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アジカン精神分析的レビュー『サーフ ブンガク カマクラ』/今を肯定するノスタルジア

今年メジャーデビュー20周年を迎えるASIAN KUNG-FU GENERATION。その作品史を精神分析的視点から紐解いていく、勝手なアニバーサリー記事シリーズです。

5thアルバム『サーフ ブンガク カマクラ』(2008.11.5)

11thアルバム『サーフ ブンガク カマクラ(完全版)』(2023.7.5)


2008年にリリースされた2枚目のフルアルバム。江ノ島電鉄の駅名を冠したタイトルの楽曲を藤沢から鎌倉に至るまで順番通りに揃えたコンセプト作品で、サウンドはパワーポップに傾倒し、レコーディングはやり直しや修正ナシの一発録り。歌詞も従来と異なり甘酸っぱい青春のシーンや切ない旅の場面を描いており、何もかもがこれまでのアジカンとは異なる作品である。

当時は音楽的な進歩をすごく求めていたんですけど、ふと我に返ると「もっと楽しいことやりたいな」みたいな気持ちがあったんですよね。『サーフ ブンガク カマクラ』はそういう作業のある種の反動でもありました。

2023.6.16 CINRA.NET

2023年に敢行されたインタビューでも語られている通り『ワールド ワールド ワールド』での濃密なセッションに疲弊した後、その反動で後藤正文(Vo/Gt)が中心となってシンプルさを目指して作られた本作。2023年7月5日には、全曲再録+新曲5曲を含む、江ノ電の駅名を全網羅した完全版をリリース。本稿では完全版も含め、このアルバムがアジカンにもたらした効果を考えたい。



ポジティブな退行

後藤:単純に、楽器弾いて、歌いたいんだもん!っていう感じの。それが楽しいんじゃん!って。
伊地知:そう、とにかく楽しんで作ろうって。その上で、ゴッチが“いい”と思うものを全面的に押し出した作品になってほしかった。今回はゴッチが想像するビジョンやサウンドを僕たちの方で上手く整理していくっていう作業でしたね

2008.10.20 OK MUSICより

『サーフ〜』の制作は『ワールド〜』とは対極にある。後藤が1人でデモが制作し、そのデモを基にしてバンドであまり練習することなく録音するというセッションとは真逆のスタイルだ。それゆえ、考えすぎることで失われてしまう即興性や遊び心を本作では重視しており、リラックスした空気が漂っている。本作はある意味でアジカンをポジティブに退行させた作品だと位置付けられるだろう。

退行とは簡単に言えば「子供返り」や「赤ちゃん返り」と言われる現象のことで、受け入れがたい感情や欲求から幼少期の精神状態に逆戻りしてしまう心の防衛機制だ。退行はストレスで生じるためネガティブな意味合いもあるが、一方で今直面している問題に対し別角度から向き合うヒントにもなる。そのためには自我は保持したままで、行動自体を退行させることが重要だ。

『サーフ〜』は会社をサボって湘南へ向かうという”ストレスからの逃避“を描く「藤沢ルーザー」から始まる点に顕著だが、思考することからなるべく離れようとし続ける。制作自体も音を鳴らすことを楽しむ欲求に従って、パワーポップというバンドの趣味的な喜びを最優先したサウンドを選んだ。バンドの自我を保持したまま、シンプルな演奏へ立ち返る。本作を通しアジカンはポジティブな退行を果たした結果、バンドの開放感を取り戻したのだ。

しかしこの制作法は思いもよらず、次なるバンドの危機へと繋がってしまう。この話は次作『マジックディスク』のレビューにて詳細に言及する。


ユーモアとノスタルジア

水着のレイディ 見る
桃色系で酩酊

ASIAN KUNG-FU GENERATION「七里ヶ浜スカイウォーク」

友人にポールとリンゴがいたっけな
だけどニックネームなんだな
欧米人じゃない

ASIAN KUNG-FU GENERATION「稲村ケ崎ジェーン」

『サーフ〜』の曲にはメッセージ性が少なく、横道に逸れていく描写や本筋に必要とは思えない与太話が連なる。この洒脱なユーモアが本作の大きな特徴だ。ラジオなどを聴けばアジカンがユーモラスな人々なのは明らかだが、作品にはあまり表出してこなかった。従来のシリアスなタッチからは省かれてきた等身大かつ話し言葉で綴られたユーモアを大事にした作品と言える。

作品におけるユーモアは重要な点だ。フロイトは攻撃的衝動を社会的に受容される形として表出させる基本的な心理学的機制であるとユーモアを定義づけている。無闇に攻撃性を露わにしてきた初期と異なり、蓄積されたストレスをユーモアとして昇華しているのが『サーフ~』の軽やかさに繋がっている。こうした選択を取れるという点に『ワールド~』以降の成熟を感じる。

腰上まで君は波に浸かって
仰向けで浮かぶブイの遊泳
ズブ濡れで僕も泣いてしまって
涙目で滲む昧の浜

ASIAN KUNG-FU GENERATION「腰越クライベイビー」

雨は止んだ
君と僕は線路で
手と手 繋いだって
サヨナラは来るのです

ASIAN KUNG-FU GENERATION「極楽寺ハートブレイク」

もう1点『サーフ~』の根幹を成すのは叙情的なセンチメンタルさだ。アジカンが大学時代を過ごした横浜に程近い、彼らにとっても身近な湘南を舞台にしたことにより、歌詞の内容は追憶のようにも聴こえる。"君と僕"の描写もどこか身近な質感があり、物語へと転化した実在の記憶のようにも思える。『サーフ~』の景色には、ノスタルジア=郷愁を感じざるを得ない。

