見出し画像

戸谷祐次(タケフナイフビレッジ / 伝統工芸士) - ものをつくるだけではなく広める/売るまで担う新時代の職人

editor's note
鯖江の作り手の声として、30年前から共同工房を設立し、職人たちが設備を共有して制作を行うタケフナイフビレッジ協同組合の成り立ちと活気を語っていただいた越前打刃物の伝統工芸士戸谷祐次さん。
越前打刃物の産地としての危機感を抱いて、産地の職人たちが手を合わせることで、金銭面や問屋との関係性のリスクを覚悟の上で立ち上げられたタケフナイフビレッジ。30年の月日を経て現在では海外取引先も増えて、文字通り高付加価値化された産業工芸として異色の存在感を放ちます。戸谷さんは共同工房の2世代目にあたり、その魅力を肌身で感じた説得力ある言葉が強く印象的でした。

「越前打刃物」の独自ブランド、その軌跡

産地はあるわけなのに、越前打刃物(えちぜんうちはもの)という名前は誰も知らない。日本中探しても、どこにもその名前で売ってないんです。大量生産の安価な型抜き刃物が台頭して、問屋さんの仕事が減り、職人の仕事も減り、高齢化もしていく。このまま続けていっても、10年後も20年後も売れることはない。「どうにかしなければもうだめになる」という危機感がありました。

苦境に立たされた中で、70年代に30~40代だった私たちの親世代約20人が集まって、越前打刃物の将来を語り合い始めました。80年代に入ってからは福井県出身の世界的デザイナーである川崎和男さんに入ってもらって、伝統工芸品である越前打刃物にインダストリアルデザインという概念を取り入れた独自ブランドを作り、さらに1993年には協同組合の拠点であり共同工房、直売所となる「タケフナイフビレッジ」を残った12人で組合として設立しました。総工費は3億円。当てにできる補助金などは一切なく、1人3000万円の借金を背負ってつくりました。自分の工房ですでに借金しているのにさらに借金してつくったんです。

自分たちでブランドをつくってショップをもつということは相当な覚悟が必要で、問屋さんからは独自ブランドでやっていくなら契約を切る、という話もあったと聞いています。それでもやろうとしたのは、自分たちで終わらせないという強い思いだったのだろうと思います。

「タケフナイフビレッジ」では、設立当初から工房や設備をすべて共有して、使った分だけノートに書き留めて使用料を払うというかたちでやっています。ずっと1人でやってきた親方たちが約10人集まってやり始めたものですから、「うまくいくわけがない、すぐにつぶれる」と周りからは言われていました。でもずっと続いてきました。今に至り、若手もどんどん入ってきて活気が上がっています。

常に技術的な交流が多くあるというのも特徴です。ここの工房だと刃物を打つ人と研ぐ人がすぐ隣にいるので、お互いの良い悪いがすぐに言いあえます。別の場所に分かれていたら、車に乗ってその鍛冶屋さんまで行かないと言えないので、わざわざ伝えるようなことはしないですよ。作ったものを問屋さんに流すだけです。お互いの仕事の真似もできるので、みんなのレベルが上がりました。先輩も後輩もいて相談できるし、なんでもしゃべれます。これがもし親と自分の二人だけの工房だったら、一言もしゃべらなかっただろうと思います。

工場見学に来てくれた人の反応が、仕事の誇りにつながる

一番よかったことは僕らの親世代が若手を抱え込むようなことをせず、「いつまでもうちにいるな、独立しろ」と言って僕らを育ててきたことです。普通は従業員の独立を嫌がると思うんですが、顔を売ってこいと若手にチャレンジさせてくれる親方たちでした。それは完全に産地のためです。自分だけ儲かればいいと思っていても、若手がいないとそこに仕事は来ません。人がいるところに仕事が来ます。産地活性化という長い目での目的意識があります。独立して誰かが売れると越前打刃物全体の名前が売れて、全員にメリットがあるんです。

