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「宵待歩行」 銀色夏生

「夏が終わりに近づくと毎年 九月がやってくる ひたひたひたと空気中に拡散していく九月のつぶ また今年も秋が来て枯れ葉の匂いがするだろう」



「宵待歩行」 銀色夏生



九月のつぶが空気中に
拡散してきたこの時期


あたりがシーンと
無音になった
夜の静寂(しじま)に
読んでみたくなる
銀色夏生さんの詩です


夏が終わりに近づくと毎年 
九月がやってくる
ひたひたひたと空気中に
拡散していく九月のつぶ
また今年も秋が来て
枯れ葉の匂いがするだろう


真っ白な余白に 
気持ちの良い余白に


それ以上でも
それ以下でもなく
適正に浮かびあがった
文字を追っていくと


憧れの人が
波のように
寄せては返します


その間(はざま)で
なんとかその人を
つなぎとめたかった気持ち


そんな気持ちの瞬間に
浮かび上がった言葉が
遠ざかった日の記憶を
よみがえらせ
胸奥を微弱に揺らします


いつしか
ゆっくり広がる
微弱な揺れは
じわじわと
心を満たしてゆきます


やがて
九月の夜の
ひんやりとした空気に
慰められたとき
ハッと我にかえり
その余白に
ため息をつかざるを得ません


時々君をみかける
そのたびに僕は
この世界も
まんざらではないなと
思ってしまうのだ

秋口にでも一度
お会いできませんでしょうか

一年に一度でも
いいから
会い続けていきたいのです


ふと
ある地点を境にして
面影が目の前に立ちふさがり
動きがさえぎられます


行き場のなくなった心は
さまよい
かわかない涙を選ぶのです


かわかない涙は
どこへいくのだろう

別れたけれど
出会った痕跡さえ残せただろうか
あの人の心に

今から思うと
あの会話が最後だった
あれがお別れ散歩道

表通りをすこしはいっただけで
見たこともない静かな道がつづいていた

そこをとぼとぼ
あてもなくきままに
あれこれいろんなことを話して歩いた

また来月ねと
笑って別れた

ずっと仲よくなった気がした
あの時心がすごく近づいていてたのにな
あれが最後になるとはおもわなかった


忘れかけていた記憶が
九月のつぶの広がる今
面影電波に乗ってやってきました



【出典】

「宵待歩行」 銀色夏生 角川文庫


いつも読んでいただきまして、ありがとうございます。それだけで十分ありがたいです。