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「永遠と一瞬のあいだは水色」 吉川彩子

「小さな希望を絶やさないために 永遠に一瞬を注ごう 」



「永遠と一瞬のあいだは水色」 吉川彩子



詩の中の言葉を感じた瞬間
見えない大きな圧がかかりました。


大きく息を吸い込んで
ゆっくりと吐き出しました。


何も考えず、詩を味わってみようと吉川彩子さんの詩集を読みはじめたのですが、これは何気なく読んでいると言葉の遠心力で、どこまでも果てしなく飛ばされてしまいそうな気がしました。


最初の詩からそうでした。僕は誰の息づかいもない夜の静寂の中でじっくり読もうと一旦詩集を閉じて、あらためて静かな状況の中で読みはじめました。


とても重厚で何層にも重ねられたような言葉。


まるで


吉川彩子さんの言葉による彫刻刀が、この世界の不純な氷を鋭角に刻んでいるようでした。


その芸術的な鋭い刀は、氷の不純物をすべて取り去って、天然の氷に変化させ、一つ一つ緻密な凹凸を表現してゆきました。


出来上がった作品は、心の奥の奥の深く暗い闇の中でキラキラと輝きだしました。


あまりにも脆く、あまりにも純粋で、すぐにでも融け出してしまいそうなのに。


この作品を確固たる自らの中の氷像としてコーティングするには、熟成という時間を要するのでしょう。


何度もくりかえし詩を読みました。
角度を変えて鑑賞しました。
少し時間をおいて、また読みました。


そうしているうちに自分の奥底に隠してきた、いや、無視してきた、いや、もうすでに捨て去ってしまったあらゆる感情の澱が結晶となって浮かびあがってきました。


それは


辛いものでありました。
哀しいものでもありました。


日常の悪意、間違った繁栄、エゴに満ちた人間の欲望、そして、その犠牲となる命の価値。


疎外感、厭世感、孤独 


しかしながら


それらを究極に感得した先には
強力な浄化、絆という光が見えました。


駅のホームから銀色に羽ばたいたものを

確かに視た

夜のプールに

月を沈めてわたしは泳ぐ

苦しむあなたとこの世界は等しくて尊いと

小さな希望を絶やさないために

永遠に一瞬を注ごう

日々からこぼれるものを掬っては

さらに大きく水をかきながら


吉川彩子さんの詩を読むと
いつも言葉の芸術を感じます。
崇高な祈りであるようにも感じます。


圧倒的だったのが
「無限旋律」


無限旋律


そこは昔 巨大な建造物だった

壊れた天窓には星空の刺繍がほどこされ

空洞に化した回廊のような

できそこないの空中庭園にもみえた


砂嵐がこぼしていったのは


けっして溶けないごみ

元にもどらない昨日

日常と無秩序を隔てるとうめいな仕切り


見えてはいるが


触れていないものとの乖離

触れてはいるが

見えないものとの壁


けっきょく


ぼくらは黙認しつづけた

耳をふさいで

口をつぐんで

それは怪物となって生きつづけた

消えてなくなったあとも呪いが残った


太陽を融かし


手なずけられなかったものが

どうして秩序を与えられるだろう

放射状に並ぶナトリウムランプに包まれ

月のクレーターに足を沈めるかのように

ぼくは音叉とガイガーカウンターをかかえて

しんちょうに歩いた

そらまで切れそうな

ナイフの切っ先がぼくを脅していたとしても

生贄を差し出さなければならなかった

ひとびとの無念さよ

縮こまった蜥蜴をはらいのけて

浮かび上がった漆黒のプレート

そこにはかつての建物の名前がきざまれていた

***発電所と


どんな家に住みたいですか


だれと暮らしたいですか

どんな人生にしたいですか

やわらかな光に抱かれて

完結する物語があるとすれば


僕にとってこの詩集は、時を経なければまだまだ理解できないと思いました。とてもとても大きく深いものでありました。


時が経ち、熟成したものを味わったとき、いったいどのように感じるのか?今は時の流れにまかせて、その瞬間を待ちたい。そう思うのです。



【出典】

「永遠と一瞬のあいだは水色」 吉川彩子 土曜美術社出版販売


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