【試し読み版 3/4】 投資に正解は存在するか - 第二章:投資でがっかりするための確実な方法たち
このページは書籍「投資に正解は存在するか:堅実な株式投資と資産形成の入門ガイド」の試し読み版(全4ページ)で、3ページ目「投資でがっかりするための確実な方法たち」の章です。
本書の正式版は、ペーパーバック版およびKindle版が発売中です(Kindle Unlimitedにご加入の方は無料で購読できます)。書籍の詳細については、シロイブックス公式サイトの書籍情報のページもご参照ください。
大切な前提、根本的な誤解
かわいそうなネズミにならないために
第一章では、株式というものの仕組みを掘り下げることで、投資とはどのような意味を持つ行為なのかということを考えました。第二章では、検討の対象をもっと具体的なものに移します。この章では、世間に存在しているさまざまな金融商品や投資の手法について、いくつかを個別に取り上げていきたいと思います。
この章の見出しを見ていただいてもわかるとおり、ここから述べるのは「最終的にはがっかりする方法」ばかりです。みなさんが採用すべき妥当な投資方法は何なのかという点は、次の第三章以降で出てきますが、その前に投資にまつわる誤解と幻想を徹底的に潰しておく必要があります。楽にお金を稼げる方法がいくらでも見つかるはずだと信じている人が、まともな種類の仕事で地道に経験とスキルと積み重ねるという苦労を耐え抜くことはできないので、これは必要なステップです。
みなさんがこれから歩む道で、おいしそうなチーズを見つけたとしたら、ほとんど例外なく、そこにはバネ仕掛けの罠があります。知っておけば引っかかりませんが、知らなければ引っかかるでしょう。無料のチーズは落ちていません。落ちているとしたら、それはネズミ取りの罠の一部として存在している場合のみです。この第二章は、そうした罠を避けるための章です。
第一章で見てきたとおり、株価というものは企業の実態よりも人々の解釈によって動きます。株価はその会社の本質的な価値を反映しようとしますが、その現在の価格と今後の動向については無数の判断と読み合いが働いており、「必ず上がるはずだ」とも「下がるはずだ」とも言えない水準で落ち着きます。つまり、あなたが適当なタイミングで適当な株を買ったり売ったりした場合、損をするか得をするかというのは、だいたいいつでも50%ずつになっているということです。これだけを見れば、少なくとも短期的に何かに投資した場合、そこに値上がりの根拠があると本人が信じ込んでいるかどうかに関わらず、その結果はほとんどランダムに決まることになります。
まずはこの章の導入として、投資を行う上で避けることができないこの「偶然性」という要素について考えることにします。さらには、大多数の人が無意識に受け入れている「未来を予測する」という思考の枠組みについて、これが根本的な誤りであるということを指摘します。
偶然性に向き合う
この世には偶然に強く左右されるものとか、大量のデータを収集して分析しなければ見えてこない傾向といったものが数多く存在しています。これを適切に扱うための知識や道具を集めたものが、確率論や統計学と呼ばれる学問の分野です。このような分野における基礎的な知識として「大数の法則」と呼ばれるものがあります。
コインを投げたときに裏と表のどちらかが出るのかというのは、誰でも知っているとおり偶然によって決まり、その確率はそれぞれ2分の1です。しかし、コインを10回投げたときに、表がちょうど5回出るということはそれほど多くなく、表が7回も出たり2回しか出なかったりということはごく普通に起こります。これに対して、投げる回数を1000回にしてみると、表が出る回数は500回にかなり近くなるはずです。コインを1回だけ投げたときの結果は完全に偶然に左右されますが、試行回数を十分に多くした場合には、そこにはコインという物理的なモノの性質から説明可能な、一定の傾向が現れます。これが大数の法則です。
