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小説「ヘブンズトリップ」_24話

 太一には、警察のやっかいになったことを省いて、今回のことを話してやった。
 すっかりストーリーテラーになった俺は声を低くして、心霊番組の語り口調で、暗い山道を車で走ったことなどを大げさに話した。
 話を聞き終えた太一は、「思い出したら今日寝られないかも」とずいぶん怖がっていた。
 その後、
若い小児科の先生が俺たちの側に来た。
 「太一君、お母さんも来たみたいだから、診察室でお話しよう」
 「は~い」
 陽気に返事を返した太一はヒョイと椅子からジャンプして先生の後をついていく。
すぐにまた振り返り、こっちを向いた。表情は固い。
 「フミ君。お兄ちゃんにも話しておいて、友達だから」
 「ああ、わかった」
 そういってまた歩き出し、先生と一緒に歩いた先には太一の母親と思われる女性が立っていて、先生に軽く会釈をした後に三人とも診察室に消えていった。

 ずっと、キーボードをカタカタ打っていた史彦の手は止まり、口を開いた。
 「手術するんだって」
 「えっ?」
 俺はすぐに悪いことを想像してしまった。
 「腫瘍が大きくなって、危険な状態だって。転移する可能性だってある」
 俺は太一に何も言葉をかけてやれなかったのが悔しくてたまらない。あいつは笑顔をで俺たちの前から歩いていった。数日会わなかっただけで、たくましくなったのはあいつのほうかもしれない。
 きっとあいつのことだから、お母さんに心配かけないようにとして、医者にどんなことを言われても、涙をこらえて笑顔を見せるだろう。
 「俺たちにできることは少ないぜ。あいつが戻ってきた時に前と変わらず迎えてやればいい」

 「お前、学校行ってないんだって?」
 「あっ?」
 とぼけた様子で返事をする史彦。
 「そろそろちゃんと出席しとかないと、本当にやばくなるぞ」
 「うん、ああ。そうだろうな」
 全然、聞いていないような曖昧な声しか出さない。
 「休んでる間、ずっと家にいたのか?」
 「いや、例のこと調べるために図書館行ったりしてた」
 ただサボってたわけじゃない。その理由を聞いて俺はこいつの行動を否定することはできなくなった。

 「お前のこと、太一に聞いたぜ。ケンカでこの病院にかつぎこまれたって」
 いきなり触れられたくない話題に変えられて、たじろいだ。
 「ケンカじゃねえよ。あいつベラベラしゃべりやがって」
 「ひとりでケンカする根性あるんだな」
 「ひとりじゃなかったよ」
 「えっ? そうなのか」
 自分で答えて、イヤなことを思い出してしまった。俺は自然と包み隠さず自分が降りかかった悲惨な出来事を話した。
 ヤクザみたいな連中に一方的にからまれて、殴られて気絶したこと。
 友達が一緒にいて、先に逃げてしまったこと。
 警察には俺しか関わっていないことにされたこと。
 学校に行ってもその友達とはしゃべらなかったこと。
 史彦は薄っぺらい反応しかしなかったが、俺はそのことを話したら、少しだけ楽になった。
 学校に行って、自分の胸のうちに挟まっていたものが、よりきつく引き締めらた。
 それが今、スーッと痛みもなく、上に抜けていったような感覚になった。
 
 「明日以降は学校に行くよ」
 俺が聞いたわけでもないのに史彦はそう言った。
 史彦だって何も考えてないわけじゃないだろうし、俺もうなずいただけですぐに病院を出た。
 
 何日か後の放課後、帰り際の俺の前に史彦が現われた。以前の俺なら史彦のみたいな学年でも変わり者扱いされているやつに話しかけられることとは嫌がっただろう。けど今の俺にはそんな変なプライドを守る必要もない。
 思っていたら、史彦のほうが周囲を気にしてコソコソと話始めた。
 「どうだった?」
 「何が?」
 「警察に本当のことを言わなかった友達二人のことだよ」
 楠木と川田のことだ。あれ以来、口を交わすこともないけど、煮えくりかえるような感情も特にわいてこない。
 「いや、別に何にも話してないけど」
 「何とも思ってないんだ」
 「そういういうわけじゃないけど」
 「じゃあ、仕返しでもする?」
 「えっ?」
 「ちょっと面白いこと見つけたんだ」
 史彦はニヤニヤしながら話を続けた。
 「あいつら放課後に誰もいない職員用のトイレでタバコ吸ってたよ。あそこのトイレは生徒は使わないから様子を確かめに後をつけてみた。そしたら一番の奥のところから煙が上がってて、においがした」
 「そうか、あいつら構内でずいぶん大胆なことするようになったな。それで、仕返しってどうするんだ?」
 俺はあんまりおどろかなった。
 「上からバケツで水でもかけてやれば?」
史彦の提案してきた仕返しの方法は単純すぎて、仕返しと呼ぶのも恥ずかしいほどだった。
 「それじゃ、すぐばれるだろ。追いかけてきたら、出口は一つだぜ」
 その時は乗り気じゃなかった。
「大丈夫だよ。あのトイレは一階だし、奥に中庭に通じる窓があるから、そっから逃げれば、バレないと思う」
 俺は首を縦に振ったつもりはなかった。 
「じゃあ、決まりだな」
 成り行きというより、史彦が楽しそうにしているのが気になった。
 コイツ学校でもこんな楽しそうな顔するんだ。

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