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「家族ごっこ」にみる5歳児の家族観

おおよそ1年間、インターナショナルスクールにて年中クラスを見てきた。

年度末ということもあり、この季節は成績をつけたりポートフォリオと呼ばれるいわゆる「作品集」みたいなものを作るのだが、それらの仕事をしていると子どもたちの成長をものすごく感じる。

背も伸びたし、雰囲気も大人びてきたし、何よりもクラスとしてのまとまりができてきたように思える。

そんな彼らの変化を感じるなか、昨年の4月から一貫して変わらないことについて気がついた。

それが「家族ごっこ」という遊びだ。

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家族ごっこ。

その名の通り、「家族のロールプレイ」である。

彼らの家族を真似して、子どもたちで役を決めてあそぶ遊びが、家族ごっこ。必ずその遊びは、お父さんとお母さんを決めるところから始まる。そして子どもは誰なのか、兄弟は誰なのか、ペットは誰なのか。そんな役割をみんなで相談して決める。

人気がある役割は、やはりお父さんとお母さん。そこが取り合いにはなるのだが、だいたい複数人で一緒にお父さん役・お母さん役をしている。一人じゃなくても良いという発想が、なかなか子どもらしくて素敵である。そんな素敵な遊びを、今や5歳になる年中さんたちは昨年の4月からずっとしている。

遊びの内容はというと、家族の日常の一部を切り取ったシンプルなものだ。
お父さんは仕事に行き、お母さんは料理をして赤ちゃんの世話をし、ペットは餌をもらって散歩に出かけ、いわゆるステレオタイプの家族像がそこにはある。「もうすぐ料理ができるわよ」というような、いかにも家庭で耳にしそうな会話も出てくる。

そんな家族ごっこを複数人でやるわけだから、ごっこ遊びとしてまとまりがあるのやらないのやら。

ただ少なくとも、子どもたちはその遊びが楽しくて仕方がないらしい。

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1年という長い時間を通じて5歳児たちがまとまって「家族ごっこ」をするくらいだから、彼らにとっての家族とはそうとう大切なものであるに違いない。

つまり、常に一緒にいる存在だからこそ、真似がしたくなる

そうやって育ち、家族が欲しくなる。家族ができると、自分が見てきた家族を真似して自分の家族をつくる。その繰り返しを経て、私たちは時代を回してきた。

これの恐ろしい点は、子どもたちは良い点も悪い点もわからずに家族の真似をしてしまうことだ。特にそれは言葉遣いに、顕著に現れる。言葉遣いの丁寧さや雑さが子どもたちの間で全然違うのは、そんな彼らが例とする家族の在り方によって、全く異なってくる。

5歳児にとって、家族はかけがえのない大切な存在だ。だからこそ、真似をして遊ぶ。そこから、子どもを大切にし、相手を思いやり、生活に必要なことが何かを学び始める。これだから、子どもを育てる責任というのは大きい。

彼らは、勝手に家族の背中を見て育つのだ。

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子どもたちは、常に私たち大人を見ている。

だからこそ、模範的存在でなくてはならない。言葉遣いにはじまり、座り方や普段の姿勢、ちょっとした仕草、ありがとうをいうタイミング。その全ての善悪をわからずに、彼らは真似をして学んで身につける。

そんな視点を大人が持つと、いくらか家族をより大切にしようという気持ちが芽生えるのではないだろうか。

品性を兼ね備えた、普通の家庭をつくりたいものである。

2023.01.31
ShareKnowledge(けい)

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