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SDGs・探究への招待 #015 ~ レジ袋考 くだらない議論にふりまわされないために ~

 レジ袋有料化が始まりました。巷間ではエコバッグに注目が集まっていますが、この記事では「レジ袋」の方を取り上げたいと思います。

1 レジ袋有料化の理由

 そもそもなぜレジ袋の有料化が始まるのかについてはもはや散々テレビや新聞などで指摘されているのでいいかと思いますが、一応ひと言で述べておくなら、「環境保護」です。もう少し言っておくと「マイクロプラスチックの削減」です。
 レジ袋の有料化や廃止は日本国内の動きではなく、世界的な潮流です。アメリカのハワイ州やイギリスは2015年から、フランスは2016年から、お隣の韓国では2019年から、それぞれ「全面禁止」や「有料化」に踏み切りました。むしろ日本は「後進国」です。

2 有料化されないレジ袋ってどんなもの?

 今後基本的にプラスチック製のレジ袋は有料化されます。有料レジ袋から除外されるプラスチック製レジ袋は、経済産業省の「プラスチック製買物袋有料化実施ガイドライン」を読むと、

①プラスチックのフィルムの厚さが50マイクロメートル以上のもの
 繰り返し使用が可能であることから、プラスチック製買物袋の過剰な使用抑制に寄与するためです
②海洋生分解性プラスチックの配合率が100%のもの
 微生物によって海洋で分解されるプラスチック製買物袋は、海洋プラスチックごみ問題対策に寄与するためです
③バイオマス素材の配合率が25%以上のもの
 植物由来がCO2総量を変えない素材であり、地球温暖化対策に寄与するためです

と書かれています。また、持ち手のないものも除外されます。

3 くだらない議論にふりまわされないために、大切なこと

 今回のレジ袋有料化に伴って、たとえば以下のような疑義が出て来るのではないでしょうか?

①3000円前後するエコバッグを新調するより、1枚3円のレジ袋をそのつど買い続けた方が経済的ではないか?(エコバッグはレジ袋約1000回分の価格だし)
➁エコバッグの需要が生まれることで市場に刺激が与えられるのはいいことだが、エコバッグを生産するために莫大なエネルギーや水、石油などの原料を使うのはコストもかかり、結局環境破壊にもつながり、本末転倒なのではないか?

 エコバッグ不要論です。
 この種の議論は、環境保護でもありますが、さまざまな場面でよくあります。新しいシステムや、そのためのツールを導入する際に、その新しいシステムやツールは新たな負担になるだけだとか、そもそも必要ではないといった主張です。

 しかしながらこの種の議論には大切な視点が欠けていると思います。それは、トレードオフの視点 です。

4 トレードオフの視点について

 SDGsは「これが正解」といった特効薬的な解決策の提案を求めてはいません。
 なぜなら現実世界には何一つ絶対的、万能な「正解」がないからです。現実世界は、何かを得ると、別な何かを失うものです。
 ですから、SDGsの観点から課題を考えるときも「これで万事OK! はい終了!」みたいな、ありもしないまぼろしの最終解決策を考えるのではなく、次にまた新たな課題が出てしまうことが織り込み済みになっている、言わば「途上の提案」をすることになります。

 ある解決案は必ず新たな問題を生み、別のところに負担をかけたりネガティブな状況を生み出します。平たく言うと「何を犠牲にして何を生かすか?」ということになります。ただそれだと「SDGsの精神は『誰も取り残さない』なのに、何かを犠牲にするのは論理矛盾だ!破綻している!」と言われてしまいそうですね。

 でも現実がトレードオフでしか先に進めないことをまず受け容れて、それでもなお『誰も取り残さない』と高らかに宣言するからこそ、トレードオフを永遠にやめてはいけないのです。   
 SDGsが探究学習と親和性が高いのは、探究学習がそうであるように、SDGsにも「終わりなき思考」が要求されるからです。

 SDGs、トレードオフというと、いつも夏目漱石の『草枕』の有名すぎる冒頭を思い出します。ちょっと引用します。

 山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。(夏目漱石『草枕』)

 秀逸です。私たちの棲む「人の世」の本質が実に簡潔明瞭に書かれていて、実に素晴らしい文章だと思います。
 「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ」の部分は、「人の世」はまさにトレードオフだと言っているようですし、「住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る」の部分は、STEAM教育で言うところの「A」、即ち「ART(芸術)」の存在理由を言っているように思えます。実学が繰り広げる終わりなきトレードオフの世の中で、「住みにくいと悟った時」、詩や画のような虚学を人は求める。そういえば、漱石は40才近くで作家としてデビューするまでは英語の教師であり英文学者でもあったのですが、趣味でたくさんの漢詩を創っています。彼は詩人でもありました。

 レジ袋有料化は、『草枕』の「智」と「情」のように「利益(経済)」と「倫理(環境)」とのトレードオフのバランスを考えた結果、遅ればせながら、しかもかなり遠慮しながら、日本でも踏み切ったことです。だとすれば、有料化されたレジ袋を全否定しないようにしながらも、徐々にエコバッグへの切り替えをしていってもよさそうですね。

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