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#短編小説

【小説】リリの電話

【小説】リリの電話

リリの電話

 白山リリは町でいちばん嫌われている女の子だ。果樹農家がいくつか並ぶ山の付近の、誰が見てもボロ小屋としか思えない小さなアバラ小屋に住んでいて、片親で父親は酒浸りで、職も就かない、町の中でも有名な鼻つまみものだ。
 それなのに、リリはクソがつくほど美少女だ。
 亜麻色の長くて軽やかな髪、長いまつ毛に囲われたガラス細工みたいに透き通った瞳。白い肌に小さくて細い顎。身長は中学三年生らしい平

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漁火

漁火

 通勤の途中、海が見える。船の通る景色がほんの数十秒。その波の光の夢を、あたしはよく見るのだ。

 会社に行かなくなってから、二週間がたった。
 はじめは、同僚や上司からメールやら電話やら届いた。高校時代の体育祭前、インフルエンザで休んだとき以来の人気者ぶりだった。でもそれも、すぐなくなった。二週間めの月曜日、上司から愛想程度の催促がくるくらいで、スマートフォンの光るまぶしすぎる画

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星の箱

星の箱

 箱をこじ開けると、悪魔が飛び出た。
 星雲とブラックホールを混ぜ合わせたような靄は響く笑い声とともに渦を巻き、ヒトの形を成していく。掌に乗るほど小さな箱の上に、先の尖った靴が揃えて乗った。重さがまるでない。ホログラムでないのなら、悪魔だ、と青年は思った。
「眩しい!」
 細身ので長身すぎる、真っ黒な服に身を包んだ男は、近すぎる照明に退いた。
「箱を地面に置くかなにかしてくれないか」

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風の街

風の街

 むかしむかし、あるところに少年がおりました。
 そこは寂れた場所で、見えるものといえば風化した白い壁、屋根のない家、誰もいない通り道、死にたくなるような青空だけでした。
 その街はなにもなく開けた場所でしたが、風は吹き抜けませんでした。
 少年は毎日、ぼろぼろになった壁の縁に座り、雲のない空を見上げていました。うっすらとでも雲が見えれば、風が吹いているかどうかを見定めることができるか

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【小説】最後のステラ

【小説】最後のステラ

最後のステラ

 星は、歌っているらしい。
 ただそれは、人間には聞こえないヘルツで発されている。音楽、と言う概念を商売にしている唯一の動物に聞こえないなんて、皮肉だな、と思う。犬や猫、人間以外には聞こえているのではないだろうか。そう疑う。
 星の歌はきっと、強くて、光のようにツンとして、それから柔らかくなって届く。そんな響きを持っている。もしも聞こえたのなら、彼女のような声だろう。
 ぼくた

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【小説】山羊と悪魔

山羊と悪魔

 夕方前だというのに、閉めたカーテンの向こう側からは光がなく、菜穂の部屋は薄暗かった。雨音に混じり遠雷が聞こえる。
 菜穂はスマートフォンに映画を映し、ベッドの上で仰向けになっていた。腕が疲れて、右腕を下にし、横を向く。悪魔祓いのスプラッタは、雨の日には丁度いい。
 今日は水曜日だった。菜穂にはズル休みだというような罪悪感はなく、ひたすら魂が抜けたような状態で、学校に足を運ぶ気に

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【小説】ghost

ghost

 バケツをひっくり返したような雨とは、このような天気をいうのだ。打たれれば細い棒で叩かれたような軽い痛みがある、質量のある雨の槍が、スクランブル交差点に降り注いでいる。雨の飛沫がもやのように立ち上がり、路面を白く染めている。
 局所的な雨のようで、SNSに流れてくる遠巻きから見たこの区域は、柱が立ったような雨の影が見える。なるほど、これはバケツだと彼は思った。今自分は、そのバケツ

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ルーシー、鍵を開けて【小説】

ルーシー、鍵を開けて

 一つの展示物のように、真四角の白い家は立っている。
 彼女の家にはあらゆる人が訪れる。知恵をあてに、情報がほしくて、アイディアを求めて、好奇心によって。ルーシーはいつも、広い、真白なダイニングで、迎え入れる。
 ルーシーはミニマリストで、家具はほとんど置いていない。廊下はなく、扉を開いた瞬間、がらんとした白いダイニングがあり、真ん中に色のないテーブルを挟んで向かい合う

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蟻の山

 一番の親友はみなちゃんだった。
 どうして友達になったのかは覚えていないが、ほとんどの友達がそういうものだから、彼女とも一緒に遊んでいた流れで友達になったのだろう。
 みなちゃんの小さな頃は、歯の抜けた野生児みたいな子だった。いつでも外を駆け回って、虫を触るのも平気で、力も強くて男子と戦っても負けなかった。
 けれど、とても頭が良かった。教科書はすらすら読んだし、急なテストがあっても一番に解いて

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【小説】リキッド

リキッド

 隣の住人は喫煙者だ。
 夜に漂う煙が流れて、わたしの部屋の窓を叩く前に消える。
 惰性で流すバラエティ番組の笑い声を聞きながら、ぼんやりとその様子を見ていた。
 生ぬるい春の夜だ。狭い部屋に酔いつぶれる友人たちを横目に、わたしは髪を整える。買ったばかりのアイコスを摑み、ベランダに向かう。夜風に当たりたいと思っただけだ。
 顔を覗かせて、隣人と顔を合わせる。清潔な、マッシュルームカット

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渦のなか uzunonaka



 狭いところは落ち着く。水音のする場所は絶対領域だ。目を瞑って、密着する金属質の壁に身を預ける。日差しはあまり強くない方が良くて、僕は裸のままがいい。
 服を着ていることが煩わしい。何も着ないままで生きてはいけないだろうか。中学くらいから思っていた。母に相談してみたが、「無理に決まってるでしょ。この日本で。世間体を考えなさい」というので、どうやら僕を日本から出す気はないらしい。僕も、そもそも考

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