かつてはメランコリー(憂鬱)の病態の1つとしてみなされていたノスタルジアだが、時に"逃避"の役割を果たし、我々の気分を思い出の中に一時的に連れ出してくれる。『ワールド~』で今ここにある世界と向き合った後に、切り離された過去を歌うのはノスタルジアの役割を考えればある種のケアとも言える。この先に進むために必要な、少し切なく、でも笑える、心休まる時間が『サーフ~』では繰り広げられるのだ。


15年後の"あの頃"

2023年夏、15年の時を経て『サーフ ブンガク カマクラ(完全版)』が完成した。2008年版に収録されていた10曲も完全に再録し、2023年のアジカンのモードで作り上げた作品だ。江ノ電に乗りながらかつての記憶や思い出と出会い直すような聴き心地を時間経過と共に更に深めたような内容である。

「石上ヒルズ」の歌詞にはスマホが登場し、「七里ヶ浜スカイウォーク」の歌詞では《海辺のファーストキッチン/今はない談笑に》と閉店したレストランに想いを馳せるなど、より深い経年変化が刻まれた完全版。新曲たちには遊び心も強まっているが、同時に年を重ねたがゆえの目線も光る。『君繋〜』や『ソルファ』でも“過去の自分=君”に向けて歌う場面(主に純粋性への焦がれ)はあったが「日坂ダウンヒル」をはじめ、さらに過去となった”自分=君“に対して慈しみが溢れる楽曲が多い。

どうか海へ 投げ捨てないで
笑って過ごした あの日々を
駐車場を探し回って
疲れてしまった あの頃を
今日という愛しい日も
もう二度と会えないでしょう

ASIAN KUNG-FU GENERATION「和田塚ワンダーズ」

その最たるものは「和田塚ワンダーズ」だ。2008年の『サーフ〜』では無自覚的にノスタルジアを描いた部分もあったろうが、この新曲は"あの頃"への目線が特別に濃い。現代の湘南の風景にかつての自分たちを重ね、意識的にノスタルジアへと浸ろうとするのだ。しかしそこには焦燥感や憂鬱さは感じられず、あの頃にもう戻れないという不可逆性すら愛おしく思う温かさに満ちており、感傷的でありながら確かな晴れやかさも胸に残る楽曲である。

絶えず心を懐かしい気持ちにさせる完全版だが音はくっきりと新しく、現在のアジカンがそこにいる。聴き手に募るノスタルジアと作品に薫るノスタルジアが混ざりながらも、これは紛れもない新作であり、ゆえに時間軸は今も昔もなくタイムレスな魅力に満ちている。これこそがノスタルジアだけに拘泥することなく、アジカンが途切れることなく成熟し続けた証明なのだ。ストレートに音を鳴らし歌うことへの迷いのなさが『完全版』にはある。

バンドを退行させシンプルなサウンドを鳴らし直すリハビリであり、疲弊からの逃避とケアでもあった2008年の『サーフ~』。そんな1作を今再録したのはこれから何度"あの頃"を振り返ったとしても、この今を生きていけるという確固たる想いがこの15年の活動で芽生えたからではないだろうか。そして『サーフ~』で描いた世界が何度でも戻って来れる心の故郷であると気づいたのだろう。そこに囚われることはなく、ただ穏やかな心地になれる。そんな健康的なノスタルジアを『サーフ』を通して見出すことができたのだ。

そしてこのアルバムはリスナーにとっても、現実世界にその舞台が存在するという点で強く愛着をもたらしている。江ノ電に乗り、その土地に足を運ぶことによって、リスナーにとっての記憶が刻まれ新たなノスタルジアを生んでいく。暖かな郷愁の在処として『サーフ〜』は誰にとっても開かれた優しい場所なのだ。そしてこのレビューもまた、そのノスタルジアに誘われるがまま、私が昨年秋に湘南を訪れた時に撮った思い出の写真を載せて終わりたいと思う。このノスタルジアなら、何度浸っても大丈夫。


始まりはやはり藤沢から。
新江ノ島水族館。旧江ノ島水族館っていうのはあったんだろうか。
キャンドルタワーが見える江ノ島への橋。「江ノ島エスカー」のMVにも出てきてよかった。
そして本物の「江ノ島エスカー」。エスカレーターだった。
たこせん。薄いけど、タコ一匹はいってるので腹いっぱいになる。
「キャンドルタワー」
江ノ電の車両、夕焼けに映える。
鎌倉高校前駅の夕景。心洗われる。
七里ヶ浜のレストランでディナー。メシはマジで全部旨い。
極楽寺は落ち着く駅。曲のイメージともしっかり合う。
長谷寺のほっこり地蔵。
初めての鎌倉大仏。想像の倍ぐらいあった。
由比ヶ浜を眺めながらのジャズミンズライス。挽肉ご飯は最高。
鳶が飛び回る由比ヶ浜。
鶴岡八幡宮。「鎌倉殿の13人」であんなことが起きるとは思わなかった場所。
鎌倉グッドバイ。またきっと。


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