星見さとこ

好きでモノカキしています。星と宇宙と古いものがすき。

星見さとこ

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マガジン

  • 宇宙に鳴る潮騒

    宇宙に憧れ、星を愛し、それを糧として生きる人たちの群像劇です。少しずつ更新していきます。少し、切ない。そんな気分になりたいときにおすすめです。一話完結ですのでお気軽にどうぞ。

最近の記事

真実のロマンチスト

私がその店に足を踏み入れると、今しばらく終電までの時間を楽しみたい男女で込み合っていた。近寄ってきた店員は早々に一人客と判断したのであろう、言葉少なげに私を最奥のカウンター席へ案内する。 運河沿いに据えられたダイニングバーの店内は、マホガニーを基調としたシックな内装に仕上がっていた。雑踏を吸い込むかのように柔らかいジャズピアノで満たされ、落ち着いた雰囲気を提供している。 ふうん、悪くないじゃない。こうした店を選ぶ男は往々にしてロマンチストだろう。まあ、嫌いではないが。 一杯

    • 想い人の彼

      「ただいま。」  玄関からリビングに抜けると私はそのままソファーに突っ伏して倒れこんだ。慣れないお酒が効いて、少し気持ちが悪い。目を閉じれば世界が回る。 「おかえりなさい。」  リビングのシーリングライトが気持ち明るめに灯り、エアコンは火照る私の身体を冷ますように狙いを定めて風を送った。 「ちょっと、寒いじゃない。」 「飲みすぎですよ。お酒は適量を超えれば毒にもなります。しっかりお水を飲んで体内のアルコール分解に備えてください。」  うるさいなあ。しぶしぶ身体を起こしてソファ

      • 光の速さで

         私は星空ツアーガイドを生業にしている。  地域のキャンプ場や文化施設、学校の課外授業などで星座や天体を案内するのが仕事だ。他にも、雑誌の隅っこに小さな記事を書いてみたり、インターネットで情報発信してみたり。  自慢できるほど実入りの良い仕事ではなかったが、好きなことを仕事にしている自負はあって、この生活も割と気に入っていた。  今年ももうじき夏が来る。夏は都会から訪れるキャンプ客や、林間学校の生徒たちが押し寄せる書入れ時だ。  当然、それに向けた準備も佳境を迎えている。最

        • 抜けぬ太刀

          さて、快刀乱麻を断つ、などと言いますが。 これはよく切れる刀で、複雑にからまった麻を切るようにして、複雑に絡み合った問題をものの見事に解決せしめることを例えたものであります。 こうした名刀に準えるように頭の冴えた人っていうのは、どこにでもいるもんでして。あたしなんかの鈍らじゃあ、こうはいきません。 歳を取るとなんというか、社会の仄暗いとこだとか、人の汚いところだとか。まあいろいろなものを憶えて参ります。そこから臆病風に吹かれていては、何かにつけて冴えない。若い時分を見る影な

        真実のロマンチスト

        マガジン

        • 宇宙に鳴る潮騒
          17本

        記事

          二重スリットの彼女

          その日、彼女がふたり来た。 「ごめんねー、待った?」「服選んでたら遅くなっちゃった」 小走りに駆け寄ってくる彼女”たち”の声。差し当たって今来たところだよと返す。 僕の脳がどうかしたのかと思った。何度か瞬きしてみるが、どうやらそうではないらしい。 駅前で立ち話もなんなので、予定通り近くの洒落た喫茶店にしけこんだ。ここはキャラメルマキアートで有名なお店だ。それをふたつ、僕はモカマタリを注文する。 ボックス席の眼前には並んで座る彼女たち。寸分違わず同じ顔。服こそ違うが、その

          二重スリットの彼女

          星のラブレター

          私は古い灯台の上にいた。写真部の私は星空の写真が撮りたくて、新月の夜にはこうして家を抜け出し、この灯台に忍び込んでは撮影をしている。 暫く前に建てられた新しい灯台のおかげで、今やここは何の役目もなく放置されていた。しばしば幽霊が出ると噂され、おかげで気味悪がられて誰も近づかない。撮影をするには都合がよかった。 星空の撮影にはコンディションがとても重要になる。それは日に依って時間に依って、その姿形を変えた。今日の夜空はどうだろうか。月明かりのない新月の夜は貴重だ。灯室を囲むよ

          星のラブレター

          私の先輩

          ゼミの懇親会の帰り道、先輩とキスをした。何故それに至ったのか覚えていない。 何か口論になって、最後に感極まってキスした記憶だけがはっきりとしている。どちらかというと、私から迫った気がしないでもない。 これはまずい。やってしまった。まるで思い出せない。 洗面台の鏡に映るぼさぼさの髪を前に、私は葛藤していた。この状況、どうしたらいいんだろう。すごく学校に行き辛い。どんな顔して先輩に逢えばいいのか。二十歳も超えて、なんて流されやすく不甲斐ないんだろうと自戒する。はぁ。 まずもって

          私を月に連れてって

          背が高いのは、私のコンプレックスだった。 小学校に入った頃から席は一番後ろで、中学に入った頃にはさらに背が伸びた。高校生となった今なお、ほんの少しずつ伸びている。これでスポーツの才能でもあればよかったが、私はそのような星の元に生まれなかった。 それで虐められることもなかったが、クラスの中を見渡せば、小さくて愛らしい女の子ばかり。そんな時、私は少し猫背になり、できるだけ目立たないようにした。自分でも変な癖だと思う。 そんな私は本が好きだった。活字であれば何でも読んだが、星や宇

