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新山直広(TSUGI代表 / RENEWディレクター) - 地域の資源を見つけ、磨いて、価値化することで、創造的な産地をつくる

editor's note
持続可能な創造的な産地をつくるために、工房を一般の人に開くオープンファクトリーイベント「RENEW」を立ち上げた新山直広さんに、その波及する効果について地域の活動熱量、関わり人口の観点から伺いました。
オープンファクトリーイベントの立ち上げ、というひと言では語りきれないのが新山さんの存在です。これからの時代に工芸品、産業品の産地がどんな将来を描いていけるのかを考え、地域の外側に向けてそのビジョンを伝えていくアウターブランディングをしています。イベントはその大きなビジョンを一つの触れられる形としている、産地全体の高付加価値化のよき実例になっています。

“異日常”を見てもらう

瀬戸内国際芸術祭2013「醤の郷+坂手港プロジェクト」でコンセプトとして掲げられた「観光から関係へ」という言葉があります(※1)。僕はこの言葉がすごく大事だと思っています。鯖江のまちには観光地がありません。だからこそいわゆる物見遊山のような観光ではなくて、いつもの自分が生きている場所とは違う日常、“異日常“を見てもらおうと思っています。このまちの面白さは、来た人が「自分ならこのまちで何ができるだろう」と考えられることだと思うんです。外の人と中の人の潮流が生まれて、お互いにつながっていくことで学びあい、価値やイノベーションが生まれていく。主客の融解みたいな感じです。そうした関係が続いていくことが地域の持続性につながっていくんですよね。

僕は大阪からやってきて、地域活性化をしたい気持ちが強かったので、鯖江に来て「まちづくりだ、まちづくりだ」と言っていたら、職人さんに「おまえなあ、このまちは職人のまちや。まちづくりの前に売り上げを上げんとあかんのじゃ」と怒られて、そうか!それはその通りだと気付かされました。地域が元気になるためにはものづくりが元気にならなければだめじゃんと思ったんです。ものづくりを元気にするというのは産地の新しい稼ぎ口をつくっていくということです。

鯖江のまちの職人たちはずっとBtoB型の、対企業の下請けの仕事をやってきていたので、つくることだけに特化していました。時代に合わせたものづくりをして、変化も受け入れて力にしてきた地域なのに、バブル崩壊後に思考停止してしまった人たちもたくさんいたんです。

鯖江市役所時代

ものづくりをするだけではもはや成り立たない現状を突きつけられて、このまちに足りないのはデザインだと思い、独学でデザインを学び始めました。とはいえ経験もない僕を雇ってくれるデザイン事務所などなくて、最終的に鯖江市役所が僕を受け入れてくれました。当時の市長が「行政とは最高のサービス業であって、デザイナーがいないこと自体がそもそもおかしいんだ」と席を用意してくれたんです。そこで眼鏡のまちのブランディング・PRに3年間携わり、2015年に独立してTSUGIという会社を立ち上げました。

TSUGIでは「創造的な産地をつくる」というビジョンのもとに、地域の資源を見つけて、磨いて、価値化していくこと、そして職人さんのやる気をつくること、熱量を上げることを大切にしています。最近は「産業観光」がキーワードだと考えています。観光によって、地元企業や職人さんに光をあて、さまざまな関係性をつくっていくなかで、産地全体の熱量を底上げしていく。

会社を立ち上げた当時は、まちがどんよりとして元気がなく、産地としての誇りも低下していたし、売上がないから商談会にも出せないという状況でした。けれど、もともとこのまちは粘り強さのDNAを持っているはずです。あらためて時代の変化に向き合って、考えて、行動できる人をどうやってまちに増やしていこうかと考えて、始めたのが「RENEW」というプログラムです。

