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【短編小説】思い出in the sky

※広島文学フリマで配布したフリーペーパーです


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ズドォン、と大砲が放たれたような轟音が披露宴会場に響き渡って、一秒前までの明るい喧騒が嘘のように静まり返ってしまった。
風のない会場内で、ひとりだけ、踊るお姫様みたいにひるがえっていたウエディングドレスの下には、床に張り付いたように男性が倒れている。仰向けで。ちょうど私の位置からは、薄くなった頭頂部が照明に当てられて鈍く輝いていた。
私はやっと、花嫁が男性を背負い投げしたという事実を認識できた。それは会場内にいた全員がそうだったようで、でも、だからといって声に出すことはなかった。誰もがみんな、花嫁や男性の、次の動向を見守っている。

永遠かと思われたその沈黙は、背負い投げされ、床にぶっ倒れていた男性の苦しそうなうめき声で破られた。

 スタッフが、だ、大丈夫ですか、と男性に手を差し伸べる。はじめは花嫁に声を掛けようとしていた様子だったけど、堂々と足を肩幅に広げ、たくましい下腿三頭筋でしっかりと立っている花嫁を見て、気を変えたようだった。
「だから反対だったんだ」
 男性は会場を出ていくとき、捨て台詞を吐いていた。
 花嫁姿の新郎、カイ君の表情を、花婿姿の新婦、ウミちゃんが心配そうに見つめていた。



 
「ほんとあいつクソだわ」
しゃべり続けているのは、花嫁姿だった新郎、カイ君だった。言い終わるのと同時に、テーブルの上の呼び出しベルが、ビービーと昆虫みたいに強く鳴った。三人でうおっと叫ぶ。あわてて、カイ君が音を止めて、頼んでいた店舗に駆けていく。
「あのバーコードハゲ」
 そして、帰って来た時まで悪口が続いているので、おかしくなってしまった。
 披露宴であんなことがあったなんて嘘みたいに、あの後は予定通り進み、今日はお開きとなった。
今は新郎役だったウミちゃんと、カイ君と、私で、ショッピングモールのフードコートに来ていた。式の間、二人ともろくにご飯が食べられなかったのでお腹がかなりすいているらしい。ウミちゃんはすでに、ハンバーガーを食べ始めている。
なんとなく、二人を交互に見る。不服そうなカイ君の隣で、仕方なさそうに笑っているウミちゃん。
「…ごめんね、うちの叔父が」
 ウミちゃんが申し訳なさそうに謝った。
「悪いのはアイツ。ほんっと、ぶん投げれてスッキリした」
 カイ君の言葉に、私もうんうんと頷く。そうだそうだ。
そういえばと、私は気になっていた事を聞く。
「そういえばカイ君って柔道とかやってたっけ」
「いや。式で横通ったときに、『きもちわるい男装。ウミはおっぱいにさらしでもしとんか。もっとでかかったはず』って声が聞こえて、目が合って、ニヤついてる顔してて、腹立って、気づいたら体が動いてた。変なとこ痛い」
と、脇腹と足首のあたりをさするので、おかしくなってしまった。そりゃああんなハイヒールで背負い投げしたら、体中を痛めるだろうなと笑う。
「叔父さん、昔に比べると多少は丸くなったのかなって思ってたけど、気のせいだったなあ」
ウミちゃんのため息が静かに地面へと落ちた。そして、思い出すように目を細めた。
「叔父さん、昔から、男の恰好ばっかしてる私に『ウミはもっと女の子の恰好しなさい』とか言って女児の服のコーナーに無理やり引き込んだり、どこで聞きつけたのか初潮を迎えたタイミングで赤飯持ってきたりしてきてたな。何が間違ってるかわかんないっていうか、善意は何があっても形を変えることはないと思ってるっていうか。
まあ、叔父さんみたいに露骨に言わなくても、引いてる人たちはたくさんいたけどね」
 ウミちゃんの一言に、カイ君がガハハ、と笑った。確かに~と、二人で頷きあっている。
 私は最初にウミちゃんが、結婚式をするけど自分は新郎の恰好がしたい、カイ君はウエディングドレスが着たい、と言っていたときの事を、素敵!早く見たい!と笑ったことを思い出す。
 私は今日、二人の唯一の、共通の友人だった。というか、式に友人枠として来ているのは私だけだった。あとは全員親族。二〇人ほどの会場内は、よく言えばアットホーム、悪く言えば遠慮のない雰囲気であふれていて、私はその空気を余すことなく浴びていた。走り回る男の子を『男の子はあのくらい元気な方がいい』と言って、女の子が走っていたら『おしとやかにしてなさい』と注意していたおばさん。髪を肩まで伸ばしていた中学生の男の子に『女の子みたいだから切った方がいいんじゃない』と言っていたひと。
全体的に「そういう気配」だったことは分かってる。だから余計、二人には気が付いてほしくなかった。
二人は自分の性別とは異なる恰好をするのが昔から大好きだった。ドラァグクイーンみたいにパフォーマンスするとか、ネットに写真をあげるとかそういうのではなく、純粋にその恰好が好き、というタイプだった。
『じゃあ同性愛者なの?』とほぼ必ず聞かれるけど、ウミちゃんは男の人が好きだし、カイ君は女の人が好きだ。「LGBTQ+」には当てはまらない。
 ウミちゃんが口を開く。
「まあ、あの恰好で式をやらせてくれただけ良かったよね」
 そうだねえ、とカイ君がまた、昔と変わらない顔で笑った。
 結婚式という節目の日だからか私は今日、よく昔の事を思い出している。
海岸の近い学校で三人、海を見ながら過ごした毎日のこと。あの頃私には好きな人がいて、顔にすぐ出るタイプだったので周りにすぐバレてしまって、それが原因でいじめられていた。二人がいなかったら、絶対に卒業できていなかった。弱くて卑怯な私を、二人はそれぞれの視座で二人らしく守ってくれた。
カイ君やウミちゃんを、スポットライトのような刺激で照らしてほしいわけじゃない。けど、名前のない「多様性」にも、ちゃんと場所が与えられますようにと強く思う。
「そういや今度、写真撮ろうよ」
 カイ君が突然そういうので、私はえ?と聞き返した。
「春が近くなったら、学校の近くで、今日の恰好で撮ろう。桜が咲いてたとこあるじゃん。裏門の近くの。学生の頃みたく、あほみたいに走ってさ」
「別に、強制じゃないけど」
 ウミちゃんが加勢する。「なんか、大人になってあそこで、今日の恰好して撮ったら、ざまあって感じする気がして。あんなことで悩んでたんだって思いたくなったんだよね、私もカイも」
 遠くのほうで、カモメがちらついた気がして、昔の、まだ自分の胸の内の葛藤を許せず、一人きりだった私を、ここに連れてきてしまいたい気持ちになった。
 そして私は、自分が思うよりも先に、いいよ。と言っていた。

 
 
二人とも喜んで、すぐに段取りしよう、と話し出す。カイ君もウミちゃんも、軸を強く持っているから、自我と現実との葛藤できっと、たくさん悩んでいた。それなのに周りを、私の事をみてくれていた。

昔、実際の性別とは悩んでいた私を救ってくれて、いま、男から女になった私を認めてくれている二人を見ながら、写真を撮る日が晴れてくれたらいいなあと静かに祈った。
 

 
 
おわり


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