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カップルは家具を見に行くから別れるんだよ

一生ものだからさ、じっくり選ぼうね?
うん。
何色がいいかな?
キッチンの感じに合うもの、じゃない。
ねぇ、ここ座ってみよ。
だめ。ちょっと人前だから……。

最初はそんな楽し気な会話をしていた――。
しかし、家具屋で揉めないカップルなどいない。
家具屋とカップルは水と油、巨人と阪神、相性が悪すぎる。

帰りにはあたしたちは別れていた。
ニトリ離婚をするなんて。
いや、婚約はまだだったか、ニトリ破局か。
いやいや、結局大喧嘩になったのはフードコートに行ってからだから、それもまた違うか。
まぁとにもかくにもあたしたちは別れてしまった。

家具はキャンセルできたが、同棲前提の家は解約できない。
別れても暮らすことになった。

「俺、出ていく」
「いや。払えないよ。私」
「じゃあ、次の引っ越し先見つかるまで住む?」
「――うん」

なんだか、オシャレな邦画や深夜ドラマで見るような展開になったな、とお互いに思っていた。
それなりに会話はあるけれど、そっけない日々。
何より家具がないから落ち着かない。

お互いの家から持ってきたクッションに座りながら彼は言う。
「ソファぐらい買っておけばよかったな」
「邪魔じゃん」
「俺、次使うし」
「え? だって私が座ったところに――」
それ以上はやめておいた。

家具を買わなかったおかげで、二人の距離は縮まった。
もしかしたら家具なんていらなかったのかもしれない。

どこかの誰かさんたちみたいになる自分たちを想像して楽しんでいるだけだったんだ。
そしてそんな感傷的でむなしい時間が二人をいじらしい気持ちにさせて、それはそれで、何者かを楽しんでいるだけだ。

うまくいってるように見えるだけ。絶対にまた揉める。別れる。

だって二人で暮らすうえで家具は欠かせないから。
そしたら家具屋には行く。
つまりはまたそこでケンカをするだけだ。

私のベッドで隣り合わせで寝ころびながらそんなことを考えていた。
狭いベッドだから愛し合える関係は、健全じゃない。

家具屋という関所を通れないカップルは、幸せになってはいけない。

2カ月後。
二人は別れた。

もし今度違う相手と家具屋に行くところまで来たら、彼を思い出す。
そして多分向こうも同じような経験をしているはず。

私は、引っ越した別の街にある家具屋の前に立ち尽くしていた。
「今日はハンバーグだよ」
「…………」
ベビーカーを押して家具屋から出てきた、同じ年代の夫婦を見て、無理やりに笑ってみせた。





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