近江雅子(HÏSOM / WATOWAオーナー) - 暮らしの良さを体感する中長期滞在
私は温泉津の隣町の江津市出身です。東京に15年住んでいました。9年前、温泉津にある西念寺の跡取りがいないから継いでもらえないかという話が主人に持ちかけられました。主人は江津の寺の生まれで本来ならそちらを継ぐのですが、温泉津のお寺も一緒に守れるなら、と思って継ぐことにして、Jターンで戻ってきました。
来てから私はどうしようかと思って、考えたのが民泊です。最初に「湯るり」というゲストハウスを温泉津で始めました。温泉津は温泉の質が最高ですので、お客さんは風呂は元湯に通います。すると地元のおばちゃんたちが熱い湯の入り方を指導してくれるのです。「あんた、そんなんじゃ駄目よ」などと言われながら、たわしで背中をこすってくれたりします。都市部からやってくるようなお客さんにとって、そういう経験をすることは衝撃的だと思います。
昔は石見銀山から取れる銀の積出し港として北前船も入ってきていたので、いろいろな外の人が入り乱れる町でした。今でもここに住む人の根本的なところにそうした要素が残っています。こうした経験を外から訪れた人にしてもらいたいのですが、2~3日滞在してもらわないと遭遇しづらいんです。それで、気軽に泊まれる安い宿としてゲストハウスを始めたのです。中長期で滞在してくれる人は段々と増えていきました。「なにもない」と言いながら、みんなここが大好きなんです。
「観光ではなく暮らしを体験する」というコンセプトで、1ヶ月くらい泊まってもらえる宿をやろうと決め、次にHÏSOM(※1)という宿をつくることにしました。HÏSOMをつくった日祖という集落には、自動販売機もなく、お店もなく、コンビニもありません。あるのは、ただただ満天の星空と、静けさ。波の音が聞こえてきて、庭で採れた野菜や果物を食べたり、近所のおばちゃんたちがダイコンを抜いてくれたりします。
HÏSOMの2軒隣に住む臼井さんは海釣りに出る漁師なので、魚が捕れたら持ってきてくれます。タイミングがいいと船でクルージングに連れていってくれます。お金を払うアクティビティではない、人と人との交流があった上で生まれる体験ができる場所です。一泊だけの人にはなかなか味わってもらえませんが、一週間もいればすごく魅力的な体験ができると思います。
HÏSOMに1ヶ月くらい滞在して、暮らしの良さを体感して町に入り込んできてくれた人たちがいて、それを皮切りに興味のある人たちがどんどん入ってきてくれている感じがあります。
私自身、温泉津にやってきて、なんて素晴らしい田舎なのだと思いました。突き抜けている田舎です。温泉津は三ヶ月お金がなくても住める土地といわれています。資本主義とかけ離れた物々交換の世界なのです。何かをいただく代わりに手伝いに行ったりもします。何だかそうしたやりとりができるというのは、すごく人間らしい生き方だと思います。そこが温泉津の好きなところです。毎日すごくわくわく暮らしています。ここでは町並みや路地裏、空き家が全部宝物のように見えるんです。
けれど、ここに住んでいる人たちにとってはそんなものは当たり前のもので、「ここには何もないから」「こんなところでやっても絶対無理だよ」という声ばかりでした。旅館も後継者がいなくなってどんどん廃業してなくなっていっていました。でも、私はそんなことないと思ってやってきました。だから今があるのです。そもそも温泉津の人たちは「なにもない」といいながら、みんなここが大好きなのです。外から来るお客さんに熱い温泉の入り方を教えたり、「今日捕った魚を刺身にしてやったから、持ってきた」といって、やはり自慢しているわけです。この町の人は、本当は町に誇りを持っていると思っています。
「観光」や「移住」の次なるステップをつくる
温泉津は町全体を旅館にするようなスタイルが合っていると考えています。旅館内で食事も温泉も完結してしまうと、お客さんが外に出歩かないから飲食店も需要がなくてできません。一泊して旅館だけにお金を落として終わってしまうと地域への経済効果も薄いです。外から来た人には町の商店や漁師さん、温泉など地域のいろいろなところにお金を使ってもらえたらいいなと思っています。ゲストハウスや中長期滞在する宿は食事がついていないので、出て食べるかスーパーで買い物をして自炊することになります。町に出ていくには飲食が必要です。しかしいきなりレストランを経営するのはハードルが高いです。
そこで、ゲストハウスとコインランドリーとシェアキッチンが一体となったWATOWA(※2)という場所をつくりました。WATOWAのシェアキッチンは期間限定のポップアップスタイルで、全国各地からシェフが体ひとつで来て、すぐ営業できるという仕組みをつくりました。温泉津に生活しながら滞在している期間に店をやるという形で、来るシェフにはリスクがありません。いらっしゃるシェフは、東京でお店を構えている方だったり、他の地域からだったりまちまちです。人づてに紹介を受けたり、SNSでやりとりをしたりして来ていただく方にお願いしています。
WATOWAに来たことをきっかけに東京のお店を休業して温泉津で営業を始め、二拠点生活を始める決意をされた方もいらっしゃいます。シェフは温泉津の食材を使って料理するので、温泉津の人も「この食材をこんな使い方するの?」と、この地域の食材の可能性を広げてくれていると思っています。
パッと入ってくると、やはり田舎は入りづらいのではないかと思います。とくに何か事業をしようとしたり、家を買ったりするような信用問題に関わることにはシビアなところがあります。空き家を譲ってほしいと言っても、よそ者にはなかなか売ってもらえません。「先祖が持っていたものだから」「中にある家財道具を片付けるのが大変だから」などいろいろな理由で売るのを嫌がられます。
だからその間に立つ人がいないといけないと思いました。空き家の持ち主は町の人だから、みんなお互いに知っています。住みたいという人を紹介するとき、「この子は本当に信頼できる子だから」と私が言って回れば、「近江さんの知り合いか」という形でワンクッションできてやりやすくなるのではないかなと思っていて、外からこの町に入ってきてくれる人たちに対してはできるかぎりそういった協力をしたいと思っています。やはりまだ仕事をつくってくれる人、プレイヤーが少ないのです。ただの観光客や移住ではなくて、次のステップとしてこの土地でお金を稼げるようになるのが重要なことです。地域の人たちにも、そういう外から来て何かをしようとする人を応援してくれる人たちが温泉津にいるのが大きなことです。
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