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個室トイレの撫子さん

「コロ……ス。コ……ロス」
入社2年目の当行きっての美女行員・撫子さんはいつもトイレに籠ってささやいていた――。

地方銀行は繁忙期を過ぎるとそれはそれは暇で、オトコたちは女性行員にいかにモテるかを考え始める。

他に遊ぶ場所があればいいのだろうけれど、私の住む町は風営法に厳しく表立ったキャバクラや風俗店はなく、せいぜいスナックがある程度なので、彼らのような銀行勤めの”小金持ち”がイキがる場所が極端にないのだ。

デリバリーを呼ぶような人もいるが、それは決まって独身。しかし、社内で独身は“変人”扱いされる者しか残っておらず、隣の部署の唯一の独身同期は”変態紳士”と影でも、オモテでも言われている。
んで、先月辞めて上京をしていった。その後の消息は不明。

すなわち、既婚者の暇人上司たちが私たちのような女性社員を飲みに誘うのが彼らの”遊び”でステータスなのだ。

「令和」にこんなことがまかり通っているのはおかしいが、それを批難するデメリットを考えると、なんとなくやり過ごす生き方のほうが楽なのだ。
27歳の私は、3人の既婚者に言い寄られている。
東京の大手企業なら一発でクビが飛ぶような卑猥な言葉を社内メールで送ってくる根性と鈍さだけは、マジですごいと思う。

正直、イイ気もしないが悪い気もしない。
タダメシを食えるのはありがたいし、田舎で不倫をするスリルは意外とクセになるものがあるのだ。
他の先輩や同期、後輩たちもそんな感じで寿退社までの日々を楽しんでいた。つまるところ、女性行員もヒマなのだ。

だけど、撫子さんだけは違った。
東京の女子校、女子大育ち。家族の都合でこちらで就職することになった撫子さんは不思議なオーラと色気に満ちていた。
同性の私も声を掛けることを憚られた、品性が詰まった撫子さんは口数こそ少ないけれど、業務に一生懸命に取り組む子だった。

当然、暇な大人のオトコたちが彼女を誘惑しようとしていたが、彼女は心を閉ざしており、次第に「めんどくさい」という認定をされるようになっていた。
いや、お前らが一番「めんどくさい」からな。

でも、私は彼女を守ってあげられなかった。
だから撫子さんはいつもトイレに籠っていた。最初は泣いているのかなと心配したけれど、違った。
彼女はトイレの3番目の個室に入って、笑っていた――。


そう。撫子さんはトイレに籠って「コロス、コロス」とささやきながら、銀行を潰す計画を立てていた。

まさか、のらりくらりと生きてきた私がその計画の参謀として加わるとはそのときは思っていなかった。
そして、撫子さんの壮絶な過去に立ち会うことになることも――。


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