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一生で500回以上髪を切り 11回以上引っ越す「新しさ」への執着

吐故納新(とこのうしん)
→ 古いものを捨て、新しいものを取り入れること。

吐故納新(とこのうしん)という言葉は、古代中国の思想に由来する。

この四字熟語は、「古いものを捨て、新しいものを取り入れる」という意味を持つ。

最古の用例は、後漢時代の歴史書「後漢書」に見られる。

そこには、「吐故納新、與時倶進」(古いものを吐き出し新しいものを取り入れ、時代とともに進歩する)という一節がある。

この概念は、道教の思想とも深く結びついている。

老子の「道徳経」には、「谷神不死、是謂玄牝。玄牝之門、是謂天地根」(谷の神は死なず、これを玄牝という。玄牝の門は、これを天地の根という)という言葉がある。

この「谷の神」は、常に新しいものを生み出す力を象徴している。

日本には、奈良時代に遣唐使を通じてこの思想が伝わった。

特に、明治維新の時期に「旧習を破り、新知識を取り入れる」という意味で広く使われるようになった。

現代では、この言葉は「時代に合わせて革新する」「古い考え方や習慣を改め、新しいものを取り入れる」という意味で使われる。

しかし、この概念は単に精神的なものだけでなく、私たちの日常生活にも深く根付いている。

実際、私たちは意識せずに、多くのものを定期的に「新しく」している。

例えば、アメリカの消費者行動調査会社NPDグループの調査によると、平均的なアメリカ人は年間7.5足の靴を購入するという。

これは、一生涯(80年と仮定)で600足以上の靴を「新しく」することを意味する。

この数字は、私たちが考える以上に、「吐故納新」を実践していることを示している。

では、他のアイテムではどうだろうか。

詳しく見ていこう。

身に着けるものの更新頻度:驚くべき「新しさ」への執着

私たちが日常的に身に着けるものは、想像以上の頻度で新しくなっている。

以下、主要なアイテムごとの更新頻度を見ていこう。

1. 衣類

アメリカ環境保護庁(EPA)の報告によると、アメリカ人は年間平均82ポンド(約37kg)の衣類を廃棄している。

これは、一生涯で約3トンの衣類を「新しく」することを意味する。

Tシャツに限定すると、ファストファッションの台頭により、平均的な消費者は年間9.5枚のTシャツを購入するという(Statista, 2021)。

80年の人生では760枚のTシャツを「新しく」することになる。

2. 靴

前述のNPDグループの調査に加え、世界靴産業連盟(APICCAPS)の報告によると、世界平均で一人当たり年間3.1足の靴を購入している。

80年の人生では248足の靴を「新しく」することになる。

3. スマートフォン

Kantar Worldpanelの調査によると、平均的なユーザーは2年ごとにスマートフォンを買い替えている。

スマートフォンが普及してからの50年間で、25台のスマートフォンを「新しく」することになる。

4. 眼鏡

Vision Councilの報告によると、眼鏡使用者は平均して2.2年ごとに新しい眼鏡を購入する。

60年間(20歳から80歳まで)で約27回眼鏡を「新しく」することになる。

5. 髪型

アメリカの美容業界団体Professional Beauty Associationによると、平均的な人は6〜8週間ごとに髪を切る。

80年の人生では、約520〜680回髪型を「新しく」することになる。

これらの数字は、私たちが意識せずに「吐故納新」を実践していることを如実に示している。

特に注目すべきは、これらの頻度が時代とともに増加していることだ。

例えば、1960年代のアメリカ人は年間平均25ポンドの衣類しか購入していなかったが、現在は年間65ポンドに増加している(EPA, 2018)。

この増加傾向は、消費社会の進展と「新しさ」への執着を反映している。

しかし、同時に環境問題やサステナビリティの観点から、この傾向を見直す動きも出てきている。

生活環境の更新:住まいと生活様式の変化

身に着けるもの以外にも、私たちは生活環境を定期的に「新しく」している。

特に、住まいや生活様式に関する更新頻度を見てみよう。

1. 引っ越し

アメリカ国勢調査局のデータによると、平均的なアメリカ人は生涯で11.7回引っ越しを経験する。

これは約6.8年に1回のペースで住環境を「新しく」していることになる。

日本の場合、総務省の住民基本台帳人口移動報告によると、年間約500万人が引っ越しをしている。

これは、人口の約4%が毎年住環境を「新しく」していることを意味する。

2. 家具の買い替え

家具業界団体のAmerican Home Furnishings Allianceによると、ソファの平均使用年数は7〜15年、ダイニングテーブルは15〜20年だという。

