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【『ゆっくり学ぶ 人生が変わる知の作り方』番外編】60歳から韓国語を勉強!①(岸見一郎)

『ゆっくり学ぶ 人生が変わる知の作り方』が好評発売中です。本書にあるとおり、著者の岸見一郎先生は、60歳になって韓国語を学び始めました。英・独・仏語、ラテン語、ギリシア語など、ヨーロッパの言語は学んできていたものの、アジアの言語を学ぶのは初めてでした。今回、本書の「番外編」として、あまりメディアでも語られてこなかった岸見先生の「韓国語学習」のエピソードをお届けします。

こちらから試し読みができます

きっかけは韓国からの講演依頼

私が韓国語を学ぶようになったのは韓国での講演がきっかけです。『嫌われる勇気』刊行の翌年、2014年に韓国語訳が出版され、韓国でもベストセラーになりました。それを受け、韓国の出版社から講演の依頼がありました。

韓国を訪れたのはこの時が初めてです。韓国語については最初、講演で挨拶をしたいと思って、訪韓前に少し勉強をしました。韓国での講演が増えてくると、挨拶以上のことを話せるようになりたいと思うようになりました。

韓国で開かれた講演会で

また、講演では通訳の方が私の日本語を通訳してくれるのですが、どういうふうに通訳されているのか気にならないはずがありません。そもそも『嫌われる勇気』が韓国語でどう訳されているかもわかりませんでした。

そこで、本格的に韓国語を学ぼうと思って、入門書を買ってきて、勉強を始めました。講演でも挨拶だけでなく、もう少し韓国語で話すようになりました。

先生との偶然の出会い

こうして、しばらく独学していたのですが、先生についてまで本格的に勉強するつもりはありませんでした。ところが思いがけないことがありました。当時、『嫌われる勇気』を読んだ方から私に会いたいという申し出を受けることがよくありました。多忙だったので大抵断っていましたが、のちに私の韓国語の先生となるイ・ファンミさんとは会ってみたいと思いました。彼女は、当時京都に住んでいて、日韓を行き来し映画関係の通訳や翻訳の仕事をしていました。

初めて会った日、韓国語を教えてほしいといいました。私の取材記事が『朝鮮日報』に掲載されたのですが、その記事を見せたところ、その場で日本語に訳されるのを聞いたからです。その日から私の願いを受けてくれたイ・ファンミさんとの交流が始まりました。

韓国語のレッスンでは、入門書を使って、まず文法の基本を勉強し、その後、キム・ヨンスの『青春の文章+』を読みました。それまで私は韓国文学を読む機会はほとんどなかったので、キム・ヨンスを知りませんでしたが、たちまち魅了されました。

初学者がすぐに原書を読むのは無謀だと思う人がいるかもしれませんが、私が大学で古代ギリシア語を教えていた時も、文法を終えるとプラトンの『ソクラテスの弁明』を読んでいました。1ページ読むのに30時間もかかったという学生もいました。私もキム・ヨンスの本を読む時は毎回途方もない時間がかかりましたが、おかげでキム・ヨンスのいう「深層的読書」ができました。

ゆっくり読まなければ、本に書かれていることを理解することはできません。外国語を読むというのはゆっくり読んで深く理解することだといえます。結局『青春の文章+』を2年くらいかけて読みました。そのなかで、内容について議論し、韓国人でないとわからないこともたくさん知ることができました。

ボロボロになるまで読み込んだ『青春の文章+』

先生との連載が始まる

『青春の文章+』を読み終わる頃に、韓国の映画を一緒に観ようという話になりました。そこから韓国の出版社と企画が立ち上がり、韓国のサイトで連載を始めました(2018年秋~2019年5月)。

連載は毎月、映画を観て、私が日本語で原稿を書き、それをイ・ファンミさんが韓国語に訳すという2人の“合作”です。原稿は、映画の登場人物の1人または2人が哲学者の書斎を訪れて展開していく「対話篇」でした。原稿を書くにあたり、映画の主なシーンのセリフは韓国語で書き起こしてもらい、毎回それを読んで対話篇を構想しました。

この時に観たのは『八月のクリスマス』『春の日は過ぎゆく』『空と風と星の詩人〜尹東柱(ユン・ドンジュ)の生涯〜』『1987、ある闘いの真実』『バーニング 劇場版』『リトル・フォレスト 春夏秋冬』など、日本でも公開された名作です。

この連載を書籍化したのが『悪い記憶を消して差し上げます』です。日韓関係が悪化したことで、一時は刊行が危ぶまれたものの、2020年に韓国で出版することができました。

韓国映画から韓国ドラマへ

韓国語を学ぶなかで、韓国映画の次に観始めたのが韓国ドラマです。私の場合、それまで映画こそ観ていましたが、ドラマはほとんど観ていませんでした。最初にハマったドラマは『愛の不時着』で、当時話題になっていたので観てみたら面白く、そこから他の韓国ドラマも観るようになりました。今ではほぼ毎日韓国ドラマを観ています。

