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短編小説

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#創作大賞2023

【短編小説】自販機

【短編小説】自販機

帰路につくとき、いつも自販機の前を通る。

そこには誰もいなくて、僕は少しだけほっとする。

暗闇の中で光るその無機質さが、僕にとってはありがたかった。

いつも一本コーヒーを買う。

ある日、そこに人がいた。

ただそれだけで、なんとなく裏切られた気持ちになってしまう。

上京して一人で生きていた僕にだけ、寄り添ってくれていると思っていた自販機。

一日一本しか買わないくせに、偉そうに裏切られた

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【短編小説】あなたの為にやっているのです

【短編小説】あなたの為にやっているのです

そう聞こえたので、思わずふふっと声を出して笑ってしまった。

中途半端に人がいて、ちょうど駅に停車していた車両の中で、私は一気に人の視線を浴びた。

気まずくなって立ち上がる。

ドアの向こうがわ、駅のホームにあと一秒でつくところだったのに、1人だけ喋っていたおばさんに腕を掴まれてしまった。

「なにがおかしいの?」

そのおばさんは、目が静かにくぼんでいた。眉毛はキリッとしている。こんなアスキー

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【短編小説】物語即売会【1】

【短編小説】物語即売会【1】

※この話は,実在の団体・人物とは一切関係のないフィクションです。

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物語即売会は,自らが考える物語を紙媒体の作品にして販売するイベントです。営利・非営利やジャンルは問いません。参加条件は「作りたい物語がある」こと。

1975年に初めて開催されてからこれまで,たくさんの人たちを繋い

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【短編小説】転校3年生

【短編小説】転校3年生

転校して初めて、体育の時間がやってきた。

卓也は体調がよくないから休む、と言ったので、運動場のすみっこでさんかく座りをしていた。

小学3ねんせいになって、梅雨がおわって、太陽は性格がかわったみたいに照りはじめている。
夏休みが思いやられるなあ、と卓也は、自分の足のさきをぼんやり見つめた。

あついのはきらいだ。

遠くで男子がサッカーをしている。
女子は体育館でちがうことをしてるようだった。

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【短編小説】ゆめ

【短編小説】ゆめ

ゆめだ、と思ってから、私の身体はこわばらなくなった。

だってそれだけで、悩まなくて済む。

ここにいる私はきっと、もうどんなしがらみからも解放されている。

さっきまで両手に握っていたロープは、もう離していい。

昔いなくなってしまった、猫のゆめが、小さくすこやかに鳴いた。

やっぱりこっちにいたんだ、と顔を緩めしゃがみ込むと、手元に近寄ってきてくれた。

ありがとう、と言うと、身体が波で覆われ

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【短編小説】努力もしてねえのに羨ましがるなよ

【短編小説】努力もしてねえのに羨ましがるなよ

「じゃああなたもやってみなよ」

佐々木さんから笑顔で言われて、自分の足元からスーッと感覚がなくなっていくのが分かった。座敷に座っていて良かったと思う。

こんな飲み会来るんじゃなかったと思っても、後の祭りだった。

足元に迫る崖の目の前で背中を押されるような不快感が襲ってくる。

大きな机にはたくさんの食べ物やアルコールが雑然と置いてある。その周りを取り囲むように騒ぐ職場の人間たち。

一番端に

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【短編小説】思い出in the sky

【短編小説】思い出in the sky

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ズドォン、と大砲が放たれたような轟音が披露宴会場に響き渡って、一秒前までの明るい喧騒が嘘のように静まり返ってしまった。
風のない会場内で、ひとりだけ、踊るお姫様みたいにひるがえっていたウエディングドレスの下には、床に張り付いたように男性が倒れている。仰向けで。ちょうど私の位置

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