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坂口修一郎(BAGN Inc.代表 / リバーバンク代表理事) - 価値観で共鳴したコミュニティが熱量を高めていく

editor's note
無国籍楽団ダブルフェイマスのオリジナルメンバーであり、鹿児島において10年を超えて継続している二つのイベントの立ち上げ・運営に携わる坂口修一郎さん。地域の中で参加者が自立しながら価値観を共鳴させあうコミュニティが、どのように地域で息づいて「地域の活動熱量」を生み出しているか、そこに文化がどのように関わっているか伺います。
坂口さんのあらゆるバランス感覚の良さは、東京と鹿児島の二拠点生活、統括された集約型イベントと管理しない分散型イベントの二つの立ち上げ、など双方に異なる価値観をどちらも良しとして、自由に行き来している生き方から生じているのかもしれません。価値観によって集い、ボトムアップでビジョンが形成され、動き出していく次世代のコミュニティのあり方は、文化観光を共に推し進めていこうとする地域を超えた者同士でも当てはまる、指針を得たような思いでした。

表紙画像:いちき串木野市 亀崎染工 photo by KarinKurino

価値観での「編集」

僕は現在、東京と鹿児島の二拠点で活動していますが、どちらの価値観も違っていてどちらもよいと思っています。残したほうがいいものもあるけど、古いものをなにもかも残せばいいわけではないし、変わっていったほうがいいものもある。都市も地方もどちらがいい悪いではなく、両方の価値の選択肢があることが大事だと考えています。僕が二拠点に心地よさを感じるのはその選択肢のどちらの良さも理解できるからです。どちらのライフスタイルも楽しいと思っていて、両方の選択肢をもっていることはとても豊かなことだと思います。

最新のものから、ものすごい古いものまで、とにかくなんでもある。ただなんでもあることがすべていいかというと、そうともいえません。東京には編集という作業がないと、どこにも入っていけないぐらい多くのコンテンツがある。そして編集するということはなにかを選ぶということであり、同時になにかを選ばないことでもありますよね。今は選ぶことよりも選ばないことのほうが難しいですから。

価値観で編集するという感覚です。同じエリアでも編集の仕方をもつことで、レイヤーがぜんぜん変わって見えてくるんです。地域もやはり一定の切り口から中に入っていけるかたちがあって、そこからその地域の情報を聴けるという出会い方があるといいですね。誰も聴かないようなレコードをあさってDJのようにつなぎを考えるみたいに。町の中を探し回って、編集して文脈をつくるという楽しみです。

鹿児島市 林光華園 photo by TakashiNagasato

中心をもたない「自立分散型」のイベント

30代半ばまではずっと東京にいて、鹿児島に帰ってきたときには完全によそもの状態でした。自分の居場所をつくるには、自分の仕事が必要だと思ったんですよね。金銭的な仕事=ビジネスだけでなく、みんなに必要とされる仕事です。それこそひとつの切り口をつくろうとして、なにかイベントを開催しようと思いました。

当時、陶芸家や革職人といった何人かの作家がちょうど独立したばかりの頃で、どうやって自分たちを知ってもらおうかと模索しながら、お互いに作家を紹介しあうような雰囲気が生まれていたんです。そのコミュニティの中から音楽、デザイン、クラフト、アート、ダンス、写真、映画、文学、食……など、ジャンルを超えたクリエイティブな活動を自然の中で楽しむクロスカルチャーイベントのGOOD NEIGHBORS JAMBOREE(※1)が始まり、またそれとは別に街なかでお店と作家を結びつける回遊型のフェアも立ち上がりました。それが“ash Design & Craft Fair”(※2)です。14回目を迎えた2021年には83のクリエイターと57のショップが参加しました。このashがずっと続いている理由でもあり、面白い理由でもあるのは、中心をもたない「自立分散型」であることだと考えています。

鹿児島市 oginna photo by NatsukiTerada

お店と作家は自主的に話をして、作品を売る場所を決めます。基本的に交渉は各自で行ってもらっていて、作家の選定基準も特にない。事務局はただまとめているだけです。それでもクオリティや秩序が保たれているのはお互いの合意がとれているからなんですよね。ashに集まってくる人々が築いているのは、地縁的なコミュニティではない価値観のコミュニティです。中央集権的なセンターが一手に引き受けて行うのではなく、作家にしてもお店にしても価値観でつながって、それぞれが自発的にやっています。

