見出し画像

血縁関係だと誤解して人助け?無理筋だろ。

「進化的安定戦略」について書いたなら、ウィリアム・ドナルド・ハミルトン氏についても書かねば、と思い。今回は連続した話題。

前回を読んでいない人はこちらから。

前回を読んだ人もこれでおさらい ↓

ローレンツ氏 (1903~1989年)・メイナード氏 (1920~2004年)・ハミルトン氏 (1936~2000年)の3人が、一堂に会したと仮想。

ロ・メ・ハ 「「「自然淘汰理論に気になるところあるんだが」」」 

ロ 「私は気になると言うか、生物は種の保存のために生きてると付け足したい」

メ 「私は真逆で、自分のために生きてると思う。サルやライオンに子殺しがあるから」

ハ 「私も自分のため派。でも、それなら利他的行為を説明できないと」


メイナード氏が「進化的安定戦略」を提唱できたことは、ハミルトン氏が「打ち負かされない戦略」を提唱していたことと、無関係ではない。

学説をとった/とられたというような、下衆な話ではなく。複数の人々が、同時期に、研究にはげんでいるという意味だ。互いに影響しあったり、ヒントを得たりもするだろう。

そもそも、関連のどれにしろ。ダーウィンの「自然淘汰理論」を木の幹としたら、全てが、そこから伸びた枝(子孫のようなもの)である。

その枝の一本が「血縁淘汰の理論」だ。

1960年代に、ハミルトン氏によって、提唱された。血縁選択の理論とも言う。

利他的行為は、人間の中だけでなく動物にも、数多く観測される。

利他行動は
・自分の適応度を下げる
・自分以外の適応度を上げる
例:溺れている人を助ける

危険をかえりみず人を救うような人たちは、淘汰されるはずである。助けを求める人を見捨てるような人たちが、残って増えていくはずである。

しかし、実際にはそうなっていない。


血縁淘汰の理論では。利他行動をする個体とそれを受ける個体の、DNAに着目。

兄弟姉妹が同じDNAをもつ確率は、25%。

たとえば。姉が弟に食料をゆずることで、姉の適応度が下がり、弟の適応度が上がっても。人を遺伝的な情報として見た場合、姉が弟に食料をゆずるというのは、そこまで異常な行動ではない。ということになる。

前提から、ということだ。これは本当に「利他」なのかかと。


この理屈でいくと。血縁が近いほど、この光景は生じやすいはず。親子間で、より強く見られるはずである。(DNAの一致度高く)

以下、人を傷つける可能性のある表現があるかもしれない。ごめん。他意はない。

ほ乳類の受精は、メスの体内で起こる。母子の血縁関係は100%確実であるのに対し、父子のそれには不確実性がある。子の父親が誰であるかはわからない(ということが生じ得る)。

母→子の “利他” 行動の方が、父→子のそれよりも強い。これは世界共通の認識であると言っても、過言ではないだろう。

その理由がこれである、と。血縁淘汰理論は言っているのだ。妊娠・出産するのは母親だからなどではなく、「父親が誰かが確実でない」ことが理由であると。


祖父母と孫についても、見てみる。

父方祖父・父方祖母・母方祖父・母方祖母の中で、父方の祖父が、最も血縁のある予測が低くなる。最も高くなるのは、母方の祖母。

調査が行われた。

結果

孫との心理的な近さ・孫と一緒に過ごす時間・孫に与える資源の全てにおいて、母方の祖母が、最も高かった・多かった。それら全てにおいて、最も低かった・少なかったのは、父方の祖父だった。

さらに。父方の祖母よりも母方の祖父の方が、それらが高く・多かった。この差が出た理由は、以下のように推測されると。

父方の祖母に、その息子とは別に、娘がいる可能性がある。「自分ー息子ー孫」 のラインと「自分ー娘ー孫」のラインが両方あるならば、祖母は後者にリソースをさく。一方、母方の祖父は、その娘とは別に息子がいようが娘がいようが、不確実性は「等しく拭い去れない」。

まぁ、理屈は通っている。

強調しておきたい点なのだが。多くの人々は、配偶者や息子や娘を疑ってなどいない。理論は、個々の人間の気持ちや意思の話をしていない。


それでもなお、全ては説明されないのだ。

人間は、全く血縁関係のない者でも助ける。
それどころか、動物も助けている。

レスキュー隊員や消防士は仕事だからノン・カウント?日々、命をかけて報酬をとる?コロナ禍の医療従事者、然り。

そもそも、全く「利他的でない」職業など、この世に存在するのだろうか。

無意識に自分の子と誤認して助けている(人間が人間を助ける場合)ーーという説明を成立させることも、不可能ではないらしいが。そこまでくると、もはや「人類皆兄弟説」であり。説もへったくれもなくなってくる。(主観)

募金をする。ボランティア活動を行う。席をゆずる。落し物を届ける。日本では、少なくない割合で、現金がそのままの財布が戻ってくる!

血縁関係があると思い込んで?無理があると言わざるを得ない。


自然淘汰理論を木の幹とした、また別の枝に、「互恵的利他主義の理論」というのもある。

助けあう行為のあれこれを、進化的に説明しようとしたものである。コストがどうこう・パートナーの心の貯金がどうこうと、はじまる。

決して軽んじるわけではないが。理屈はもういいだろう……。いつかの時点でこのような気持ちになるのは、否めない。


事実。人と人は、互いに助けあい生きている。人類社会は、そうやって築かれてきた。お互いさまの精神は、日々いたるところで見受けられる。

ケガをおった動物が、毎日、病院に運ばれている。赤の他人を助けたいと、瞬間的にわきあがる感情が、たしかにここにある。

理論の応用は社会をよくもするだろう。だが。理論の枠の中に「答え」はない可能性がある。


なんだかんだ、たくさんの枝が生えるもとになった大きな木。やはり、ダーウィンはマスターである。

Charles Robert Darwin


参考文献

The Genetical Evolution of Social Behavior I & II. Journal of Theoretical Biology 7., 1964.
Extraordinary Sex Ratios. Science. 156., 1967.
Altruism and Related Phenomena Mainly in Social Insects. Annual Reviews of Ecology and Systematics. 3., 1972.
Sex versus Non-sex versus Parasite. Oikos. 35, 1980.
The Evolution of Cooperation. (with Axelrod, R.) Science. 211., 1981.
Heritable True Fitness and Bright Birds: A Role for Parasites? (with Zuk, M.) Science. 218., 1982.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsl/2013/78/2013_127/_article/-char/ja/