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投影機が照らすもの

学芸員の彼は小さなプラネタリウムに勤めている。
ベッドタウンの脇に建てられたその施設は、繁盛こそしていなかったが、それでも週末には近隣の親子連れや学生のデートなど、それなりの集客があった。

施設の老朽化は進んでいるが、努めて清潔を保っている。
肝心の投影機も大そうな骨董品であり、ここにいる職員の誰よりも老齢だ。舶来品の年代物で、今時珍しい光学式でその星空を表現する。操作も全て手動で、物語のナレーションや星の解説も職員の肉声で行わなければならない。
整備にはとても手間がかかり、時に信じられないような故障も引き起こしたが、彼は嫌いではなかった。
学生の時分から、このプラネタリウムに魅せられたひとりだ。その表現力は最新のデジタル式には到底敵わないが、それでも優しい星空の光は今でも十分な魅力を持っている。

ある日の週末、いつものように十分に温まった投影機はその星空を照らし始めた。彼もまた、緩やかな音楽を流し、マイクを通じてその星座に纏わる物語を読み、演じた星たちを丁寧に解説した。
公演が終わると、静かに鑑賞していた観客たちは各々談笑しながら席を立っていく。
ありがとうございました、と御礼を繰り返しながら見送っていると、ホールには最後に小さな女の子と老齢の女性が残った。祖母と孫だろうか。
彼女たちは聴衆の騒めきを見送ったかと思うと、ゆっくりと席を立ち、女の子は祖母に手を引かれて満足気に帰っていった。

次の週末もその女の子は来た。公演を終えると、興奮した面持ちで祖母へ物語の感想を伝えながらホールを後にする。
そして、その次の週末も女の子は来た。その次の週末も。

彼にはある程度の裁量が与えられていたので、できるだけ星座の物語と解説が重複しないように公演を続けた。
この女の子は何故毎週来てくれるのだろう。気になってしょうがなかった。彼も幼少の頃から宇宙と星座が大好きだったが、流石にこの頻度でプラネタリウムへ足を運んだ記憶はない。
そうこうするうちに、その週末の演目を以て、遂に物語の在庫は尽きてしまった。
笑顔で帰っていく女の子の後ろ姿を見送りながら、どうしたものだろう。彼は頭を抱えた。

次の週末、カウンターでチケットのもぎりをやっていると、ついにその女の子と祖母がやってきた。
いつものように券売機で発券されたチケットが差し出されると、彼はいらっしゃいませと、それを半券にして差し出す。もはや彼女たちの知らない演目はない。良心の呵責が彼を責める。

彼は意を決して、祖母に声をかけた。

「いつもお越しいただいてありがとうございます。ただ、もう私たちが用意している物語の在庫はなくなってしまったのです。以前にご覧になられた物語を上演することになりますが、よろしいですか?」

それを横で聞いていた女の子は、驚くように声を上げた。

「本当!?それならオリオン座のお話が聞きたい!」

がっかりさせてしまうと踏んでいた彼は、女の子の思いがけないリクエストに驚いたが、承知いたしました、と快諾して微笑んだ。
女の子はひとり壁伝いに座席に向かってく。祖母は申し訳なさそうに彼に礼を述べた。

「無理を言ってしまい申し訳ありません。孫の望みを聞いていただき、ありがとうございます。」

そう言って何度か頭を下げる。いえいえ、私もご希望に添えて何よりですと伝えると、祖母は、少しだけ間を置いて答えた。

「彼女は目が見えないのです。それでも、貴方に読んでいただける物語と、星の話をお聞きするのを何よりも楽しみにしていました。」

祖母は続ける。

「彼女は来週、目の手術を受ける予定です。ですので、暫くこちらにはお邪魔できないと思いますが、寛解いたしましたら、また、よろしくお願いします。」

祖母は会釈すると、女の子を追い彼女の席の隣へ向かっていった。

今日の上演はオリオン座。
盲目となったオリオンが神託を受け、冒険の末に東の果てへ到達し、太陽神ヘリオスがその目を治す物語だ。

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