『ナビレラ-それでも蝶は舞う-』は印象に残る韓国ドラマの一つです。元郵便配達員の70歳の高齢男性がバレエを学び始めるという物語です。当然、家族の反対にあいますが、実はその男性は認知症を患っていて、自分のことがわからなくなる前にバレエを学ぼうとするわけです。このドラマでは、認知症によって自分のことがわからなくなるかもしれない恐怖が描かれていました。

韓国のドラマは、映画もそうですが、ただ面白いだけではなく、物語を通して社会への問題提起がなされています。また、社会構造の問題の指摘にとどまらず、政治的、反政権的な内容が含まれることも珍しくありません。しかし、私にとってはそれが興味深いのです。普通はそういう“暗部”は隠すのではないかと思うのですが、海外の視聴者にも見せようとします。これは日本のドラマや映画にはあまり見られない特徴といえるかもしれません。

韓国ドラマでも、私が好んで観るジャンルは人とのつながり、人生をテーマにしたヒューマンドラマです。とくに、都会のソウルではなく地方を舞台にしたドラマには良作が多いと思います。

そういうドラマではたいていお節介な人たちが出てきます。何事も他人事にせず、困っている人がいれば何かできることはないか、自分から手を差し伸べる人たちです。あるいは都会で働き、人間関係に疲れ果てて、人に対して不信感を持っていても、そのような人たちと触れ合うことで、立ち直っていくことができます。

『私たちのブルース』にハマる

最近、私がハマった『私たちのブルース』も、まさにそんなドラマでした。舞台は済州島。韓国の有名俳優が演じる男女7組・14人の人間模様をオムニバス形式で描いたヒューマンドラマです。

韓国ドラマでは問題提起がなされると書きましたが、このドラマでも当てはまります。物語の中で、障害のある姉がいる双子の妹の苦悩が明かされます。妹はそれまで男性と付き合っても、姉のために別れてきた過去がありました。しかし、済州島で知り合って付き合い始めた彼が妹との結婚を望んでも、妹がそのことに抵抗を示すところなど、難しい問題があることを教えてくれます。

『私たちのブルース』に出演する俳優はみな、すばらしい演技を見せてくれています。イ・ビョンホンもその一人で、国際的スターの彼が見事に「おじさん」を演じています。その母親を演じているのが、韓国の国民的女優のキム・へジャです。

『私たちのブルース』では、息子と母のこじれた親子関係が、修復していく姿が印象的でした。物語の終盤、読み書きができない母に息子が一生懸命に字を教える場面があります。窓ガラスに息を吹きかけて字を書くというシーンに感動しました。これを見て、私は自分の親を思い出しました。

『私たちのブルース』は全20話あり、1話も1時間以上と長いです。韓国ドラマではこれが普通です。優れた作品であれば、長いと感じさせません。しかも、ただ面白かったというのではなく、深く考えさせるドラマが私は好きです。もちろん、どのドラマも必ず最後まで観るわけではありません。

キム・テリが“推し”

主演する俳優でどのドラマを観るかを決めるもあります。最近、キム・テリが主演するドラマを2本観ました。一つが『ミスター・サンシャイン』で、もう一つが『二十五、二十一』です。前者は一方の主演がイ・ビョンホンで、軍人を演じている彼の演技にも魅了されます(『私たちのブルース』の時とは同一人物と思えないほどです)。

とくにキム・テリの演技に驚かされるのは後者です。高校のフェンシング部に所属する女子高生をキム・テリが演じていますが、まったく違和感がありません。身のこなし、話し方が10代そのものなのです。

ファンミさんと一緒に観た『19987、ある闘いの真実』や『リトル・フォレスト 春夏秋冬』にもキム・テリは出演しているのですが、この時は彼女のことをまったく意識して観ていなかったので、あの映画で観た女優がキム・テリだったと後になって知って驚きました。

キム・テリが出演するドラマや映画は他にもありますが、作品によってさまざまな変化を見せて、大変な才能だと思います。私にとってキム・テリは今、“推し”になっています。

学びの原点

韓国語に話を戻すと、私の場合、韓国からの講演依頼が学ぶきっかけでした。「外部からの働きかけ」が学ぶ動機だったのです。しかし、外発的な動機づけがあったからといって、自ら学びたいという「内部からの働きかけ」、内発的な動機づけがないと、学ぶことは始まらないし、続きません。

実は、娘が大学で韓国語を勉強していたので、これまで韓国語に接する機会がなかったわけではありません。娘は私に熱心に教えようとしてくれましたが、当時は、他のことに関心があって韓国語を学ぶには至りませんでした。

現在も韓流ブームは続いていて、韓流ファンは増えています。韓国俳優、韓国アイドルが好きになって“推し”となれば、その人が出演するドラマや映画はすべて観たいし、話す言葉もすべて知りたくなります。それが韓国語を学ぶ一つの動機になるはずです。

相手に関心を持てば、当然その相手を知ろうとするでしょう。相手の話す言葉を知りたくなります。言葉を知っていると知らないとではまったく違います。少しでも言葉がわかると嬉しいものです。学びの原点は、近くにあります。

(次回後編に続く)

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