そして、投資も偶然に左右される世界です。第一章で考えたとおり、株価に代表される投資対象の価格は常に微妙な水準にあり、市場の参加者はそれぞれが欲と不安に左右されている人間です。チャートの動きの中に、機械のような正確な反応は起こりません。近年ではこの投資判断をコンピュータが行うアルゴリズム取引というものがかなり広まっているようですが、これもコンピュータだから全員が画一的な反応をするという状況にはなっていません。機械的なからくりの効率を最適化する場合であれば、物理法則によって理想的な答えが一点に収束するかもしれませんが、市場の反応はそのようには扱えないからです。全体としては、価格の動きは個別の事象や単純な法則によって説明できないという意味で、ランダムなものと考えられています。
コイントスの試行回数を増やすことによって、ランダムな結果の向こう側にあるコインの性質が見えてくるというのなら、投資においてもそのような考え方ができるのでしょうか? 同じ会社の完全なコピーが複数存在するということはないし、この世で特定の年月日に起こる出来事はすべて一回限りのことなので、コインを投げるように同じ投資を何回も試してみるということはできないはずです。
ただ、特定の投資対象の本質を見るために、それに近い手段を取ることはできます。それは時間という枠の確保です。特定の会社の株価のチャートを見るとき、1時間先や1日先の動きは誰にも予測できません。しかし、これを10年や20年という単位で考えた場合、そこにはその会社の持っている経済的な真の価値が現れてきます。ある特定の株が市場の気まぐれによって注目されて、その価格が暴騰したとしても、その会社が社会の中で持つ価値というものが十分でないのなら、20年後にも同じような高い株価を保っていることは考えにくいということです。
短期的には、投資の結果は偶然に左右されます。これは予測不能ですし、予測すべきでない事柄です。しかし長期的には、その投資対象の持つ性質がきちんと出てくる可能性が高いと言うことができます。
「未来を予測する」という完全な誤り
ローソク足や折れ線グラフといった株価チャートを見て、「この低いところで買って、高いところで売ればいいんでしょ」と言われることがあります。第一章でも触れたとおり、これは投資というもののごく一般的なイメージです。つまり、投資によって利益を得るためには、何かの価格について「これから上昇しそうだ」と予測することが必要だと考えられているということです。
ここで、非常に重要なポイントが出てきます。チャートの未来は絶対に予測できません。これは「絶対」という言葉を正確に使用できる、数少ない場面のひとつです。
「なぜ未来が予測できないか」ということをわかりやすく説明するのは困難です。それは「なぜ未来が予測できると信じ込んでいるのか」ということを合理的に説明してくれる人がどこにもおらず、反論する対象が存在しないからです。もし誰かか「1+1が3ではないことがどうしても納得できないから、ちゃんと説明してくれ」と真面目な顔をして言ってきたら、そもそもどうしてそのように考えるようになったのかが想像できず、途方に暮れてしまうことでしょう。
あなたが投資に関する情報を見るとき、そこに「予測」という概念が出てきたら、もうその時点で強く疑うことが適切です。物理学者が「無限の動力を生み出す夢のエネルギーを発明しました」という永久機関のニュースを決して信じないように(これも古典的な投資詐欺です)、条件反射として身につけてください。もう少し身近な例を挙げれば、これは「レターパックで現金送れ」のようなものです。この文言を目にしたら、言われなくても「すべて詐欺です」と続きを連想するでしょう。それと同じです。
これから投げられるコインの裏表を予測することはできません。このとき合理的に利用できる情報は「どちらの出る確率も2分の1だ」というコインの性質だけです。
偶然性について一度でも深く考えてみると、世間で流行する投資の話題がどれほどいいかげんなものであるかが見えてきます。ここからは、コイントスよりももっと複雑そうに見える、個別の投資商品について見ていくことにします。
人はなぜ流行りの博打で破滅するのか
投資、投機、ギャンブル
金融の世界には、流行があります。第一章でも触れたとおり、この流行は証券会社が上手に人を集めて、効率よく儲けるということに繋がっています。テクノロジーがすごい速度で進歩しているとしても、人の世と経済の性質というのは1年や2年でそう変わるものではないはずです。