オープンファクトリーイベント「RENEW」

RENEWは、鯖江の半径10キロ内にある7つの産業(越前漆器、越前和紙、越前打刃物、越前箪笥、越前焼、眼鏡、繊維)を舞台に、毎年10月の3日間、工房を一般の人に開くオープンファクトリーイベントです。工房で職人さんが芸をつくる姿に触れてもらったり、ワークショップやトークイベントを開催し、ものづくりの背景にある思いを伝えていきます。問屋に卸された商品を百貨店で買うのとは違い、ものを通した職人さんとの距離感や関係性がつくられます。

2015年、初回のRENEWは鯖江の一地区だけでスタートしました。参加企業や職人さんたちはまったく前向きな雰囲気がなかったのですが、地域から絶大な信頼がある谷口眼鏡の谷口社長が「いいやん、自分たちのまちやし。参加費の2万円なんて飲み屋ですぐなくなるやろ。2万円ぐらい出そうぜ。失敗してもいいじゃん」と説得してくれました。

開催してみると、最初は半信半疑だった職人さんの意識も変わっていきました。職人さんたちは、そもそも自分がつくっているものがどこで売っているのかも、いくらなのかも、使うのが誰なのかも知らなかったんです。そんな中でお客さんが工房に来るというのは、職人さんからすると大きなカルチャーショックでした。初めは参加を躊躇されていた眼鏡職人さんも、打ち上げでは「やってよかった」と泣いて喜んでくれたのがすごくうれしかったです。その職人さんは息子さんが後を継ぐという話がなくなってしまったばかりで意気消沈していたのですが、RENEWを通して眼鏡好きの人がこんなにいると初めて知れたのだと言っていました。飲み会でもずっと他の産地を羨む職人さんたちの気持ちを聞いてきたので、「もう下請けとは言わせねえ。このまちで俺らもいける」という確信を得られたことはとても大きいです。

僕たちが職人さんに仕事のすごさ、偉大さを言葉で100万回伝えるよりも、お客さんたちが直接工房に来て、職人さんの仕事への情熱や創意工夫を感じてもらい、その気持ちをお客さんたちから職人さんに伝えてもらう。それが職人さんの意識を変えていくんです。参加してもらう企業と職人さんたちには自分ごとになってほしいとひたすら言っています。自分だけが儲かれば良いという人ではなくて、まちのことも考えてくれる方を出展者として選んでいます。イベントが大きくなるにつれて、営業を主目的に参加しようとする企業も出てきましたが、集客や売上が目的ではありません。あくま持続可能な地域、創造的な産地をつくるための手段としてRENEWをやっています。

始めてからの約7年間で鯖江にクラフトのショップが29店舗開設し、今も増え続けています。ほとんどが工房併設型のファクトリーショップです。これは小さな産業革命だと思っています。鯖江エリアを日本一の産業観光のまちにしたいと思っています。体験と学びの旅としての可能性があるのではないかと思います。観光地ではないからこそ面白いのです。

地域への関わり方のグラデーション

産地だからといって職人さんが増えても、地域が面白くなければ人は来ません。デザイナーはもちろん、宿をやりたい人、飲食をやりたい人、交流をやりたい人など、ものづくりの周りの人たちが増えることが、結果的にまちの厚みになると思っています。

鯖江にはいくつかのシェアハウスがあって、一番有名なのが「森ハウス」です。三日だけ住みたいという人もいれば、時々訪問してくる人もいるし、しばらく住んだ先に移住してくる人もいる。緩いコミュニティになっているんです。よく来る人で多いのは定職がない、いわゆるニート系の人たちで、“需要のあるニート”と呼んで重宝しています。職人さんのお手伝いをしたり、飲食店やファクトリーショップでアルバイトをり、デザイナーをしたり、RENEWの手伝いをしたり、さまざまな形で地域に入って仕事をしています。

