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公正取引委員会の歴史—巨大ITプラットフォーマーの取締りを理解するために

今月17日、公正取引委員会が公表した報告書は、巨大IT(情報技術)企業に対してネット広告の掲載基準の透明化などを要求する内容のものでした(1)。
広告配信会社では「米グーグルで突然、広告を出せなくなった」「特に中小事業者は巨大ITに命運を握られていて、リスクが高すぎる」「広告の価格設定や効果などがわかりにくい」との指摘が相次いでおり、また消費者の個人情報を広告に利用することが「優越的地位の乱用」にあたる可能性があることから、公正取引委員会は今回の報告書の公表に踏み切ったそうです。

現代では、私たちが当たり前のようにその名前を知っている「公正取引委員会(以下、公取委)」ですが、公取委の設立と現代まで継続してきた歴史には、経済や法律が複雑に絡み合った非常にダイナミックな歴史がありました。
今回は、昨今の巨大IT企業(通称プラットフォーマー)への公取委の取締りの意味について考えるためにも、公取委の歴史について考えてみます。

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占領軍の民主化要請と公取委の設立

公取委は、戦後すぐの1947年、第二次世界大戦後、経済民主化措置の一環として設立された総務省の外局機関です(2)。公取委は、アメリカに存在する独立行政委員会制度と独立規制委員会を参考にしたもので、日本の第2次世界大戦前の行政制度には、なじみのないものだったと言われています(3)。当時の日本は財閥系企業の力が極端に強かったため、財閥解体の目論見もあって設立されました。

戦後、占領軍は日本民主化政策のために、公取委以外の行政組織と制度も日本に導入しようとしていたそうです。しかし、現代にいたるまで本来の姿で定着している委員会は少なく、公取委は労働委員会と並んで、本来の姿を保っている代表的な独立規制行政委員会であるとされています(4)。独占禁止はそれだけ普遍的な意義を持っているものだと言っても良いでしょう。

委員会設立当初、その独立性の保障と、憲法の内閣一体および連帯責任の原則とが矛盾するのではないかとする「公正取引委員会違憲説」もありました。ですが、今日では内閣総理大臣が人事と予算による間接的コントロールを及ぼしうることから、その個別の職権行使に独立性が保障されていても、憲法違反ではないとの説が一般的に承認されているようです(5)。


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通産省との闘い―競争推進か、産業政策か?

創設当初は活発に活動していた公取委でしたが、石油危機以降、日本の財界では産業政策の重要性が再確認され、競争政策を推進しようとする公取委は長らく低迷することになりました。その代表的な例が、1968年4月に発表された八幡製鉄・富士製鉄合併計画をめぐる通産省(現・経産省)との衝突です。

1960年代、高度経済成長期から石油危機後にかけて、日本では産業構造の転換期に入りました。当時の日本では貿易の自由化、資本の自由化の実施によるグローバル化への推進と対応のため、世界で戦える巨大企業が必要とされていました。主に実業界や通産省が「日本の主要企業は国際的にみて過少規模の企業が多すぎ、過度の競争に陥りがちで、自己資本蓄積に乏しい。だから海外で戦っていけない」と主張し、これを改善し、技術力を強化するためには企業合併をすべきだとする議論が高まりを見せました(6)。

これに猛反対したのが、当時の公取委と主流の経済学者たちでした。独禁法から言えば八幡・富士製鉄合併が容認できないのは当たり前で、この時から通産省の産業政策と公取委の競争推進政策は正面衝突し、その後何度も政治問題化することとなりました。

八幡・富士製鉄合併については、両者がそれぞれ鉄鋼業界の1位と2位であったうえに、鉄道用レールと食缶用ブリキなど4品目でシェア100%に達することから、独禁法上は容認しがたい合併でした。しかし、通産省等の働きかけもあって、両社が合併する際にこれらの製品の製造施設等を他の競争相手に譲渡する等の対応策により、それぞれの市場で〈有効な牽制力のある競争者〉が生まれ、「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとはならない」との理由づけのもとで、合併は認められることになりました(7)。

ある程度の譲歩を通産省から引き出せたものの、この時には公取委は負けてしまったわけです。


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消費者にとっての適正価格を求めたアメリカ/国際競争力を求めた日本

ちなみに、合併には競争者間でなされる「水平的合併」、商品の売手と買手の間でなされる「垂直的合併」、異分野ないしは地理的異市場の企業間でなされる「コングロマリット型合併」の3形態が存在し(8)、八幡・富士製鉄合併は一つ目の「水平的合併」にあたります。

独禁法のモデル国であるアメリカではレーガン政権移行、合併規制が大幅に緩和されて今日に至っていますが、アメリカでは現代でも水平的合併に厳しい規制が課されているようです。1910年代にクレイトン法やシャーマン反トラスト法などの厳しい合併規制が課されたアメリカでは、伝統的に企業間の競争を促進し、消費者にとって適正な価格で商品を提供しようとする政策理念が強く浸透しています。資本力も全世界で最も大きいため、国際的な競争力を高めるために企業を合併させる必要があまりないのです。