投資の世界でごく普通の人たちの間に流行したものは何だろうと考えてみると、筆者が真っ先に思い浮かべるのは、ビットコインに代表される仮想通貨と、FX(外国為替証拠金取引)です。ここではFXのほうに注目することにしましょう。本書の執筆された2024年の時点では、FXは仮想通貨などの旬の話題と比べれば「ひと昔前のブーム」という印象があります。とはいえ、FXにはこれまでの散発的なブームによって知名度が積み重ねられてきた歴史があるため(法改正によってFXが個人で取引できるようになったのは1998年のことです)、今では目新しい流行という段階を通過して、定番の投資手段のひとつというイメージが定着したように感じられます。
耳に馴染みがあると、それだけで警戒心が緩んでしまうというのが人間の怖いところです。当然、証券会社もそれを利用します。FXで投資対象になるのは外国為替であり、これは仕事で輸出入に関わっているとか、プライベートで頻繁に海外旅行をするような人でない限り、普通は馴染みのない世界だと感じられる分野であるはずです。このFXというものの仕組みについて、少しだけ詳しく考えてみることにします。
FXの特徴は、高いレバレッジにあります。どこかの会社の株を100万円分買ったとき、それが2%値上がりしたとしたら、含み益(まだ売却によって確定していない暫定的な利益)は2万円ですね。ところが、FXで100万円を預けるときはこれが「証拠金」ということになって、このとき証拠金の5倍や10倍といったポジションを取ることができます。仮に10倍とすると、1000万円をその商品に投資していることと同じ扱いになって、2%の値上がりがあれば含み益は20万円になります。2%の値上がりなのに、100万円が120万円になるわけです。
そして言うまでもなく、そう都合よく狙ったほうに上がるとは限らないので、逆に2%値下がりすることもあります。そうなれば、この100万円はすぐさま80万円になります。FXのいったい何が多くの人々を惹きつけたのかという問いに対しては、はっきり言ってしまえば、この強いギャンブル性だと答えることができます。
これはどちらかというと、投資というよりは投機に属する話です。投資がその対象となる企業などの性質や実態に根拠を求めることに対して、投機とは偶然の先行きに賭けることです。ボードゲームでサイコロを振るとき、それぞれの目が出る確率は6分の1だという事実を考慮して戦略的に振る舞うのであれば、それは投資的な行動と呼べるかもしれません。しかし「次こそは6の目が出るはずだ」という願望に賭けるのなら、それは違います。
FXで扱われるのは通貨ペアというものです。たとえば私たちにとって最も身近な組み合わせである「ドル円」について考えるなら、それはドルの価値と円の価値の比を表した数字になります。FXをやっている人が実際には何をしているのかというと、それはある国の通貨と別の国の通貨の価値の力関係が今後どう変化するのかに賭けているということです。普通の会社の株を買うのであれば、そこで仕事をしている人たちが社会に対して何か意味のあるものを生み出そうとしていますから、それが確実だとは言えないにせよ、価値が上昇するだろうという根拠を想定することができます。しかし、大国同士の経済力のバランスがどう変化するかに賭けるというとき、そこに値が上がるだろうという根拠はあるでしょうか?
経済というのは複雑すぎる現象なので、この原因によりこのような結果になったと単純に言えるようなことはほとんどありません。ある国でこうしたことが起こりそうだから、経済の中ではこんな結果が出るだろうと単純に予測することは不可能です。
この章の冒頭でも触れたとおり、未来を予測することは誰にもできません。それはFX以外の投資手段であってもそうだし、投資どころか人間の世界のすべてがそうではあるのですが、FXにおいては特にその傾向が強いということになります。
「投資はギャンブルに過ぎないのではないか」と言われるとき、それがFXのことをイメージしているのなら、否定できない部分は確かにあると言っていいでしょう。
ランダムな世界にも成績優秀者はいる
レバレッジの使用が一般的であるFXの世界には、普通に株をやった場合にはあまり起こらないような極端な成功話(もしくは破滅の話)が溢れているので、投資を考える上ではよいサンプルになる面があります。この成功話について、少し考えてみます。
