【小説】東京タワーの赤色は♯冬ピリカ応募
彼女とは、月に2~3回くらいの頻度で、互いの仕事終わりに食事に行く仲だった。
彼女が運転する車の助手席にいつものように乗りこんだ。片側2車線の大きな道は、いつしか片側3車線になり、さらに、高速道路に変わっていた。
互いにずっと口を開かなかった。今晩の彼女は話しかけてはいけない空気を出していたからだ。仕事でなにかイヤなことでもあったのだろうか。
高速道路を下りて道はどんどん狭くなり、どこかの地下駐車場に入った。
車を降りて地上に出た。都会なのに林があり、坂道を登った。
「うわー!! 嘘でしょ?」
突然、眼前に真っ赤で巨大な鉄塔がそびえていたのだ。
「なに、これ? なんなの?」
「東京タワー」
驚くわたしとは対照的に、彼女は静かに言った。
「これがあの東京タワー? 5年も東京に住んでいるけど、実物を見たのは初めて」
「わたしもよ」
そう言いながら、彼女は歩きだした。彼女に続いてチケットを購入し、エレベーターで展望デッキに上がった。
「今宵もここ東京タワーから生放送です!」
展望デッキでは、ラジオの生放送が行われていた。
「今日紹介するハガキは、実は10年前に募集したものになります。ラジオネーム・アオイさん『10年後の自分は、プロポーズに成功し、結婚している彼女と、僕の誕生日にこの東京タワーに来ているでしょう。そのとき、東京タワーのあかりは赤い薔薇色にしてください。僕から彼女への《愛情》を現すためです』。そうなんですよ! 今日の東京タワーはいつものオレンジ色から真っ赤になっているんですよ。皆さん、気づいていましたか?」
ラジオのDJは、展望デッキを見回した。
「それと、本日、アオイさんとその彼女さんは来ていますか?」
DJも、スタッフも、展望デッキのお客さまもキョロキョロと辺りを見回した。
「来てる? 来てない? いや、来ていてほしかったなー」
(グスン)
それは、聞き逃してもおかしくないくらい小さな音だった。
横を見ると、彼女の目から次から次へと涙が溢れていた。
思わずわたしは声を挙げそうになった。
(シッ)
彼女は口に人差し指をあてて、静かにその場を離れた。
車に乗り、東京タワーが見えるところまで移動し、路上駐車した。
「自殺じゃなかったんだ」
彼女の彼氏は10年前に、突然死んだ。状況から事故か自殺か判断が割れたが、警察は最終的に自殺と判断した。
理由は、彼が彼女に遺した最期のメールの一部に
「先に行くから」
とあったからだ。それは『あの世に先に行く』と解釈された。
でも、違ったのだ。彼は、彼女との明るい未来を見据えていたのだ。10年後も彼女と楽しく思い出の東京タワーでデートしていると信じて、先回りをして色々仕込んでいたのだ。
彼女は東京タワーを見た。
「ようやく追いついたよ」
(1198文字)
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