鯖江への移住者はどんどん増えています。TSUGIのメンバーは11人中9人が県外からの移住者で、「東京でなく地方で顔の見える仕事がしたい」という意識の高い人もいれば、目的もなく鯖江に来てお手伝いからスタッフになった人もいます。ものづくりにまったく興味がなかったにもかかわらず、今ではもう職人さんと心中したいぐらいの勢いで頑張りをみせてくれている人も生まれています。

鯖江では寛容で緩い雰囲気の中で、若い人たちがチャレンジする機会や居場所、出番をまちがたくさん与えてくれました。地域の人々が地域をつくって、変えていくんだという確信を後押しさえすれば、それだけでいいんだと思います。僕が考える持続可能な地域というのは、多様な人たちが自由に往来して、協働しながらつくりつづけていくものだと思っています。

※1 出典元: 小豆島にみる日本の未来のつくり方: 瀬戸内国際芸術祭2013 小豆島 醤の郷+坂手港プロジェクト「観光から関係へ」
編著: 椿昇、多田智美、原田祐馬
誠文堂新光社、2014年

新山直広(TSUGI代表/デザインディレクター/RENEWディレクター)
1985年大阪生まれ。2009年福井県鯖江市に移住。鯖江市役所を経て2015年TSUGI LLC.を設立。「創造的な産地をつくる」をビジョンに、地域特化型デザイナーとしてSAVA!STORE、RENEWの運営など、ものづくり・まちづくり・観光分野を横断し、地域に必要な活動を行っている。

第五章 地域の活動熱量・関わり人口 - 考察
地域の活動熱量 
地域内に地域の魅力を向上させる主体的な活動を起こすリーダーやコミュニティがあること

関わり人口 能動的に地域を行き来する訪問者と、地域住民の双方向に良好な関係があること

第五章 地域の活動熱量・関わり人口 - インタビュー
地域の資源を見つけ、磨いて、価値化することで、創造的な産地をつくる
新山直広(TSUGI代表 / RENEWディレクター)

行政は黒子に徹し、「めがねのまちさばえ」をプロデュース/発信していく
髙崎則章(鯖江市役所)

産地の未来が「持続可能な地域産業」となる世界を思い描いて
谷口康彦(RENEW実行委員長 / 谷口眼鏡代表取締役)

ものをつくるだけではなく広める/売るまで担う新時代の職人
戸谷祐次(タケフナイフビレッジ / 伝統工芸士)

顧客との接点を増やすことが、産地にもたらす価値
内田徹(漆琳堂代表取締役社長 / 伝統工芸士)

暮らしの良さを体感する中長期滞在
近江雅子(HÏSOM / WATOWAオーナー)

私たちがいなくなっても、地域文化を守ってくれる人がここにいてほしい
臼井泉 / 臼井ふみ(島根県大田市温泉津町日祖在住)

地域の方々が輝けるようにサポートをする行政の役割
松村和典(大田市役所)

使い手を想像し対話から生まれる作品と、新しい関係性
荒尾浩之(温泉津焼 椿窯)

里山再生と後継者育成を結ぶ
小林新也(シーラカンス食堂 / MUJUN / 里山インストール代表社員)

「デザイン」を通じた外部の目線/声によって、地元に自信を持てる環境をつくる
北村志帆(佐賀県職員)

継続的な組織運営と関係性の蓄積が、経済循環を生み出す
山出淳也(BEPPU PROJECT代表理事 / アーティスト)

価値観で共鳴したコミュニティが熱量を高めていく
坂口修一郎(BAGN Inc.代表 / リバーバンク代表理事)

文化庁ホームページ「文化観光 文化資源の高付加価値化」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/93694501.html

レポート「令和3年度 文化観光高付加価値化リサーチ 文化・観光・まちづくりの関係性について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/pdf/93705701_01.pdf(PDFへの直通リンク)
これからの文化観光施策が目指す「高付加価値化」のあり方について、大切にしたい5つの視点を導きだしての考察、その視点の元となった37名の方々のインタビューが掲載されたレポートです。

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