80年の人生で、ソファを5〜11回、ダイニングテーブルを4〜5回「新しく」することになる。

3. 家電の買い替え

全国家庭電気製品公正取引協議会のデータによると、主要家電の平均使用年数は以下の通り:
- テレビ:約10年
- 冷蔵庫:約11年
- 洗濯機:約9年
- エアコン:約12年

80年の人生では、テレビを8回、冷蔵庫を7回、洗濯機を9回、エアコンを6〜7回「新しく」することになる。

4. 車の買い替え

自動車調査会社のR.L. Polk & Co.によると、アメリカ人は平均して6.5年ごとに車を買い替える。

60年間(20歳から80歳まで)で約9台の車を「新しく」することになる。

日本の場合、自動車検査登録情報協会のデータによると、平均使用年数は約13年。

同じ60年間で約4〜5台の車を「新しく」することになる。

5. スーパーマーケットの利用

アメリカのFood Marketing Instituteの調査によると、平均的な家庭は週に1.5回スーパーマーケットを利用する。

これは年間78回、80年の人生では6,240回スーパーマーケットを利用することを意味する。

日本の場合、農林水産省の調査によると、週に3.8回食料品の買い物に行くという。

80年の人生では、約15,800回食料品店を利用することになる。

これらのデータから、私たちが生活環境を頻繁に「新しく」していることが分かる。

特に注目すべきは、これらの頻度が時代とともに変化していることだ。

例えば、1960年代のアメリカ人の平均引っ越し回数は5回程度だったが、現在は倍以上に増加している。

この変化は、ライフスタイルの多様化、職業の流動性の増加、そして「新しさ」への価値観の変化を反映している。

50年間の変化:増加するものと減少するもの

過去50年間で、「吐故納新」の傾向は大きく変化している。

以下、増加しているものと減少しているものを比較してみよう。

増加しているもの

1. 衣類の購入頻度:
前述のように、1960年代のアメリカ人は年間平均25ポンドの衣類を購入していたが、現在は年間65ポンドに増加している。
これは、ファストファッションの台頭による影響が大きい。

2. 電子機器の買い替え:
1970年代には一般家庭にコンピュータはほとんどなかったが、現在では平均3.8年ごとにPCを買い替えている(Intel, 2018)。

3. 外食の頻度:
アメリカ農務省のデータによると、1970年には食費の25.9%が外食だったが、2019年には54.8%に増加している。

4. 引っ越しの回数:
前述のように、アメリカ人の平均引っ越し回数は1960年代の5回から現在の11.7回に増加している。

5. 美容サービスの利用頻度:
アメリカ労働統計局のデータによると、美容サービス業の売上は過去50年間で実質ベースで約3倍に増加している。

減少しているもの

1. 家具の使用年数:
1970年代には、ソファの平均使用年数は20年以上だったが、現在は7〜15年に短縮している(American Home Furnishings Alliance)。

2. 家の所有期間:
全米不動産協会のデータによると、1980年代には平均的な家族が一つの家に住む期間は約7年だったが、現在は約9年に延びている。

3. 車の所有期間:
1960年代には平均的なアメリカ人は4年ごとに車を買い替えていたが、現在は6.5年に延びている(R.L. Polk & Co.)。

4. 実店舗での買い物頻度:
eコマースの台頭により、実店舗での買い物頻度は減少している。
アメリカ商務省のデータによると、2010年から2020年の間に、実店舗での小売販売シェアは92.4%から85.7%に減少した。

5. 手紙を書く頻度:
デジタル通信の普及により、手紙を書く頻度は大幅に減少している。
アメリカ郵政公社のデータによると、2000年から2020年の間に、第一種郵便物の取扱量は47%減少した。

これらの変化は、テクノロジーの進歩、ライフスタイルの変化、そして消費者の価値観の変化を反映している。

特に注目すべきは、「新しさ」への執着が高まる一方で、一部の分野では「長く使う」傾向も見られることだ。

これは、環境意識の高まりやミニマリズムの流行などが影響している可能性がある。

レトロブームの存在:新しいものが常に良いわけではない

「吐故納新」の傾向が強まる一方で、古いものの価値を再評価する「レトロブーム」も常に存在している。

これは、新しいものが必ずしも良いわけではないという教訓を私たちに与えている。

レトロブームの例

1. ファッション:
1990年代ファッションの復活や、ヴィンテージ衣類の人気。
ファッション検索プラットフォームのLystによると、2020年にはヴィンテージ商品の検索数が104%増加した。

