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あおりあおられ惚れられて

いま、思えばラブホが遠かったせいだと思う。

その日。免許のない俺を彼女がラブホに連れて行ってくれた。
正確には俺が誘ったしおごったのだが、送迎してくれる人に頭は上がらない。
いつだって出かけるときは彼女の運転だ。
「免許取りなよ」と優しく言う彼女だが、俺は何度も試験に落ちていることを隠して、「まだいいかな」とごまかす。
よく田舎でやっていけているなと思う、いろんな意味で。

夜明けの前の国道に摩擦音がこだました。

彼女が運転するミニバンは後方から迫るドでかいSUVに思い切り煽られた。
数秒並走し、ギリギリまで接近したところで彼女の車は横道に逸れて急ブレーキを踏んだのだ。

まだ乾ききっていない彼女の重たい髪がザワリと揺れて、顔まで跳ね返る。
俺はシートベルトとスニーカーの踏ん張りでどうにか踏みとどまる。
助手席から運転席の彼女を見る。サイドの窓に頭を少し打っていた。
「大丈夫?」
「……うん」

煽ってきた車も停車し、こちらにずんずんと進んでくる。
夕方のニュースやYouTubeで良く見る光景だ。


俺は驚いた。
フロントガラスから見えていたのは、高校時代に好きだった京大出身の女性の数学教師だった。名前は――忘れもしない、しず香さん。

俺の初体験の相手だった。
授業中もベッドの上も穏やかで品があったしず香先生が目の前にいる。
フロントガラスから睨んでいる。

これは物語の始まりで、俺の人生の終わりにすぎなかった。

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