荒野羊仔(迷羊文庫)

書店員。主に短編小説を書いています。ゆる公募勢。 短編小説新人賞最終選考。エブリスタ第…

荒野羊仔(迷羊文庫)

書店員。主に短編小説を書いています。ゆる公募勢。 短編小説新人賞最終選考。エブリスタ第159回超妄想コンテスト大賞受賞。 羊名義でボードゲームのストーリー、イラスト担当。(https://escapesheepandscap.wixsite.com/website

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結婚披露宴で選定の剣を抜いた話

コロナ禍に結婚式をした。親族も会社の人間も呼ばず、親兄弟+友人のみの少人数での開催だった。 式は厳かに、披露宴は振り切ってをコンセプトとしていた。振り切った結果が表題の通りである。 具体的に言うと選定の剣が刺さった状態のケーキから剣を抜き入刀、ドラクエ風のオープニングムービーを使用する、BGMをセットリストと呼びアニソンを組み込むなどやりたい放題した。後悔はしていない。 一曲たりとも思い入れのない曲を流したくないという宗教上の理由から、動画は式場の手に委ねず外注&自作した

    • 小説 | 石の少年

       ピエールは石のように言葉を持たない少年だった。  両親は既に亡く、親類の類もなく、ピエールは一人で暮らしていた。誰の家に連れ帰っても、必ずピエールは元の家に帰ってしまうからである。村人たちは持ち回りでピエールに食事を届けたが、それに対してピエールが感謝の言葉を述べたり、頭を下げたりすることはなかった。  ピエールは今を生きる人類だった。過去に誰が何かをしてくれたことを覚えてはいないし、未来をどう生きるかを考えることもなかった。  これまでに何人もの人間がピエールを真っ当なこ

      • 小説を書く人に100の質問

        前回「小説を書く人が答える小説に関係なさそうでありそうな50の質問」に答えたので、今回は「小説を書く人に100の質問」に答えたいと思います。(先にこっちに答えるべきだったかもしれない) 前回の記事はこちら↓ Q.1 筆名(ペンネーム)を教えてください。 荒野羊仔(あらのようこ)と申します。 Q.2 筆名の由来は? 「荒野を彷徨う迷える仔羊」 聖書では仔羊は迷いの多い弱い人間のたとえとして使われるので、迷走している自分への自戒も込めて。 また見失った羊のたとえのように迷っ

        • 小説 | エメラルドが落とせない

          『ノベルアップ+』三題噺に投稿した作品です。 お題「雨」「エメラルド」「あと5分」 * 「四十九日も過ぎたし、そろそろ遺品整理もしないとね」  二番目の義姉がそう切り出したのは、雨女だった義母の四十九日の法要が終わったあとの精進落としの場だった。まだ前菜すら来ていない、何なら飲み物の注文すら終わっていない時分である。  夫には三人の姉妹がいる。どれも気が強く、かしましく、その上強欲であった。  義母の介護の九割は私が担当し、持ち出しの金も唯一息子であると言うだけで我が家か

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        結婚披露宴で選定の剣を抜いた話

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          小説を書く人が答える小説に関係なさそうでありそうな50の質問

          楽しそうなのでやってみました。 (先に「小説を書く人に100の質問(データ配布あり)」の方をやるべきかもしれない) Q.1 一番好きな飲み物を教えてください。 コカコーラ・ゼロかもしれない でも一番よく飲むのはコーヒーです。 Q.2 一番好きな食べ物を教えてください。 一番決めるの難しくないですか??? 寿司…牡蠣パスタ…いやオムライス… あ!プリン!固いプリンです🍮 Q.3 苦手な食べ物を教えてください。 トマト・大葉・梅干し・辛いもの ブルーベリーとか弾ける系

          小説を書く人が答える小説に関係なさそうでありそうな50の質問

          小説 | テセウスの歯 #12 最終話

          最終話  日傘を差して歩く。日差しは穏やかになり、遮る必要性は最早感じない。それでも傘を差して空気を丸く切り取るのが好きだった。傘の内側は簡易なシェルターのようだと思う。パーソナルスペースを物理的に区切ることで得られる安心感があった。  歯医者のドアが開くと漂ってくる独特の匂いに、反射的に唾液が迫り出してくる。消毒液のツンとした刺激臭にも慣れてきた。だがここに来るのも今日が最後だ。新しい歯が嵌まればもうここに用はない。関わりと言えば、時間差で来る支払いに怯えながら生きるだ

          小説 | テセウスの歯 #12 最終話

          小説 | テセウスの歯 #11

          第11話  最近は新着の求人だけを見るようになった。いい条件のところは掲載が早く終わってしまい、そうではない条件のところはずっと残っている。一通り見終わってからそんな当たり前のことに気付いた。新着の企業に片っ端から応募していくと、途端にブラック企業との遭遇率が低くなってきた。  片っ端から受けることによる恩恵もある。複数の企業を並行して受け、常にどこかは選考中の状態にしておく。そうするとどこからも選んでもらえなかった女ではなくなる。たとえどこからも内定が貰えていなくても。

          小説 | テセウスの歯 #11

          小説 | テセウスの歯 #10

          第10話 「今日は反対側を前回と同じように型取りしていきます。まずは塗る麻酔から始めますね」  四回目の歯医者ともなれば慣れたもので、言われる前に口を開く機械と化す。麻酔が効くまでの待機時間、目を閉じて一息吐く。  左側の口内炎も腫れが引き、傷口こそ残るものの痛みはほとんどなかった。あんなに何度も、何十回も重ねた傷なのに、口内の自然治癒能力の高さは驚異的だ。会社を口に、歯を社員に例えるなら、歯が一矢報いてもきっとすぐに修復されてしまうのだろう。なのに環境は改善されやしな

