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メタバースと消費者行動:世界のマーケティング研究者はどう見ているのか

2030年に世界で200兆円市場にもなると言われている「メタバース」。今回は、世界のマーケティング研究者がメタバースに関して何に注目しているのか、分かりやすく紹介します。

メタバース上のマーケティング理論はこれまでのものとは根本的に異なる点も多く、様々な課題もあると指摘されています。今後、新しいデバイスなどが登場し、急激な市場拡大も予想されているため、早めに理解して対応していくことが重要です。

広がるメタバース市場

2023年、ChatGPTによってAI関連の市場が活性化しましたが、その次に来るといわれている分野の一つが「メタバース」です。

現状では、ゲームやライブ、ショッピングなど限られた分野が中心のメタバースですが、新しいデバイスなどのきっかけで大きく市場が広がることが期待されています。

調査会社のMarketsandMarketsによれば、2030年には世界で1.5兆米ドル(約200兆円)を超えると予想されています。日本も年50%で成長していく見通しとのことです。

では、世界のマーケティング研究者は、メタバースをどのように見ているのでしょうか。

今回は、マーケティング分野のトップジャーナルの一つである「Journal of Business Research」に2023年に掲載されたばかりの最新の論文から、マーケティング研究者がメタバースに関してどのような点に着目しているのかを紹介したいと思います。

論文のタイトルは「メタバースにおけるマーケティング:概念理解、フレームワーク、研究課題」(原文はMarketing in the Metaverse: Conceptual understanding, framework, and research agenda)。

メタバースに関連する164本の論文と、Meta(Facebook)やMicrosoft、Googleなど78人のプロフェッショナルのインタビュー記事を精緻に分析した上で、大事なエッセンだけを抽出してくれている、とてもありがたい論文です。

また、この論文は技術視点ではなく、マーケティング視点、つまり消費者視点でメタバースを分析してくれているので、マーケティングの仕事をしている人にとって使えいやすい内容になっています。

今回は、企業のマーケターにとって大事な「メタバースの定義」と「今後の注目ポイント」の2つに絞ってお届けしたいと思います。

メタバースを定義する「3次元」とは

はじめに、メタバースの定義について紹介します。

いろいろな変遷があったようですが、ここでは結論だけ紹介します。

メタバースとは、「物理現実と仮想現実を融合させ、没入感、環境の忠実度、社会性といった特徴を持つ体験を提供する、拡張可能で相互運用可能な拡張現実環境の技術を介したネットワーク」である、と定義されています。

原文:"a technology-mediated network of scalable and potentially
interoperable extended reality environments merging the physical and virtual realities to provide experiences characterized by their level of immersiveness, environmental fidelity, and sociability"

Giang Barrera & Shah, 2023

やや難しい感じもしますが、大事なポイントは「メタバースには3つの次元がある」というところです。

多くの論文やインタビューを分析した結果、この論文ではメタバースは以下の3つの次元によって作られると結論づけています。

1.没入感

消費者は、メタバースの鮮やかさや表現の豊かさ、インタラクティブ性などにより没入感を感じる。高い没入感を感じることが、ブランドへの評価や購買意向につながる。

2.環境の忠実度

現実と同じ環境が必ずしも良いわけではなく、消費者の目的に合わせた環境設定が必要。例えば、商品の購入、学習、お金を稼ぐといった合理的でタスク指向の目標を持つ消費者は日常に近い環境を好み、アバターも自分に近いものを選ぶ。一方、ゲームなどで退屈な日常から抜け出したい快楽的な目標を持つ消費者は、自分とは全く別のアバターを選ぶ傾向にある。

3.社会性

メタバース上で企業や消費者同士の楽しいやり取りが生まれることで、高いブランド体験につながる。企業と消費者、消費者同士による体験の共有やコラボレーション、共創活動は、エンゲージメントやクチコミを生み出す。

以下、私の感想ですが、メタバースをマーケティングで活用する場合には、何でもかんでも最新の技術を使えば良いというわけではなく、目的にあわせてこの3つの次元の高低を考えながら設計するとよさそうです。