中心がないからおのおのが自由にしていて、権力構造がありません。価値観が一致して集まっているから合意形成もしやすいのだと思います。合意形成というか共鳴している感じかな。チューニングがなんとなくあっている感じ。それも回数を重ねるごとに自分たちの価値観が上塗り、厚塗りされていく。だから続いていくし広がっていく。僕たちはただ背中を押しているだけなんです。

価値観を伴うビジョンがあれば、場所を越えて人は集まる

作家たちをみていると、バブル世代の以前以後ではマインドが違うように感じます。僕たちはぎりぎりバブルを経験していない世代です。作ったものが右から左に売れていたような時代の人たちはトップダウン型を好むように思います。誰かに権力が集中するトップダウン型のコミュニティはその人がやめるとすべてなくなってしまいますが、ボトムアップ型だとみんな自発的にやっているから継続していきやすいです。そして価値観を伴うビジョンがあれば、そこには場所を超えて人が集ってきます。

鹿児島市 ash opening photo by KarinKurino

参加してくる作家やお店が感じている価値は明確にあって、それはつながり=社会関係資本なんです。作家とお店が自分たちで話をして、こういうフェスティバルを起点としながら、それがきちんとビジネスにもなっていっています。ashに参加する人たちは、売上を第一の目的にしてはいないように思います。参加者も僕たちももうけを全然期待していないんです。なんだかんだ結構みんな売れているのですが、それは結果的に売れたというだけです。それよりもこのコミュニティでつながりができることによって、ほかの場所でお金が生まれて経済が回っていくことのほうが大きいです。作家にとってもお店にとっても僕たちにとっても、いい人とつながりあえることのほうがメリットなんです。なにも狙ってやっていることはなくて、狙っていないからこそ仕事になっていると感じます。

お客さんもクラフトやアート、カルチャーへの興味でターゲティングされた人たちが集まってきて回遊してくれます。ashはどの店に何があるか自分で調べて行く必要があるし、エリアが分散しているのであちこち回るにはそれなりにハードルがあって、意図したわけではなく自発的にコミットしなければ楽しめない構造になっていきました。だからどこか一か所に集中するオーバーツーリズムも起きづらいです。エリアの価値は上がっていると思いますが、資本がそれに気づかないのか、ここでやっても仕方ないと思うのか、あまり入ってこないです。古くて不動産価値の下がっている物件や、すこし治安が悪くなっている競争のないところに自然と入り込んでいって、ぽつぽつと明かりがともるようにお店ができていき、そこにアイデアをもった人たちが集まっていくという構図ができています。ニューヨークのSOHOみたいな感じです。盛り上がるところは盛り上がったままで、あまり浮き沈みがなく緩やかに残っていって。僕たちのコミュニティの中からそういった成功事例がどんどん積み上がっています。

薩摩川内市 sokokakaka photo by KarinKurino

文化の地産地消

ashが自立分散をしていくイベントだとしたら、GOOD NEIGHBORS JAMBOREEは自立しつつ集約していく一体感のあるイベントです。重なりあったコミュニティのなかで、これら二つのイベントを通して、拡散と収縮が並行システムみたいになりながら、10年以上継続していってます。

地域の外への見せ方ももちろん大事だけど、最初から外の人に売り込んでばかりいては響きません。頑張って外の人に積極的にPRしても来ない人は来ないですから、むしろ地域の内側への見せ方が重要です。地域の内側に対して「鹿児島にはこんなにいい人たちがいる」と知ってもらうことで、地域がどれだけ地域の文化をいい意味で消費するか、享受するかということに力を注いだほうがいいと思います。

