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週報『海のまちにくらす』(2022-2023)

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2022年春から大学を休学して東京を離れ、新しい土地で生活をしています。相模湾に面した小さな半島です。ここではじぶんは土地を通過していく観光的旅行者でも、しっかり根をおろした恒久…
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2022年8月の記事一覧

海のまちに暮らす vol.31|あかうしくん

海のまちに暮らす vol.31|あかうしくん

 畑と家を行き来していると、知らないうちに猫どもの生活動線を横切っていることになるらしく、ことあるごとに猫からの視線を感じるようになった。彼らにしてみれば、毎朝自邸を知らない誰かが横切ってゆくというのはあまり心楽しいできごとではないかもしれない。僕は僕でオクラを剪定したり、土を耕したりしなければならないので、いつも無遠慮に茂みをかき分けてゆく。ゴム長靴がぱくぱくと石畳を鳴らす。いつだって間の抜けた

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海のまちに暮らす vol.30|惑星のかけら、エンドロール

海のまちに暮らす vol.30|惑星のかけら、エンドロール

 昼に図書館で蔵書の整理をしている時、あ、今晩は映画を観ようと思った。休憩室にとぶWi-Fiは弱い。今飲んでいるパックのオレンジジュースぐらい、薄い。でもなんとかレイトショーの予約を入れて、18時退勤に合わせて自転車にまたがる。日中なかなか暑いので、福浦方面のアスファルトも必然的に熱を帯びている。桃色の夕焼けが明日も天気の良いことを僕だけに知らせつづけていて、自転車はペダルを漕ぐから車輪が回るのか

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海のまちに暮らす vol.29|あまりに大きなマグカップなので

海のまちに暮らす vol.29|あまりに大きなマグカップなので

 実家へ帰るために改札を通過する。真鶴から走り出した東海道線の車列は根府川あたりで広大な海の脇を横切ることになる。ほんの一瞬のあいだ、民家も車道もなく、果てしなく横に長い相模湾が車窓に展開される30秒がある。軋むレールを見下ろすと、線路に敷かれた玉砂利の向こう側にはもう何も存在していなくて、ただただ青い水のたまりが巨大なスクリーンとなって立ちはだかる。

 目を細めると水平線の向こうにかすかに陸の

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海のまちに暮らす vol.28|知らない草探しの会

海のまちに暮らす vol.28|知らない草探しの会

 どうしてこんな形になってしまったのだろう、と考えずにはいられないものがずいぶんあるような気がする。自分の足先に並んだ爪の形や、錦鯉の鼻の穴などをみるたびにそう思う。一体どうしてここにこんなものがあるのだろう。

 同じような興味の理由で、つい花をみてしまう。形や色に特徴があって目を引くし、わりとあちこちに咲いている。人が暮らしている町では花のライフスタイルにも多様性がある。鉢植えに入って玄関先で

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