Luca

恋愛・子ども・保育・教育・家庭 /私に書けるのはこれくらい /LGBTQ+🏳️‍🌈 皆さ…

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恋愛・子ども・保育・教育・家庭 /私に書けるのはこれくらい /LGBTQ+🏳️‍🌈 皆さんが日々幸せを感じることが出来ますように

最近の記事

甘えさせてよ

『産後うつ』がTwitterでトレンド入りしてました。 色んな人の意見ツイート見て、発信元のツイート見て考えた“あくまでも個人的な”意見を述べます。 ①産後うつとはまず、『産後うつ病』とは出産して数週間(ときには数ヶ月)後まで続く心理的障害が起きている状態だそうです。 『マタニティーブルー』は産後3日以内にみられる悲しみや惨めさを感じることで、多くのお母さんが経験することなので『産後うつ』とは違うそうです。 (勉強になりました…!!) とりあえず簡単にまとめると、 お

    • 拝啓 19歳になった君へ

      まだまだ元の生活には戻らないね。 もしかしたら今の生活が日常になるのかな? 君がいなくなって明日で5ヶ月だ。 もう君の誕生日になったよ。 時間が経つのは早いね。 5ヶ月の中で色んなことがあったよ。 応援していた俳優さんが居なくなったんだ。 数十年に一度といわれる程の台風も経験したんだよ。 台風の被害を想像すると怖くてたまらなかった。 “命が失くなるかも…”って本気で思った。 台風の被害が無いように、本気で願った。 幸い自分に被害は無かったし、まだ生きている。 でも、亡

      • 18歳が想像する『結婚』とは。

        結婚って色んな形があると思う。 婚姻届を出してどちらかの苗字が変わる形が多いかな。 苗字変わらなくても結婚してる人もいるけど。 タイミングも人それぞれ。 仕事が安定してから、学校卒業したら、新しい命を授かったから。 恋人期間を長く続けて結婚する人もいるし、スピード婚も増えてる気がする。 年の差婚も多いかな。 結婚生活の話を聞くのはすごく好き。 2人の色々な思い出を思いだして話してくれたり、結婚生活のいい事とか大変な事も聞けるから。 (保育学生だから夫婦の関係から見える

        • 人の“痛み”を自分のことのように感じる私は。

          「人の痛みが分かる人間になりなさい」って、言われてきた。 10数年前の幼い私は、身体に感じる痛みのことだと思ってた。 怪我をたくさん経験してた私は、痛みを分かっているつもりだった。笑 学年内で次々と問題が起こった中学生の時、突然糸がプツンと切れた感じがした。 その日から怒りや悲しみなど、負の感情が自分発信で生まれなくなった。 その代わり、周囲の負の感情をダイレクトに受けるようになった。 (もちろん人としてダメなことには怒ります!) 「“痛み”ってこうゆうことか」と、他人事

        甘えさせてよ

          ね、がんばるよ。

          いつからか分からないけど、人工知能やロボット機能が発展した。 現在の世界情勢で、ネットは更に活用されている。 そしてこのような生活が当たり前になるのかもしれない。 こんな世の中だから、考えてみた。 対人無しで生きる世界とはネット使ってコミュニケーションをとることが、当たり前。 私も色んなSNSを使ってる。 逆に使っていない方が珍しいのかも。 SNS上で出会って恋愛する場合もある。 AIが発展しているのも事実。 友達と泊まったホテルにペッパーくんが居てすごいテンション上が

          ね、がんばるよ。

          cinematic

          好きな気持ちを長続きさせる方法私の実体験です。 付き合いたての人におすすめかも💭 恋人が居る人は相手に理解してもらって始めてみるのが良いと思います! ①適度な距離感私は距離感を大切にしていました。 近すぎず遠すぎず、丁度いい距離感。 友達といる時はなるべく離れてました。 私がAさんと話してると、彼はBさんと騒いでるみたいな。 彼にも友達にも分け隔てなく接してました。 周囲から見ると、「仲良いのか悪いのか分からない」って言われます。 仲は良いんですけどね、笑 2人きりにな

          cinematic

          光の破片

          “誰かの日常になる”これが1番かっこいいことだと思う。 誰かの日常になると、無意識のうちに忘れられなくなってるから。 誰かの日常になれるような仕事が出来たら最高だと思う。 日常になることは当たり前になるってこと。 職業上“当たり前”になりすぎて大切さが分かってもらえない場合もある。 でも“当たり前”に居てくれるからこそ、重要な職業なんだ。 その人達が居てくれないと安全に過ごすことは出来ない。 もしその職業が無くなったら…なんて考えたことないんだろうな。 当たり前にな

          光の破片

          ロイノチノイ

          近そうで遠い存在。初めて見た時から不思議な感じだった。 冷たそうだけど、纏う空気は優しい。 たぶんしっかりしてるんだけど、ガラスみたいに脆く儚い。 『人を惹きつけてやまない人』 彼が最期まで尊敬していた人。 彼の人生を延ばしてくれた人。 感謝してもしきれない人。 その人の歌に彼も私も救われた。 その人の顔を知ったのは、彼がこの世を去った後。 アルバムの写真で初めてその人を知った。 たぶん皆がかっこいいと言うのは隣の人。 誰が見てもかっこいいと思う顔だから。 でも私

