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【短編小説】努力もしてねえのに羨ましがるなよ

「じゃああなたもやってみなよ」

佐々木さんから笑顔で言われて、自分の足元からスーッと感覚がなくなっていくのが分かった。座敷に座っていて良かったと思う。

こんな飲み会来るんじゃなかったと思っても、後の祭りだった。

足元に迫る崖の目の前で背中を押されるような不快感が襲ってくる。

大きな机にはたくさんの食べ物やアルコールが雑然と置いてある。その周りを取り囲むように騒ぐ職場の人間たち。

一番端にいるせいで、私と佐々木さんの問答は誰の意識にも止まっていないようだった。

なんでこんな事になったんだっけ。

そうだ。

佐々木さんがいつもオシャレで綺麗で、私はいつも適当な格好で出社している、という話になったんだった。

私が、佐々木さんはなんでも似合うからいいですよね、私とは違って。と言ったのが、はじまりだった。

そのとき、佐々木さんの目の奥に、鬱屈とした鈍い光が見えた。

そしてこんなことになったんだった。

「じゃああなたさ、ちゃんと保湿してる?皮膚科通ってる?カロリー気にして食事してる?人から見られた時に自分がどんな風か考えたことある?」

地雷を踏んだという言葉がぴったりなくらい、私は佐々木さんから静かな爆撃を浴びた。

時間が巻き戻せたら、と無駄な考えがよぎる。

今もしできるなら、どこまで戻りたいだろう。一時間前?一年前?

学生の時まで?

そんな風に現実逃避して、身体にちからをこめながら、時間が過ぎるのを静かに待った。

「努力もしてねえくせに羨ましがるなよ」

いつも麗しく生きている佐々木さんから、聞いたこともないような声が聞こえて、どうしようもなく消えたくなった。

おわり

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