          私を月に連れてって

          友達のロケット

          ここは海沿いの小さな町だ。随所古びてはいたが、漁師町として今でも活気がある。 魚市場を中心として商店街や役場、学校などの公共施設、それを取り囲むように集落と農地が広がっていた。そこに住まう人たちは各々袖を振り合って暮らしている。 今から十年ほど前だったろうか。ある大学が学部を新設することになり、人気のない工学部が都会のキャンパス追い出されることになった。 候補地は二転三転したものの、当時の町長が敏腕だったこともあり、古い印刷工場の跡地を利用する形で誘致に成功する。 結果と

          友達のロケット

          空の向こうの彼女

          妻は私の弾くピアノを愛してくれた。しかし彼女はもういない。 私はピアニストだ。駅や空港、公園やレストランなどに設置されたピアノたちを相棒にして、定期的に音楽を届ける仕事をしている。 私が妻と出会ったのは、空港のラウンジだ。行き交う人の雑踏から少しだけ離れた場所に設置されたその日の相棒を奏でていると、彼女のほうから声を掛けてきた。 「私、その曲好きです。」 私がその女性に恋をし、その女性が妻となるまでそう時間はかからなかった。 それからの毎日は、まるで陽だまりの中で過ごす

          空の向こうの彼女

          祖父の空

          私の祖父はかつて空軍のパイロットだった。 私が物心つく頃には現役の飛行機乗りを退いていたが、当時の武勇伝を面白おかしく語る祖父が大好きだった。離れて暮らす幼少の私は、祖父の家へ遊びにいく夏と冬の休暇が待ち遠しくてたまらなかった。 私の身体が大きくなる頃には無事定年を以て退官し、暫く祖母と慎ましく暮らしていた。しかし、一昨年その最愛の伴侶を亡くしてからは、長らく過ごした同じ町の老人ホームで暮らしている。 母はこれを機に同居を強く勧めたが、住み慣れた町の景色を見ながら生活するほ

          投影機が照らすもの

          学芸員の彼は小さなプラネタリウムに勤めている。 ベッドタウンの脇に建てられたその施設は、繁盛こそしていなかったが、それでも週末には近隣の親子連れや学生のデートなど、それなりの集客があった。 施設の老朽化は進んでいるが、努めて清潔を保っている。 肝心の投影機も大そうな骨董品であり、ここにいる職員の誰よりも老齢だ。舶来品の年代物で、今時珍しい光学式でその星空を表現する。操作も全て手動で、物語のナレーションや星の解説も職員の肉声で行わなければならない。 整備にはとても手間がかかり

          投影機が照らすもの

          星占いは嘘をつく

           少女は朝から極めて上機嫌だった。気が付けば鼻歌交じりで制服のブレザーに袖を通している。  毎朝目覚め一番の日課になっている星占いアプリによると、今日のいて座の運勢はどのステータスも最高で、こんなこと今日まで見たこともない。おまけに、総評として「今日こそ願いの叶う日!」と書かれている。  願い。願い。そうだ。彼女の脳裏に浮かんだのは彼の顔だった。  彼とは、同じ部活に所属する同級生で、何かと一緒にいることが多かった。最初は他愛もなく会話する程度であったが、彼のちょっとした仕

          星占いは嘘をつく

          レンズの先に

           私は天体望遠鏡の修理職人として働いている。小さな工房を構えて、個人や団体からの依頼を受けている。  仕事は好きだが、本当は天文学者になりたかった。幼い頃から星や宇宙に興味を持ち、夜空を眺めるのが好きだった。しかし、家庭の事情で大学に進学できず、修理職人として働くことになった。それでも仕事を通じて様々な天体望遠鏡や光学機器に触れることができるのは幸せだと思っている。  でも、時々自分の夢を諦めたことに対する後悔や不満も抱えてしまう。  初夏のある日、いつものように工房で積ま

          レンズの先に

          薔薇とロケット

           父はかつて東側で天才と呼ばれた科学者だった。彼の技術力は東側の政府から高く評価されていたことは、幼い日の私も肌で感じていた。父はまさに私の誇りだった。  一方で、父は科学者として政府の抑圧に日々反発していた。高校で数学の教鞭をとっていた母が流行り病で急死したことをきっかけに、父は一人娘である私を連れて西側へ亡命することを決意した。  西側に亡命した父は西側の当局機関から大いに歓迎され、その奇才のような研究開発能力を以て再び科学者としての地位を築いた。  その背中を見て育っ

          薔薇とロケット

          流れ星の名前

           今日の夜は少し冷える。日付が変わる頃には、もっと外気温が落ちていくだろう。彼女はできる限りの防寒装備を整えて、いつもの屋上に上がった。  かつて幼い日、この場所で、今は亡き父から手ほどきを受けた天体観測にすっかりのめりこみ、高校生となった今でもこうして夜空を見上げては撮影と観測を繰り返している。  そんな彼女の夢は自分が発見した彗星に名前を付けることだった。  ある晩、屋上での観測を続けていると、不思議な星を確認した。極めて明るい。ここ数日撮影した画像を用いて移動天体の分

          流れ星の名前