天才的な投資のスキルによってチャートの読み、本当に大儲けしたのだという人がいます。SNSの投稿やネット上の記事、投資関係の雑誌などでもよく見ますね。読みが当たったということも、大儲けしたことも、嘘ではないのかもしれません。しかし、たとえばコインを10回投げたとき、表が出るか裏が出るかを10回連続で言い当てられる確率を考えてみると、これは2の10乗で、1024分の1です。そして、日本中でFXをやっている人の人口は、1000人どころではないはずです。つまり、FXの世界には、コイントスの結果を10回予測してすべて的中させた超能力者のような人がゴロゴロしているということです。
FXではデモトレードというサービスが提供されていることがあって、これは証券口座を開いて実際に入金しなくても、現実の取引とほぼ同じ操作でトレードのシミュレーションを行うことができる機能を指します。本書の冒頭で、隠された意図についての話をしましたね。証券会社がわざわざデモトレードのようなシステムを開発することには、お金も手間もかかっているはずです。「とりあえず体験してみませんか」というのは、何かを勧誘するときの一般的な方法でもありますが、よくよく考えてみると、ここには危険な罠が存在しています。
FXにおいて、特定の通貨ペアの今後の上がり下がりを予測できるかというのは、今から投げるコインの表裏のどちらが出るかを予測することとほぼ同等です。デモトレードで3、4回取引を行ったとすれば、当たったり当たらなかったりが半々という人もいるし、全部外れてしまう人もいます。そして、これこそが重要なのですが、すべて的中する人がいます。さらに10回続けた場合にはどうでしょうか。当然、これを試す人間の数が十分であれば、ひとつ残らず的中させたという人が続々と出てきます。
これで「自分には投資のセンスがあるんだ!」と思ってもらえたなら、証券会社としてはしめたものです。100人中99人がこれに該当しないとしても、1人でもそうなってくれれば十分です。きっとたくさんのお金を入金してくれるでしょう。最終的に、この人が大儲けしても破産しても、証券会社は無事に手数料で利益を得ることができます。証券会社はそれで構わないのです。誰かが取り返しのつかないような破産に見舞われたとしても、お金を持っている人は他にいくらでもいるので、また新しい人を誘え込めばいいだけの話です。
恐ろしい話ですね。しかし、これが投資という世界です。あなたが今関心を持っているのは、そのような業界なのです。
儲からない仕組みの話
必ず儲かる方法があれば、それは必ず儲からなくなる
ここで、証券会社を通して行うような投資とは少し離れた話にも目を向けてみましょう。
副業の手法として、一時期「せどり」という手法が注目されたことがありました。古本屋などで安い値段がついているけれど、その価値がわかる人に対しては実は高値で売れるという商品を探し出し、ネットオークションやフリーマーケットのアプリで販売して利益を得るという手法です。
これは「投資っぽい」考え方です。投資の世界にも「市場の歪み」という考え方があります。まだ世間で適切に評価されていない企業や商品を上手に探し出し、先回りしてそこに投資することができれば、いつかそれが正当に評価されて値上がりしたとき、その時点で売却することによって利益を得ることができます。さきほどのFXのギャンブル性の話とは違い、ここには狙って利益を生み出すことへの正当な根拠がありそうです。
しかし、面白いことに、せどりで稼げるということが事実だったとしても、それは一時的な現象でした。せどりという手法の可能性に誰かが気づき、それがネット上の副業界隈などで徐々に話題となり、もっと一般的なメディアであるテレビや新聞などで広く知れ渡るようになると、結果はどうなるでしょうか。掘り出し物は気づかれずに存在しているからこそ掘り出し物なのですが、それを目ざとく見つける人が増えれば、掘り出し物を探すということは徐々に難しくなっていきます。そして、どこかで労力と利益が見合うものではなくなるというポイントを迎えます。
