライトやマグカップ、背景の衣装ダンスに絨毯、朝食時の家具や食器等の色、着替えた服の色、など、数えてゆくとキリがありません(トイレに吐く廃棄物の黒い液体は、主人公から悪の部分が吐き出されたということのメタファーであると思われます。また朝の洗面所のカットでは、主人公が悪の部分を出し切ったということがわかります)。
 更に続けると、主人公が大好きなザバイオーネ?のパッケージの色は「黄色」で、明らかに鋼鉄ジーグのボディカラーですし、観覧車等の遊園地の色やラストバトルで乗る自動車、ヒロインが死んでしまう夜の川のライトアップ、開始時とエンドロールの文字、飛行機や市電、マネキンの服、地図、果ては背景の建物から植物まで、毎回のようにジーグカラーのオンパレードで、統一感があります。
 監督の、『鋼鉄ジーグ』への深い愛情とリスペクトを感じずにはいられません。

 ちなみに本作のブルーレイ特典には、同監督の短編作品が収録されており。当然のように傑作です。日本のアニメ(原作は漫画)、タイガーマスクから影響を受けたものと思われますけれども、短編の題材も、本作と同じく「児童虐待」を軸に描いた内容でした。

 イタリアの至宝、監督、ガブリエーレ・マイネッティ
 「エンターテイメント」でありながら「芸術」でもあり、さらには「社会問題」をも色濃く取り上げ、それらを一本の作品へとまとめ上げる、世界に類をみない最高のチャレンジャーにして稀有の天才監督。

 大×9ファンです。


 長編第二作『フリークス・アウト』もレビュー予定。


余談

 アニメ『鋼鉄ジーグ』をネットで調べ、そのオープニングを鑑賞してから本作を鑑賞しましたけれども、そうした方がより本作の「こだわり」を楽しめるように感じました。
 以下に、公式の『鋼鉄ジーグ』の動画をぺタリンコしておきますゆえ、宜しければご活用ください。
 


その他 本作の理解を深めるための資料

鋼鉄ジーグ


ザバイオーネ



Soundtrack エンディング 2曲


Supereroe

⇧ カッコ良すぎ


Jeeg Robot L'Uomo D'Acciaio

⇧ 本作を鑑賞後に歌詞付きで聴いたらジーンとします



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