例えば・・

・ゲーム性が強いコンテンツだから、没入感と社会性を高めよう

・個人に非日常な体験をさせたいから、環境の忠実度と社会性をあえて低くしてみよう

・ユーザー同士が共創する世界を作りたいから、社会性にとことんこだわろう

というように、3つの次元の何が重要なのかを考えて設計すると良さそうです。

世界の研究者が注目する6領域

続いて、マーケティング研究者が注目する、今後のメタバースに関する6つの領域を紹介します。

1.インテリジェンス

メタバースでは、従来よりも取得できる顧客データが爆発的に増えるため、マーケティングの意思決定を助けるインテリジェンスの進化が期待されます。

例えば自動車会社が、アバターの消費者がメタバース上のディーラーを訪れ、運転し、購入し、販売し、カスタマイズするなどのさまざまな活動のデータを取得することができます。

メタバースにおけるマーケティング調査の方法や、メタバースの消費者行動データと現実の消費者行動データがどの程度関連するかなど、興味深い研究テーマがたくさんありそうです。

2.イノベーション

メタバースがイノベーションに役立つポイントは2つあります。

1つ目は、製品の3Dデジタルモデルが簡単に作成できるので、消費者の反応を見ながらコンセプト設計や市場テストが容易になります。マーケティングのプロセスにイノベーションを生み出します。

2つ目は、メタバース上で企業と顧客の接点がこれまで以上に増えるため、消費者との共創の機会が増える点です。消費者と共にコンテンツやサービス体験を作り出す機会が増え、イノベーションの創出に繋がります。

今後は、メタバースにおけるクリエイターやインフルエンサーの役割がどう変化するか、といった研究テーマが考えられます。

3.コミュニケーション

メタバースでは企業と消費者が双方向でやりとりをすることができます。また、コミュニケーションを一人一人にパーソナライズすることも可能です。

例えば、ブランド要素(ロゴ、キャラクター、ジングル、スローガンなど)を、消費者に合わせて瞬時に変更・表示することも可能です。

そのような環境下での効果的なマーケティング・コミュニケーションは、まだまだ解明されていません。どのような方法が、ブランドの想起や推奨、購入を促進するのかといったテーマは、今後の研究が必要です。

4.経験/体験

企業はメタバースを通じて、従来とは全く異なる体験を提供することができます。

では、消費者の体験を作り出す上で、デバイスの種類(視覚、触覚、聴覚など)や没入感の向上はどのような役割を果たすのでしょうか。

また、AIを活用して、メタバースにおける消費者体験をどのように向上させることができるのでしょうか。

この分野は、技術の進化と合わせて、まだまだ研究の余地がありそうです。

5.消費者行動

消費は自己表現や、自己アイデンティティの現れだ、と言われることもあります。そんな中、特に注目されるのが、アバターです。消費者がアバターで過ごす時間が増える時、消費行動はどう変わるのでしょうか。

例えば、自分とアバターのアイデンティティが異なる場合、どのように消費による自己表現が行われるのか、興味深いテーマです。

他にも、例えば、消費者が高価格のNFTを購入する動機も未だに解明できておらず、物理的な商品をベースにしたこれまでの消費者行動論とは根本的に変わりそうです。

6.政策立案

メタバースには、ユーザーのダイバーシティ、ネット中毒、ネットいじめなど、様々な社会問題が存在します。データ取得に関するプライバシーの問題もあります。

企業は、メタバース体験に関連するガイドラインやポリシーをチェックしておく必要がありそうです。

以上の6領域が、研究者が特に注目する研究テーマですが、いずれも企業のマーケターにとっても重要な領域だと思いました。

私が個人的に注目したいのは、メタバース上での消費者との共創活動です。特にメーカー企業はこれまで、消費者と直接接点を持ちにくく、ユーザーとの共創活動も限られていた印象です。

今後、メタバース上で消費者と直接やり取りする機会が増えることで、ユーザーが望むアイデアを企業が技術力で解決する「共創型のイノベーション」が増えるのではないかな、と思いました。

メタバースを積極的に体験しよう

今回は、メタバースに関する論文を取り上げて、世界の研究者がメタバースをどのように定義しているのか、今後どの領域に着目しているのか、といった点を紹介しました。

私は、個人的には、キャンプや旅行などのリアルな体験を大事にしたいと思う方ですが、だからこそ意識して、メタバースのような新しい技術も積極的に体験していきたいと思っています。

その際に、今回紹介したメタバースの定義や6つの領域を頭の片隅において体験してみると理解しやすそうだな、と感じました。

みなさんもぜひ、今回の内容を使いながら、色々なメタバース体験をしてみてください。

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参考文献
Giang Barrera, K., & Shah, D. (2023). Marketing in the Metaverse: Conceptual understanding, framework, and research agenda. Journal of Business Research, 155, 113420.




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