掌編「今年も西瓜の季節が来て、初物に嬉しくなる夏の日曜日。謡います。」
梅雨の明けて、白雲浮かびしや青い空と手を翳しては心持ち爽快なれど、朝夕の涼やかな風いとも容易く払われては、早速揮う連日の暑さよ、汗滲む。我れ弄ばんレースの裾はらり。
長き年月を経て遂に生まれし幾千億万の命の鳴き声山を動かし、大地黙らせる盛況ぶりにて、我が家の柱も揺れる、瓦も揺れる、心が揺れる。惚れたか、惚れられたか、その刹那に賭けよ、一生涯。誰が笑おうとも気にするに及ばん。仮令網振りかぶろうとも逃げ果せてみせよ来世迄。
青草嗅ぎながら手を振り歩くは登り道、影踏み越えて行けアスファルトの湯気の向こう。迫る白雲連なるは頭上、太陽と鬼ごっこ楽しむか、誘おうか。まだよそう。求めるは涼。求めるは土の上。来し方の賜物なりて命頂戴。ただとは云わん。くれろとも云わん。対価はここに在りて。しかと握りしめて湿ったか数枚のコインと紙入れ。
遠慮は要らぬ。持って行け。勇んで胸に抱えてずしり玉の重さ。腕に当たる黒と緑と、縞に次ぐ、縞。見事なりて小鼻膨らます午後の風、正面に受けてゆこう。赤の滴りが待っておる。迸る果実今か今かと高鳴りて逸る足。
我は夢想する。踊る簪、赤蜻蛉。我は夢想する。かき氷崩して祭り提灯。神社の石段一つ飛ばせば、在りし日の君、其処に居らんか。
よく冷えた初物、食卓喜ばし夕の膳。先ず一口。甘い汁染み渡る悪戯なあの日の思い出。懐古する歯応え、味わい、誘う香り。滴る手首に甘い罠。君の指先の夢、夢、又夢。目覚めては朝。かぶと虫来たか。カナブンか。
今年も告げたよ、夏の到来。
「西瓜の詩」 いち
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