「必ず儲かるという手法が明らかになれば、それはみんなが行うようになって、結果的にその機会は消滅する」という原則があります。株というのは、買う人が多ければ当然値上がりします。これから値上がりするだろうと多くの人が考えられるのならば、みんなが我先にとその株を買うことでしょう。そうなれば、将来起こるであろう値上がりというのはもうその時点で起きてしまって、さらなる値上がりの余地はなくなります。このような価格形成の話は、第一章でも触れたとおりです。
投資や経済の雑誌で「今、注目の株はこれだ!」と取り上げられているとしたら、それはもう遅いのです。みんなが同じように知っているのでは意味がありません。
そして、なぜこのような主張が行われるのかということをもう少し深く考えてみると、実は既にその会社の株を買っている人が根拠のないことを言っているという可能性もあります。みんながその言葉に流されて同じ株を買ってくれれば、その株の本来の価値はどうであれ、結果的に株価は値上がりして、その人は儲かります。そんなずるい話があるか、と思いますが、そういうことが可能なのが株という世界です。この風説の流布という行為は、一応は法律で禁止されていますが、「日本では窃盗は法律で禁止されている」という事実から「日本に泥棒はいない」という結論を引き出すことはできません。
というわけで、やはりここでも、人から聞いた話はアテにならないということです。
テクニカル分析という幻
アテにならないという話を考えてみるなら、まだまだあります。多すぎるのでここまでにしておきますが(この「アテにならない話が多すぎる」という点はよく覚えておきましょう)、最後にテクニカル分析というものを取り上げてみます。
投資の世界に興味がある人なら、テクニカル分析という言葉はどこかで耳にしたことがあると思います。ローソク足のチャートに複雑な線や図形が重ねられてるところを見たことがあるでしょうし、証券口座の画面を開けばそれと同じものがすぐに表示できますね。ゴールデンクロス、デッドクロスといった言葉もよく耳にするはずです。
その企業の業績や配当といった数字に注目して株式投資の判断を行うのは、ファンダメンタル分析と呼ばれる手法に分類されます。よく投資の情報誌に出てくる株価収益率(PER)、自己資本利益率(ROE)といった言葉は、この手法に関係する指標です。これに対してテクニカル分析とは、こうした企業の実態を読み取るための指標を一切考慮せず、純粋にチャートの値動きだけを分析して利益を狙うものです。このような値動きには、不合理な人間心理に基づく特定の予測可能なパターンが現れると信じられており、FXでも株式でも「チャートで表せるものならテクニカル分析も使えるはずだ」と考えられているようです。
そこに利益が出るだけの根拠があるのだろうかということを考えるとき、テクニカル分析はまったく的外れなものとは言い切れません。MACDやRSIと呼ばれるテクニカル指標たち(これらの名称を知らなくても何も問題ありません)は、ある一定期間に記録した終値や高値・安値といったデータから、人間の主観を挟まない数字として計算されており、何かを計測するための道具と考えるなら、それは確かに使える可能性のある道具です。
しかし、投資界隈に流通する情報を見渡してみると、この使われ方はかなりデタラメです。たとえばゴールデンクロスという概念はいったい何なのかというと、これは長期の移動平均線(移動平均線はよくチャートで目にすると思うので、詳しい説明は省きます)と短期の移動平均線をふたつ引き、長期の線に対して短期の線が下から上に抜けたとき、つまりそのように交差したときを「買い」、すなわち価格上昇のサインとして扱うというものです。
誰がそれを調べたのでしょうか?「なんとなく上がりそうな気がする」以上の根拠はあるのでしょうか。上がり下がりするふたつの線の動きを考えたとき、それが交差するというのはときどき普通に起こる現象ですが(ずっと交差せずに一方に進み続けるということはできませんよね)、それが値上がりのシグナルになるというのはどういう理屈なのでしょう。何を検出しているのでしょう。少なくとも、私が長年投資に関する書籍や記事を見てきた限りでは、この「なぜ」に答えているような説明はどこにもありませんでした。
移動平均線というのは比較的単純な道具ですが、仮にもっと複雑な何かを精密に測定できる道具があったとしても、それをどう利用するかという点に理論や裏付けがないなら、それは何の役にも立たないということになります。どれだけ精密な工具や正確な測定器具を揃えたとしても、大工仕事のできない人がそれを手にするなら、正確な仕事ができるということは期待できないからです。