これに対して60~80年代の日本は、高度経済成長を経験したといえど、まだまだ国際的に競争する力が不足していました。そのため、国内での競争よりも国外での競争を取ったほうが、日本経済にとって良い選択となると判断されたため、公取委をはじめとする独占規制側が一度は負けてしまったのでした。国際的な競争力を高めれば貿易収支を黒字にできるため、最終的には消費者にも利益があると国は考えていたのでしょう。


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現代の公取委にとっての課題―準司法的権限とは?

一度は敗北を喫した公取委でしたが、1989年(平成1年)の日米構造問題協議以降、競争政策の重要性が再認識されるとともに、ヨーロッパ連合など諸外国の競争政策推進の潮流もあって、公取委の活動は再び活発化し、人員も増強され始めました(9)。

現在、委員会のメンバーは、法律・経済の学識経験者のなかから、内閣総理大臣が衆参両院の同意を得て任命し、内閣総理大臣の所管のもとにおかれています。

先にも書きましたが、その職務の重要性と法律執行の公正を期するため、他のいかなる機関の干渉をもうけない独立行政委員会とされ、委員の身分保障も法的に認められているようです。公取委は、現在主に独占禁止法に違反する事件の調査、審判、違反状態の排除命令などを行なっています(10)。

公取委は行政機関であるので、強大な権限のすべてが「行政的権限」とされますが、権限の特徴から行政的権限、準立法的権限、準司法的権限、刑事告発権限に大別することができるとされます(11)。

この中でも注意を要する権限が準司法的権限です。

公取委は独禁法制定以来、自らが下した排除措置・課徴金納付命令に対する不服申立機関としての役割も担ってきました

事業者が命令に不服の場合、公取委に対し審判開始請求を行い、公取委の審判官による審判手続によりその妥当性を判断した審決が下されます(=審判制度)。

さらに、事業者が審決に不服の場合、司法審査手続に移行しますが、東京高等裁判所に専属管轄権があり、公取委の審決は第一審判決と同じ効力が認められていました。審判制度は裁判類似の手続に基づくことから「準司法的権限」と呼称され、公取委の象徴的な権限とされていたのです(12)。

このような権限は、公取委の競争政策における高度な専門性を考慮したものですが、経済界から「審判制度は検察官役が裁判官役を兼ねたようなもの」という批判が強く主張されてきました。

結果、2013年の独禁法改正で審判制度は事実上の廃止、同改正が2015年4月に施行され、公取委の準司法的権限は大きく後退しました。改正法施行後は、事業者が独禁法違反事件を熟知した裁判官のいる東京地方裁判所に、行政事件訴訟法に基づいた司法判断を求めることになりました。


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おわりに

公取委の準司法的権限が大きく損なわれたことにより、公取委は巨大ITプラットフォーマーとの戦いを、準司法的権限を駆使しながら戦うことが不可能になったわけですね(バトル漫画みたいですね)。今後は東京地裁の判断にも頼らなければなりません。

今回の記事は公取委の肩を持つベクトルで書いてきたので、公取委の権限が失われることは好ましくないように私自身も思いながら書いてしまいました。ですが、企業の過競争問題が常に公取委の裏面につきまとい、競争の推進をさせすぎることもまた良くないということを私たちは忘れてはいけません。

公取委が優越的地位の乱用と判断した個人情報の利用についても、ある意味では消費者へのレコメンド機能をより便利に、より快適にするためのものでしかない、と考える人もいらっしゃることでしょう。公取委の準司法的権限も、見方によっては「優越的地位の乱用」だったと言ってしまうこともできるわけです。

様々な政策論争が紛糾しているケースにおいては、対立するアクターの事情をどちらとも勘案するのが肝要です。そのためにも、私たちは様々な政治主体の歴史的な成り立ちを考える必要があります。


ー2021年2月21日

(1)日本経済新聞「ネット広告、基準明確に、公取委、巨大ITに迫る、効果測定にも疑問の声。」朝刊5ページ,2021年2月18日.
(2)"こうせいとりひきいいんかい【公正取引委員会】", 国史大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-02-21)
(3)Ibid.
(4)"公正取引委員会", 世界大百科事典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-02-21)
(5)Ibid.
(6)"合併", 世界大百科事典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-02-21)
(7)Ibid.
(8)Ibid.
(9)"公正取引委員会", 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-02-21)
(10)"こうせいとりひきいいんかい【公正取引委員会】", 国史大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-02-21)
(11)"公正取引委員会", 日本大百科全書(ニッポニカ), JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2021-02-21)
(12)Ibid.

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