あしたが来なくても夏が来る。
苦そうな汗が噴き出して背中をそろりと流れる。
暑苦しい。昨晩、クーラーが壊れてしまったのだ。
修理屋は明日の昼に来るらしい。
待てないけれど、ノウハウがない僕はそれを待つしかない。
やはり「手に職」の時代だ。
安物のサキュレーターじゃ意味をなさない。
不毛な夜が流れていく。
こんな夜はあれこれと思い出すことも多い。
初めての恋のこと。小4のとき。
初めて告白したこと。中3のとき。
初めて彼女ができたこと。大学2年のとき。
彼女が二股していたこと。大学卒業前。
あまりいい思い出ではないと思っていたけれど、あの時感じたほろ苦い感情が熱気を帯びた体に溶け込んでいく。
翌日。
修理屋がやってきた。作業着に緩めのTシャツ、なぜかタイトなデニムを履いた女性だった。20代中盤ぐらいの。グラマラスボディーの。
よくスケベな動画で見るような。
「昨晩も暑かったし大変だったでしょ、あー蒸しますね」
と作業着を脱ぎ始めて、小さな脚立にまたがって、クーラーを点検し始めた。もう、その光景は動画で見るそれだ。
「……え。ああ」
昨日夢のように思い出した最低で最高だった思い出たちが一気にかすんだ。
思い出は更新されていく。
最高の瞬間はいつだって、今、現在だ。
脚立が倒れて修理屋の女性が倒れ込む。
ざぶとんにダイブし、深い谷間がむにゅりと潰されるのが目に入った。
もはや、想定「内」だった――。
この瞬間までは。
「和也?」
「え……?」
女性の姿をしているが、顔や声は、同級生で同じ囲碁将棋部だった猪本だった。
「なんで?」
と思わず口から出ていた。
「うち、オヤジが電気屋だったじゃん」
「……じゃなくて――」
猪本が口角をあげて笑う。
「久しぶり、だね」
俺と猪本が暮らし始める、セカイで一番暑い夏が始まった。