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マークの大冒険 現代日本編 | それでもボクらは生きていく

前回までのあらすじ

古代ローマの共和政末期に赴いていた冒険家マークは、歴史上戦死する運命にあったガイウス・カッシウス・ロンギヌスとマルクス・ユニウス・ブルートゥスに協力し、彼らの救命を試みる。だが、ローマ帝国の誕生を無きものとするこの大幅な歴史改変は、神々の会合によって阻止すべき重大事項として扱われた。結果、マークの計画の阻止ないしそれが困難な場合は彼の抹消が取り決められた。

家庭の女神ウェスタはこの事態を案じ、マークに計画の断念を懇願する。だが、マークはこれを頑なに拒否した。力づくでマークを止め、彼の計画を阻止しつつも救命を試みるウェスタ。だが、アムラシュリングを操り、ホルスを従えるマークは強力であり、ウェスタの力で彼を止めることは不可能だった。自力でマークの阻止が不可能だった場合、神々の議論では世界の創造神ラーに全てを託すという形になっていた。

ローマの神々を次々に薙ぎ倒していくマークとホルスだったが、ラーの登場によって事態は一変する。ラーの力でホルスが戦闘不能状態に陥り、アムラシュリングも破壊されてしまう。ラーの圧倒的な力を前に、マークは成す術もなく屈した。だが、マークは斬首される直前で黄金の果実の力を発する。途端、激しい嵐が巻き起こり、全てを吹き飛ばしていく。そして、世界は突如出現したムウトの虹色に輝く巨大な翼に包まれ、暗闇に飲み込まれていった。

気付くと、マークとウェスタのみが冥界ドゥアトの零の刻に飛ばされていた。ウェスタはマークに最後通告をするも、マークはこれを受け入れなかった。マークはアムラシュリングやホルスの加護を失った状態で、ウェスタとの一騎討ちに挑む。結果は一瞬で着いた。マークの敗北に終わり、彼は死を覚悟したが、ウェスタの慈悲でカッシウスとブルートゥスの身柄を引き渡すことを条件に命だけは許された。

マークはウェスタに、最後に少しだけカッシウスとブルートゥスと話す時間が欲しいと嘆願する。ウェスタはこれを了承し、マークは桜の木の下でカッシウスとブルートゥスたちと花見をする。ローマにはない日本特有の文化に二人は満足気な表情を浮かべた。それは今までマークが見たことがなかった彼らの本当の笑顔、そしてありのままの姿だった。迎えの時間が来た二人は、マークから貰ったコインを手に冥界の渡し船に乗って死者の世界へと旅立った。

黄金の果実の発動による嵐で、マークが所持していた魔法の指輪アムラシュリングや天空神ホルスを閉じ込めた器ウジャト、そして黄金の果実自体も世界に散り散りに飛んでいき、行方不明となった。

全てを失ったマークは、ウェスタの白き部屋でこれまでの記憶だけは持っていたいという意志を告げる。記憶の保持はマーク自身に危険性が及ぶものの、彼の強い意志を尊重したウェスタはそれを了承する。白き部屋の扉の向こうには、マークの元の世界が広がっており、彼は無事に故郷に帰ってくることができて安堵すると共に寂しさも覚えていた。

*本章は、時系列として『古代ローマ編』と『フランス革命編』の中間に位置するものである。



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ローマでの戦いが終わって、ボクは自分の家に帰ってきた。アムラシュリングもなければ、ホルスもいない世界。そこでのボクは、何者にもなれなかった、いわゆる世の中のお荷物だった。

考古学者を夢見るものの大学を卒業後、ボクは研究者としてのポストを掴むことができなかった。それでも、生きていくためには生計を立てなくてはいけないわけで、就職組に転身した。

1ミリも働きたくない企業の面接に足を運び、「御社の経営理念に憧れ」などという、くだらない嘘をつく。そんな見えすいた嘘は、何人もの志願者を見てきた面接官にとっては耳にタコができるほど聞き飽きたことだろう。そんな感じだから、ボクは何社面接を受けても内定がもらえず、興味のない会社の面接を受けるために都内の街を彷徨う日々を送っていた。面接に足を運ぶ交通費だけでも馬鹿にならなかった。気付けば、一週間で1万円近い交通費がかかっていた。貧困に陥る者は、こうしてどこまでも貧困に陥っていくのだと思った。

「若者の貧困」という言葉がメディアで騒がれているが、ボクはまさにその当事者だった。「手取り13〜14万円の若者たちのリアル」というような感じの記事を何度も見かけたが、今のボクはそれ以下で、そんなに貰えてるのに彼らは社会的には貧困なのか?と内心思った。であれば、ボクは確実にクズの中のクズということになる。抜け出したくても抜け出せない。まさにこの世界はボクにとってアリ地獄のような場所だ。