「文化の地産地消」という言い方を僕たちはしています。たとえば鹿児島はお茶の産出額が静岡を抜いて日本一なんですが、静岡や京都の方がお茶のイメージがありますよね。京都にはお茶屋がたくさんあってよく飲まれている。地元の人がどれだけ地元のものを消費しているかは絶対外に伝わるんです。地域の文化を地域の人が本質的に良いものだと言えるようにしていくことが大事です。そしてその良いと思うものを、良いと言って発信することです。肯定するより否定するほうが楽なんです。自己肯定感を低めて、ひとまず「これはだめだ」と言っておけば、だめなときに「ほら、だめだった」と言えばいいし、うまくいったときにはただ黙っていればいいのですから。なにかを肯定することには責任が伴います。本当に素晴らしいと思ったものを、本当に発信したいという気持ちをもって、良いと言うことです。その結果として、地域の外にも伝わっていくのではないでしょうか。

※1 GOOD NEIGHBORS JAMBOREE…鹿児島県南九州市の森の中の廃校で行われる「みんなでつくる文化祭」。森の中に佇むちいさな廃校に、音楽、クラフト、アート、食、文学、映像からスポーツまで、ジャンルをこえてたくさんのコンテンツが集まる。
※2 ash Design & Craft Fair…南九州のショップを会場に、様々なクリエーターが作品を発表する、デザインとクラフトのイベント。

坂口修一郎(BAGN Inc.代表/一般社団法人リバーバンク代表理事)
1971年鹿児島生まれ。無国籍楽団ダブルフェイマスのオリジナルメンバー。2010年から鹿児島でクロスカルチャーな野外イベント〈グッドネイバーズ・ジャンボリー〉を主宰。BAGN(BE A GOOD NEIGHBOR)Inc.代表として現在は東京と鹿児島の2つの拠点を中心に、日本各地でオープンスペースの空間プロデュースやイベント、フェスティバルなど、ジャンルや地域を越境しながら数多くのプロジェクトを手掛けている。

第五章 地域の活動熱量・関わり人口 - 考察
地域の活動熱量 
地域内に地域の魅力を向上させる主体的な活動を起こすリーダーやコミュニティがあること

関わり人口 能動的に地域を行き来する訪問者と、地域住民の双方向に良好な関係があること

第五章 地域の活動熱量・関わり人口 - インタビュー
地域の資源を見つけ、磨いて、価値化することで、創造的な産地をつくる
新山直広(TSUGI代表 / RENEWディレクター)

行政は黒子に徹し、「めがねのまちさばえ」をプロデュース/発信していく
髙崎則章(鯖江市役所)

産地の未来が「持続可能な地域産業」となる世界を思い描いて
谷口康彦(RENEW実行委員長 / 谷口眼鏡代表取締役)

ものをつくるだけではなく広める/売るまで担う新時代の職人
戸谷祐次(タケフナイフビレッジ / 伝統工芸士)

顧客との接点を増やすことが、産地にもたらす価値
内田徹(漆琳堂代表取締役社長 / 伝統工芸士)

暮らしの良さを体感する中長期滞在
近江雅子(HÏSOM / WATOWAオーナー)

私たちがいなくなっても、地域文化を守ってくれる人がここにいてほしい
臼井泉 / 臼井ふみ(島根県大田市温泉津町日祖在住)

地域の方々が輝けるようにサポートをする行政の役割
松村和典(大田市役所)

使い手を想像し対話から生まれる作品と、新しい関係性
荒尾浩之(温泉津焼 椿窯)

里山再生と後継者育成を結ぶ
小林新也(シーラカンス食堂 / MUJUN / 里山インストール代表社員)

「デザイン」を通じた外部の目線/声によって、地元に自信を持てる環境をつくる
北村志帆(佐賀県職員)

継続的な組織運営と関係性の蓄積が、経済循環を生み出す
山出淳也(BEPPU PROJECT代表理事 / アーティスト)

価値観で共鳴したコミュニティが熱量を高めていく
坂口修一郎(BAGN Inc.代表 / リバーバンク代表理事)

文化庁ホームページ「文化観光 文化資源の高付加価値化」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/93694501.html

レポート「令和3年度 文化観光高付加価値化リサーチ 文化・観光・まちづくりの関係性について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/pdf/93705701_01.pdf(PDFへの直通リンク)
これからの文化観光施策が目指す「高付加価値化」のあり方について、大切にしたい5つの視点を導きだしての考察、その視点の元となった37名の方々のインタビューが掲載されたレポートです。

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