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ブルーバレンタイン

「史上最高の鬱映画って何だと思います?」

閑散とした店内、新作シールを貼り続ける作業の隙間、柳井君が話しかけてきた。

「鬱映画ねぇ。なんだろ」
「俺はね、ミストだと思うんすよ」

まあ、妥当なところだ。ところでスティーブンキングなる存在を私は疑っている。一人で多くの名作を生み出し過ぎじゃないか。私はCLAMPみたいな複数人耐性のペンネームが『スティーブンキング』なんじゃないかと睨んでる。余談だった。

「スティーブンキング関連なら、シャイニングとかは?」
「あれはホラーですよ。鬱じゃないっす」
「じゃあ…『愛、アムール』ミヒャエルハネケの」
「あー、あれ!分かりますよ。話変わるんすけど、俺あの映画観て歯磨きの仕方学んだんすよ」
「というと?」
「あの主人公のおじいさんが歯磨きするんですよね。で、うがい二回だけするんです。俺それまでうがい五、六回はしてたんすよね。あの映画見て、あ、二回でいいんだって」

私が全く着眼しなかった点だ。そこに店長が現れた。

「何の話?」
「あ、史上最高の鬱映画は何かって話です」
「レクイエムフォードリームでしょ」
「あ~、それだ。それっすね。決定っす」
「俺あれ見てクスリやめたもん」

私は口を挟む。

「いや、ダンサーインザダークもキツイですよ。あれ見て迂闊に人を信じるのは良くないって思いました」
「分かる。トリアーならドッグウィルもいいね」
「じゃあ、とりあえず史上最高の鬱映画監督はトリアーってことでいいすかね」

すると棚戻しを終えた桑原さんも加わってきた。

「監督ならキムギドクじゃないですかねえ」
「いや、ギドクはどっちかというとグロでしょう」
「嘆きのピエタは至高ですねえ」
「俺、あれうっかり母ちゃんと観たんですよ。すげえ気不味かった…。否応なく母性ってものを考えましたよねぇ」

結局この話に収集が付くことは無かったが、一つ気付いた事がある。極度のショックは人の生活を変える、という事だ。鬱映画と聞くと落ち込む気分を想像しがちだが、そのショックが人の考えや生活の在り方を好転させることもあるのだ。鬱映画はある種のショック療法の役割を果たすのかもしれない。

その夜、私は一本の映画を観た。『ブルーバレンタイン』夫に逃げられた私に、新しい思慕に現を抜かす私にぴったりの映画だ。この映画をもっと早くに観ていたら…考える程に気落ちする夜。でも少なくとも、この映画を教訓にこれからの人生を変える事は出来るんだから、観て良かったと思うことにしよう。

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