設立した30年前からずっと、工房を一般見学ができるようにしています。県外から見に来る人も多くて、工房を見学したことでここで働きたいという人もいます。ギャラリーも併設する直販ショップも当時からあります。親方の世代はものを作るだけで、広めたり売っていくことは苦手だという人も多かったですが、僕たちの世代になるとむしろそっちの方が得意な人もいます。自分の名前のものを売りたいという気持ちがありました。売れていくと楽しくなって、より顔を出していきたいと思うようになるんです。

見る人たちがすごいと言ってくれることで、仕事が誇りになっていきました。カッコいいなって言われる、憧れられる職業になるといいなと思ってます。小学生の工房見学なども、時間はとられるしお金にはまったくなりませんが、種まきでやっています。その芽が出て、「小学生のとき見学に来ました」という人が大人になって改めて来てくれることが増えてきました。そういう種まきもずっと熱心にやってきています。

戸谷祐次(タケフナイフビレッジ協同組合 Sharpening four 代表 伝統工芸士)
1976.5.19 福井県越前市生まれ。地元企業で設備保全など10年間の会社員を経験した後、2005年に家業の研ぎ師に転身。主に両刃包丁、各種刃物の研ぎ仕上げ、研ぎ直しなどを担う。2015年からはフランス・パリで研ぎ実演を行い、また、シフォンケーキ型抜き用ナイフを共同開発、各方面で紹介される。2019年、伝統工芸士となり、2020年4月、祖父、父の跡を継ぎ、新社名「Sharpening four」をスタートさせる。

第五章 地域の活動熱量・関わり人口 - 考察
地域の活動熱量 
地域内に地域の魅力を向上させる主体的な活動を起こすリーダーやコミュニティがあること

関わり人口 能動的に地域を行き来する訪問者と、地域住民の双方向に良好な関係があること

第五章 地域の活動熱量・関わり人口 - インタビュー
地域の資源を見つけ、磨いて、価値化することで、創造的な産地をつくる
新山直広(TSUGI代表 / RENEWディレクター)

行政は黒子に徹し、「めがねのまちさばえ」をプロデュース/発信していく
髙崎則章(鯖江市役所)

産地の未来が「持続可能な地域産業」となる世界を思い描いて
谷口康彦(RENEW実行委員長 / 谷口眼鏡代表取締役)

ものをつくるだけではなく広める/売るまで担う新時代の職人
戸谷祐次(タケフナイフビレッジ / 伝統工芸士)

顧客との接点を増やすことが、産地にもたらす価値
内田徹(漆琳堂代表取締役社長 / 伝統工芸士)

暮らしの良さを体感する中長期滞在
近江雅子(HÏSOM / WATOWAオーナー)

私たちがいなくなっても、地域文化を守ってくれる人がここにいてほしい
臼井泉 / 臼井ふみ(島根県大田市温泉津町日祖在住)

地域の方々が輝けるようにサポートをする行政の役割
松村和典(大田市役所)

使い手を想像し対話から生まれる作品と、新しい関係性
荒尾浩之(温泉津焼 椿窯)

里山再生と後継者育成を結ぶ
小林新也(シーラカンス食堂 / MUJUN / 里山インストール代表社員)

「デザイン」を通じた外部の目線/声によって、地元に自信を持てる環境をつくる
北村志帆(佐賀県職員)

継続的な組織運営と関係性の蓄積が、経済循環を生み出す
山出淳也(BEPPU PROJECT代表理事 / アーティスト)

価値観で共鳴したコミュニティが熱量を高めていく
坂口修一郎(BAGN Inc.代表 / リバーバンク代表理事)

文化庁ホームページ「文化観光 文化資源の高付加価値化」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/93694501.html

レポート「令和3年度 文化観光高付加価値化リサーチ 文化・観光・まちづくりの関係性について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/pdf/93705701_01.pdf(PDFへの直通リンク)
これからの文化観光施策が目指す「高付加価値化」のあり方について、大切にしたい5つの視点を導きだしての考察、その視点の元となった37名の方々のインタビューが掲載されたレポートです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?