自分のいる場所、自分が認められる場所が欲しかった。自分の所属がないことほど不安なことはない。学生は学生という身分が認められるが、卒業後はそうもいかない。就職できなければ、世の中のクズとして扱われる。あいつはおかしな人間、そういう目で見られる。クズでいいじゃないか。そう開き直れればいいのだが、小心者のボクはそこまで大胆にもなれなくて。いつまでも、どうでもいいプライドと責任感にしがみついていた。

結局、ボクは一般企業を二社ほど経験した。一社目は何とか内定を掴んだところで、最初はそれなりに嬉しさがあった。これで自分も社会にようやく馴染めると安堵したものだが、入社早々、仕事が覚えられなくてパニックになった。性格的に営業は絶対に無理だから、裏方の事務を任されたのだが、みんなが普通にできていることが自分には何故かできない。自分がここまで無能なのかと実感した。

何度教わっても覚えられない。何度失敗しても直せない。何度叱られても、また同じミスを繰り返してしまう。わざとじゃない。やる気がないわけでもない。誰かを困らせたいわけでもない。でも、できない。そんな自分が悲しくて、悔しくて、会社から必要のないお荷物として見られているような感じがして、ボクは居た堪れなくなって辞表を出した。心なしかボクの退職に上司が安堵の表情を浮かべているような気がした。

辞めた瞬間の解放感は心地好かった。仕事ができなくて、上司に罵倒されるあの苦しさから逃れられる。だが、そのすぐ後にこれからどうすれば良いのだろうという不安が自分を襲った。結局再び転職活動に入って、何とか次の転職先にありついた。だが、そこでも同じことだった。仕事が覚えられない。何度も同じミスをする。この二社目でボクは気づいた。職場がダメだったんじゃない。やっぱりボクの方がダメだったのだと。内心、一社目ではどこか職場に問題があって、ボクは悪くないと思っている節もあった。だが、二社目で確信した。これは完全にボク側に問題があるのだと。それでボクは、さらに自己嫌悪に陥った。生きることが辛すぎて、もう考古学や自分の本当の夢のことを考える余裕もなくなっていた。

一般企業で働くことは自分には無理だということがよく分かった。でも、生きるためには職にありつかなくてはいけないわけで。自分なりにいろいろと考え、模索した結果、ボクはフリーの商業カメラマンになることを決意した。学生時代からボクは、度々撮影のバイトをしていた。昔から写真が好きで、カメラをいじっている時間も好きだった。

そんなことが転じて、学生時代の発掘調査では記録撮影係を頼まれるようになった。記録写真は芸術写真とは違うのであまり面白さはないが、それでも人から頼まれて必要とされている気がして、それなりに楽しくやっていた。そうして撮影の術を少しずつつけていき、撮影のバイトを紹介してもらい、その紹介でさらに別の撮影の紹介をという形で繋がっていって、定期的に撮影のバイトを得ることとなった。

撮影対象は様々で、物撮りから不動産建築、幼稚園・小中学校の遠足撮影、スポーツ、舞台のゲネ、それから宣材ポートレート、ファッションポートレートまで、バイトの誘いがあれば断らずに何でもやった。中でもポートレート撮影がボクは好きだった。綺麗に撮れた写真を見せた時の、依頼人の喜ぶ顔が好きだった。その時の自分の喜びは、依頼人以上である。

でも、だからといってボクはカメラを仕事にできるとは思わなかった。結局、ボクのレベルは素人に毛が生えたようなもので、世の中では全く通用しないと分かっていたからである。ただ、一般企業を経験して、まだ写真の仕事の方が自分には合っていると思った。そうして収入は不安定だが、フリーのカメラマンとして生計を立てていくことを決意した。

とはいえ、フリーのカメラマンで安定した依頼を受け続けることは難しく、最初はいくつもバイトを掛け持った。そうして何とか機材・設備等の費用を稼ぎ、小さいが自分の撮影スタジオを持った。写真事務所名は「NEXT」と名付けた。常に進化し続けるカメラの技術を積極的に採り入れ、自身の撮影技術も日々鍛錬して向上させ、「最高の一枚」を目指すという思いを込めてこの名に決めた。

そんなわけで、今日もスタジオでの撮影のアポが入っている。誰かの人生を変えるような、そんな一枚を撮りたい。写真の力で人を笑顔に、みんなを幸せにしたい。その気持ちに嘘偽りはない。でも、ボクの心は常に考古学と古代の浪漫に向いているわけで。今は別の仕事をしているけれど、いつか必ず、研究者として活動し、大学の教壇の上に立つ夢を持っている。何者にもなれなかったボクが、人を教える側を臨むなど、とてもおこがましいことだとは分かっている。それでもボクは、考古学の楽しさを、歴史が持つ面白さを人に伝えたい。何故ならボクはそれに救われたから、前に向きになることができたから、始めて何かに熱中することができたから。この窓の向こう側のどこかに、同じようなことで悩める誰かがいるのなら、彼らに、彼女たちに、それを伝えたい。

おっと。お客さんが来たようだ。スタジオの扉の鐘が鳴っている。しょうもない俺日記はここまで。もう仕事に戻らないと。


「こんにちは、予約していた......です」


To Be Continued...



Shelk🦋

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