          小説 | テセウスの歯 #10

          小説 | テセウスの歯 #9

          第9話  二度目の失業保険認定日が来て、一ヶ月振りにハローワークを訪れる。ハローワークには様々な人が居た。第二新卒に近い年齢の人も、要職に就いていそうな風貌の人も、住所不定に近いような人も。皆等しく職を失っている。ただ一つの共通点だけが、交わることのないはずの人々をこの場に集わせている。  失業認定申告書や雇用保険受給資格者証といった書類を提出する。書類選考は数社に応募しているものの面接を受けたのは二社だけだった。一社を辞退し、もう一社の面接結果を待っているが未だ求職中で

          小説 | テセウスの歯 #9

          小説 | テセウスの歯 #8

           次の面接は小さなハウスメーカーのオフィスだった。一階には顧客が見学する用の台所設備がいくつも並んでいて、子供連れが訪れている。天井が高く全面を窓で囲まれており、開放感に溢れていた。面接で通されたのは二階だった。一階は顧客用、二階がオフィスになっており、三階は社員が宿泊できるようになっているらしい。 「こちらの部屋でお掛けになってお待ちください」  柔和な表情を浮かべた男性は中腰になりながらそう言った。  二階の部屋は一階とは対照的に天井が低めに設定されており、小さな窓

          小説 | テセウスの歯 #8

          小説 | テセウスの歯 #7

          第7話  一週間振りにヒールを履いた。ヒールが地面を打つ音はこんなにも心躍る音だっただろうか。パンツスーツの裾がヒラヒラと揺れている。  面接に漕ぎ着けた会社は寂れた駅を最寄りとしていた。歩道は舗装されているはずなのに、いたるところが盛り上がっている。歩くうち、ひび割れた箇所にヒールが引っ掛かり物理的に足を取られた。慌てて体勢を立て直す。舌が口内炎に当たりじくりと痛んだ。  二度目の仮詰めは以前ほど気にならなくなった。代わりに口内炎が熱を帯びて、話す度に擦れて痛みを伴っ

          小説 | テセウスの歯 #7

          小説 | テセウスの歯 #6

          第6話  二日間の仕事をこなし、歯医者が開く月曜日までをじっと耐えた。幸い痛みはない。型を取ったセラミックの歯が届くまであと数日耐えればいいのだが、仮詰め本体が柔らかく固定されていないせいで、何を食べても引っ付いているような気がしてならない。何より細かく削られた歯の隙間に新たに虫歯ができないか心配だし、残る仮詰めまで取れて二本とも剥き出しになるのも抵抗があった。  重い体を引き摺り、朝一で歯医者に駆け込む。受付を済ませ、待合室の椅子に腰掛ける。仕事があった頃には活動してい

          小説 | テセウスの歯 #6

          小説 | テセウスの歯 #5

          第5話  野外で働かなくてはならない日に限って空は晴れ渡っている。ここのところ土日にイベントスタッフの単発バイトを入れている。土日休みの企業を選んで受けているため、転職活動は平日で完結する。仮に土日に面接する会社があったとしても、休日出勤もあり得る企業だと言うことだ。その時点で志望度は下がる。 「誰にでもできる 履歴書不要 単発バイト」  決め手はそんな煽り文句だった。私はもう疲れていたのだ。仕事を探すことに。何より履歴書を書くことに。家にプリンターはなく、印刷するには

          小説 | テセウスの歯 #5

          小説 | テセウスの歯 #4

          第4話 「また新人が辞めた。最悪」  辞めた会社の人のSNSをチェックしていると、そんな一文が飛び込んできた。私自身は見る専門でほとんど投稿をしないが、唯一IDを交換した先輩の関連か表示された「知り合いかも?」アカウントのアイコン。オフィスのデスクに置かれた鞄とぬいぐるみの写真に見覚えがあった。我ながら不健康なことをしていると思う。  写真と内容を加味し確信する。私が辞める遠因にもなった後輩だ。新卒正社員として私の数年後に入社し——その時点で私より初任給が高かった。良く

          小説 | テセウスの歯 #4

          小説 | テセウスの歯 #3

          第3話  翌朝、何度目かの目覚ましのスヌーズの音で目を覚ますと、予定していた時刻から四十分が経過していた。服を着替えたらすぐにでも家を出なければならない。二回目の歯医者の予約の日だった。毎日のルーティンがなくなった体内時計に身を任せていたら、いつの間にかギリギリの時間になっていた。申し訳程度に歯を磨き日焼け止めを腕に塗り、玄関先に置きっぱなしにしていた鞄を手に掴んだ。  玄関の扉を開けると、コツンと何かが当たる音がした。それを目にした瞬間反射的に飛びのく。蝉の死骸だった。

          小説 | テセウスの歯 #3

          小説 | テセウスの歯 #2

          第2話  ハローワークのパソコンの前で、頬杖をついてモニターを眺めていた。モニターの向こうでは様々な情報が流れては消えていく。聳え立つ灰色の建物の中は全体的に薄暗く、煙草のヤニのような黄色いフィルターに覆われて見える。  会社を辞めたのは、先輩社員が家を購入した直後に会社が単身赴任を言い渡したから。逃げられないタイミングを見計らって網に絡め取り、その穴を埋めるように遠方から独身の社員を異動させた。  家を買おうにも会社が腰を落ち着かせてくれない。独身社員はいつまで経って

          小説 | テセウスの歯 #2