イメージに騙されないでください。エリオット波動というのは宇宙パワーと同じだし、一目均衡表は少年漫画の必殺技のようなものです。法律や社会道徳に反しない限り、大人が自分の責任で何かをすることは基本的に自由なので、こうした必殺技にあなたが何百万円というお金を賭けたとしても、それを止める人はいません。ただ、その結果は自分で引き受ける必要があるし、騙されたあとで誰かに文句を言おうとしても、それは手遅れというものです。
「こんなに大損するはずじゃなかった」「誰かが止めてくれればよかったのに」と思うかもしれません。しかし、その注意書きは、いつだったかあなたが画面上の「同意します」ボタンを押すときに読み流した、あの長ったらしい文章の中にあったはずです。
可能性があるとして、それは簡単なことだろうか
念のため、こうした「テクニカル派」を擁護する視点についても触れておきましょう。大規模なデータをきちんと準備して、そこにテクニカル指標を使用した調査を行うとしたら、それは意味がある可能性があります。
たとえばゴールデンクロスというものを考えるのなら、何十年分にもなる国内の上場株式の値動きの全データに対して、ゴールデンクロスが出現したタイミングをすべて洗い出し(どれほどの数になるのかは想像もつきません)、その数日後や数週間後にどの程度の値上がりがあったのかを集計するといった方法です。ここで「はっきりとした理屈では説明できないけれど、統計的には確かにこのような傾向が出るのだ」という発見があることも一応は考えられます。実際にそのような投資手法で利益を上げていると思われる人たちもいて、これは筆者も否定するものではありません。
しかし、これは明らかに専門的で難しい職業の世界です。金融に関する知識の他に、統計、数学、プログラミングといったさまざまな道具を揃えることが必要になることでしょう。ただ単にチャートを見て、ふたつの線が交差しているから「買い」なのだといった、そんな簡単に見つかるサインで成功できるというのは、ありそうもない話です。
「簡単に儲かる機会が存在しているなら、それは失われる」という話を思い出してください。仮にゴールデンクロスというサインが役に立つ時代が一瞬でもあったとしたら、それは既に失われているはずです。投資の世界に「絶対」という言葉はありませんが、「お金の湧き出す場所がそのまま放置されている」というのは、おそらく「絶対ない」に限りなく近いことだと言えるでしょう。
当たり前の結論を受け入れる
そのお金はどこから湧いてくるのだろう
結局のところ、ここまでに述べてきた内容は「簡単に儲かるような話がその辺に転がっているはずがない」という、ごく常識的な話を詳しく説明してみただけのことです。
ネット上などで「スマホをときどきチェックするだけで月収50万!」という副業の広告を目にしたととき、それを鵜呑みにする人はほとんどいないでしょう。その50万円はいったい何の対価なのか、誰がどういう理由でそれを喜んで支払おうとするのか、どうやっても説明できないからです。そういう詐欺的な話が成り立っているということは、ほんの少数でもそれに騙される人がいるということを意味していますが、今あなたがしているように、いくらかでも本を読んで勉強しようという習慣がある人ならば、まず騙されることはなさそうな話です。
ところが「投資で月収50万円を目指そう!」という話になると、これが「ない話ではない」と思えてくるから不思議です。複雑なテクニカル指標を利用したFXの自動売買システムなどがそうです。近年、特に2022年以降では生成AIの飛躍的な進歩などの話題がありますが、こうしたテクノロジーの発展と合わせて、目新しくて怪しげな投資手法の話題は尽きることがありません。しかし、専門的で難しく見える技術の話は置いておいて、ごく当たり前の理屈として、世の中の仕組みを考えてみてください。
何も考えずに大儲けできるような余地が社会と経済の中に残されており、その果実を自動で刈り取ってくれるシステムが存在し、親切な誰かが現れて、それをあなたに売ってくれる。これは「ありそうな話」でしょうか?