          ロイノチノイ

          ありったけの愛で

          義父母や義姉夫婦が仲良しすぎる何だかもう見てて恥ずかしくなるくらい…。 でもすごい羨ましいし、素敵な夫婦だと思うから秘訣(?)を聞いてみた。 ①愛情表現は欠かさない 大切だと分かっていてもほとんどの人が出来ないことだと思う。 付き合ってる時ならまだしも、結婚してからはなかなか厳しいこと…。 でも義父母や義姉夫婦は愛情表現を欠かさない。 毎日1度は絶対「好き」だと伝えるし、適度なスキンシップもとる。 義父母は子どもが4人(旦那さん含め)いるし、義姉夫婦も子どもが3人いる

          ありったけの愛で

          応答セヨ

          子ども達は毎日毎分毎秒で成長し続ける。 子どもって何でも吸収する凄い力を持っている。 だから周囲の大人達が何気なく言った言葉も、吸収して無意識のうちに成長し続ける自分の身体と心を傷付けてしまう。 この言葉は言わないで (体験談も含んでます)①「そんなことも出来ないの?」 私たちは人間として過ごして結構時間経ってるけど、子ども達はまだ少しの時間しか過ごしてないの。 それなのに「そんなことも出来ないの?」って言われても…。 私たちにとっては“そんなこと”かもしれないけど、

          応答セヨ

          発達障がいの子と10年一緒に過ごして、 支援学校の行事のお手伝いに行って、 ほぼ独学で発達障がいについて知識をつけた。 10年一緒だった子が自閉症だったので、自閉症の知識が主だけど。 (他の障がいの知識も現在学んでます) その子と過ごした10年はとてもかけがえのない経験だった。 その子と遊ぶために学んだ知識は、どんな人にでも使えるものだから。 コミュニケーションをとる方法①具体的に伝えて 「ちゃんと片付けて」「まっすぐ帰ってきて」など曖昧な表現はやめて。 “ちゃんと”と

          点線

          ふとした瞬間にどうしても周囲と自分を比べることがある。 私も今でも比べている。 そして自分には何が出来るのか、分からなくなってしまう。 たぶんこのループは悪循環なんだけど止められない。 でもステイホーム期間中に自分を見つめてみた。 結果辿りついた答えは『音楽』なんだけど。 (この結果を答えと言えるのかさえ怪しい…) 物心つく前から音楽に触れてきたことも理由なのかもしれない。 私は日常の中に音楽がないと生きていけない。 聴くことも歌うことも、楽器を触ることも大好きなんだ。

          FINAL LAP

          物心ついてない頃から聴いていた音楽の影響って半端ない 成長してから音楽の影響力の凄さに気付く。 お母さんは音楽に触れることが大好きな人なので、買い物や旅行に行く時は絶対音楽を聴く。 チェッカーズ・藤井フミヤたぶん1番多く聴いた人達。 デビュー当時からチェッカーズが好きで(というより藤井フミヤさんが好きで)応援し続けているお母さん。 車の中で絶対チェッカーズや藤井フミヤさんの曲が流れていたし、鼻歌でもよく歌っていた。 だから私の初ライブは、お母さんに連れられて行った藤井

          FINAL LAP

          眠りによせて

          “KinKi Kids” “堂本剛”という存在を認識してからは、動画や画像をたくさん見た。 怖い気持ちもあったけど、どんな人なのか知りたかった。 6月17日 ENDLICHERI アルバム発売 朝のニュースや音楽番組でその映像が流れているのを見て、「こんな音楽もやってるんだ」と思った。 KinKi Kidsの曲や“いま あなたと 生きてる”は聴いたけど、ENDLICHERIの音楽は今まで聴いた曲と違う気がした。 動画やテレビで実際に話したり動いてる姿を見ていると、「不思

          眠りによせて

          いま あなたと 生きてる

          この状況なのでお葬式も行けなかった私に、義姉が彼の大切にしていた物を送ってくれた。 彼がいつも身につけていたネックレスとか、指輪とか。 その中にある物が入っていた。 KinKi Kidsのアルバム 「39」と「KinKi Single Selection Ⅱ」 彼がよく聞いてたアルバム2枚。 すごく大切にしていたアルバム2枚。 このアルバムで初めてちゃんとKinKi Kidsの曲を聴いた。 1曲1曲に彼との思い出が詰まってて、私と彼の一緒にいた日々の近くにはKinKi

          いま あなたと 生きてる

          会いたい、会いたい、会えない。

          彼の容態が落ち着いていたのも少しだけで、4月になってからは安定しない日々が続いた。 新型コロナウイルスの影響で県外に行くことが出来ないから、テレビ電話とかで話すしかなかった。 いつ命が消えるか分からないのに、会いたくてたまらないのに、会えないことが辛かった。 そんな時、初めて気付いた。 「堂本剛」という存在 彼は、堂本剛さんをとても尊敬していた。 「俺もこんな人になりたい!」といつも言っていた。 剛くんのこんな所がかっこいい、剛くんがこんなことを言ってた、とずっと聞かさ

          会いたい、会いたい、会えない。