2. 音楽:
レコードの売上復活。
Recording Industry Association of America(RIAA)のデータによると、2020年のレコード売上は前年比29.2%増の6億2600万ドルに達した。

3. 家電:
レトロデザインの家電製品の人気。
例えば、スメッグ(SMEG)のレトロ冷蔵庫は、2015年から2020年の間に売上が年平均20%成長している。

4. ゲーム:
レトロゲームの人気再燃。
eBayのデータによると、2020年には1980年代のゲーム機や

カートリッジの売上が前年比60%増加した。

5. 映画やテレビ番組:
リメイクやリブート作品の増加。
Netflixでは、2020年に「コブラ会」のリブート作品が大ヒットし、視聴時間が約25億分に達した。

これらのレトロブームは、以下のような理由で起こっていると考えられる。

1. ノスタルジア:
過去の良い思い出や経験を再体験したいという欲求。
ノスタルジア・マーケティングは、消費者の感情に訴えかける効果的な戦略となっている。

2. 品質への再評価:
過去の製品が持つ耐久性や品質の高さへの再認識。
例えば、ヴィンテージ家具は現代の大量生産品よりも品質が高いと評価されることがある。

3. ユニークさの追求:
大量生産・大量消費の時代に、個性的でユニークなものへの欲求。
ヴィンテージ商品は、他人と被らない個性的なアイテムとして人気がある。

4. サステナビリティへの意識:
環境問題への意識の高まりにより、リサイクルやリユースの価値が再認識されている。
中古品やヴィンテージ品の購入は、サステナブルな消費行動として評価されている。

5. 技術の進歩による再評価:
新しい技術によって、過去の製品の価値が再発見されることがある。
例えば、デジタル技術の進歩により、アナログレコードの音質の良さが再評価されている。

レトロブームの存在は、「新しいものが常に良い」という考え方に疑問を投げかけている。

これは、「吐故納新」の概念を単純に適用するのではなく、古いものと新しいものの価値を適切に評価することの重要性を示している。

マーケティングの観点からも、レトロブームは重要な示唆を与えている。

デロイトの調査によると、ノスタルジア・マーケティングを活用したブランドは、そうでないブランドと比べて顧客ロイヤリティが27%高いという。

まとめ

「吐故納新」の概念とその実践の実態、そして時代とともに変化する「新しさ」への価値観について詳しく見てきた。

ここで得られた洞察を以下にまとめる。

1. 私たちは意識以上に頻繁に「新しくする」行動を取っていて、例えば、平均的な人は一生で500回以上髪を切り、11回以上引っ越しをする。

2. 「新しくする」頻度は多くの分野で増加傾向にあるが、一部では逆に減少している分野もある。

3. 新しいものへの執着が高まる一方で、レトロブームの存在が示すように、古いものの価値を再評価する動きも常に存在する。

4. 製品やサービスの特性によって、「新しさ」の価値は大きく異なる。

5. 環境問題への意識の高まりやサステナビリティの重要性の認識により、「長く使う」ことの価値が再評価されている。

これらの洞察から、現代における「吐故納新」の実践には、以下のようなバランスの取れたアプローチが求められると言える。

1. 技術革新のスピードが速い分野(例:デジタル機器)では、適切なタイミングでの更新が重要。

2. 耐久性や品質が重視される分野(例:家具、高級時計)では、長期的な価値を考慮した選択が重要。

3. 環境負荷を考慮し、必要以上に「新しくする」ことを避ける意識が必要。

4. 古いものの価値を再評価し、修理や再利用の可能性を検討することも重要。

5. ブランドや製品の選択において、単に「新しさ」だけでなく、持続可能性や長期的な価値も考慮する。

マーケティングの観点からも、この新しい「吐故納新」の概念は重要な示唆を与えている。

アクセンチュアの調査によると、サステナビリティを重視するブランドは、そうでないブランドと比べて売上成長率が5.6倍高いという。

「吐故納新」は、単に古いものを捨てて新しいものを取り入れることではない。

それは、時代の変化に適応しつつも、価値あるものを適切に評価し、持続可能な形で取り入れていく姿勢を意味する。

日々の生活の中で、「本当に新しくする必要があるか」「この古いものにはまだ価値があるのではないか」と問いかけてみてほしい。

そうすることで、より賢明で持続可能な消費行動を実践できるはずだ。

「吐故納新」の真の意味は、新旧の価値を適切に評価し、バランスの取れた選択をすることにある。

それは、個人の生活を豊かにするだけでなく、社会全体のサステナビリティにも貢献する重要な概念なのだ。


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