知識と疑いがあなたを守る
既に述べたとおり、あなたが投資で一儲けしようと思っているとき、別の場所では、そういうあなたを利用して一儲けしようと思っている人たちが待ち構えています。このような罠に嵌まらないためには、とにかく勉強して知識をつけること、そして物事を深く考える習慣をつけることしかありません。
幸運な偶然を除けば、苦労せずに何かを手に入れることはできないというのは、この世界の法則です。リスクのない投資は存在しないという話と同じです。この世に幸運な偶然が存在するのは事実だとしても、あなたがそれを望んだときにそれが降ってくるということはないので、できるのは地道な努力だけということになります。
第一章の最初に、人が勧めてくるものを鵜呑みにすべきではないという話をしました。そう言われると、では「投資の世界では何を信用すべきなのか」という疑問が当然出てきますね。その答えは「自分で調べて、自分で考えたこと以外は信用するな」です。これをしっかりと胸に刻んでおきましょう。
経済や金融に関する専門的な調査をすべて自分で行うことは不可能なので、専門家が書いた本を「情報源として確かなようだ」ととらえることは必要です。それでも、それはただの客観的な情報であって、成功を約束してくれる心の拠り所だとは思わないでください。あなたの投資行動の安全を保証してくれる人はどこにもいません。決してそれを求めないでください。
それを求めるなら、ほとんど間違いなく、あなたは誰かに利用されることになるでしょう。
第二章のまとめ
ポイントのおさらい
随分と長くなりましたが、本書全体の導入部分に当たる第一章と第二章はここまでです。先の第一章では、投資という行動の本来の意味について考え、この第二章では「儲かるはずがない話」について、もっと具体的に掘り下げてみました。投資にまつわる疑わしい話を挙げていくならば、まだまだあると思いますが、基本的な疑問の持ち方と考え方については理解できたと思います。
この章のポイントのまとめは、以下のとおりです。
未来を予測することは決してできない。「予測」は疑わしい投資情報の合言葉と考えよう
投資は偶然性の関わる世界であり、完全にランダムでしかないギャンブルであっても、大成功する人は一定数いる。そのような成功者の主張を信用しないようにしよう
簡単に儲かる機会が放置されることはない。それはすぐさま刈り取られ、必ず消える運命にある
テクニカル分析のような一見「それっぽい」理屈や道具も、根拠がなければ役に立たない。いつでも理由と根拠を考えよう
疑おう。あなたを助けてくれるのは、自分で調べて、考えて、理解したことだけである
こうして見返してみると、「一攫千金」のような投資の一般的なイメージは、現実的な見方とはかなり離れていることがわかると思います。この章で筆者が意図したのは、まさにそのような誤ったイメージを打ち消すことでした。そういった成功例は、少数であれば確かに実在すると思いますが、それは宝くじで高額当選したという話と同じであり、宝くじの一等を狙って当てることのできる人間はどこにも存在しません。
ギャンブルで儲けようとしている人がいるとして、それをまともな発想と言うことはできません。当たり前ですね。投資で着実に資産形成を行っていきたいのなら、そうした夢物語とはきっぱりと決別する必要があります。
次の章で考えたいこと
ここから先は、疑問に対する答えの章に入ります。「根拠を疑う」ということをここまで強調してきた以上、この答えについても、そこにどういう根拠があるのかという点はきちんと説明していくつもりです。ただ、その答えを妥当なものとして受け入れるかどうかを判断するのは、みなさんの仕事になります。
投資の書籍はただの道具箱です。使うのはあなたの仕事です。そこから得られるのは道具としての知識だけであって、あなたの心配と不安を完全に取り除いてくれる信仰の対象ではありません。あなたが行うべき仕事を代わりにやってくれる、全自動ロボットのようなものもありません。もしそのようなものを与えてくれるという親切な人が現れたとしたら、それは間違いなく、あなたを間違った道へと連れ込もうとしている人だということを思い出してください。
本書を読み進めていく最中にも、「この本の筆者は本当に正しいことを言っているのだろうか」という点は常に疑うようにしましょう。投資の世界において、これは必要な姿勢です。
次の第三章では、投資にまつわる一般的なイメージを覆す、ある研究データを取り上げることにします。このデータを参照するとともに、「きちんと理屈を考えればこうなるはずだ」という理解をさらに進めていくことにしましょう。投資を行動に移すということについては、第四章以降で出てきます。ひとまずは次の第三章の内容にて、これまで散々強調してきた投資の世界への「疑い」という姿勢をすっきりさせていくつもりです。
【次の章へ】第三章:資本主義全体の成長に賭ける
【前の章へ】第一章:「投資する」とは実際には何をすることなのか