もぐら

作文をしています。神戸在住。

もぐら

作文をしています。神戸在住。

マガジン

  • マノーリンはかもめの夢をみる

    少年はある日、灯台をめざして泳ぎ始める。

  • カルメン・ブラック

    万年筆屋だって、恋をする。

  • earthquakin' blues

    あるジャズマンの物語。世界はスイングしつづけている。

最近の記事

rainy accident

 追い越し車線を走っていると、左のレーンの車列を横切った車が目の前に割り込んできた。突然のことに、カカシは急ブレーキを踏む。カカシの車は、衝突直前で停止した。  割り込んできた車のドライバーが、すぐそこに見えた。若い男だ。ドライバーは、こちらの急停車に気づきもしなかったのか、正面を向いたまま車を加速させ、すぐそこの右折レーンへ滑り込んだ。  カカシは悪態をついてから、自分の車をゆっくり発進させた。後続車に追突されなくてよかった。追い越し車線をそのまま直進しつつ、さっきの車のド

    • あとがき:マノーリンはかもめの夢をみる

      子どもだった頃、文庫本の小説の最後に収録されているあとがきを読むのが好きだった。そこには、小説家が作品を執筆し終えた安堵や達成感が吐露されていたり、執筆中のエピソードが暴露されていたり、次作への意気込みが述べられたりしていて、それはまるで、小説家が僕にこっそり打ち明け話をしてくれているようだった。その、言葉のひそやかさや脱力感が、僕は好きだった。。  僕も時々小説を書くようになって、このnoteにいくつか収めてあるけれど、あとがきを書いたことはなかった。どれも、その時々の全力

      • マノーリンはかもめの夢をみる(10/10)

         灯台の向こうの空が明るみ、今まさに夜が明けようとしている。白く光る水平線を背後に背負って、灯台のフレネルはますます明るく輝いた。  リョウヘイは自分の体が光を吸って、ぶるぶると振動するのを感じた。世界が明るさを増していくのを、リョウヘイは全身で知覚する。リョウヘイが胸いっぱいに朝を吸い込み、はっと一息に吐き出すと、肺から放出された息は光線を浴びて雲母色に凝固し、空中に砕け散った。  いまや、リョウヘイの体は全身が星の粒子であるかのように輝いていた。そしてリョウヘイは、点火さ

        • マノーリンはかもめの夢をみる(9/10)

           かもめは、他のどのカモメよりも早くねぐらを抜け出し、群青の空と漆黒の海の境界面を滑るように飛ぶ。そして、灯台の放つ虹色の光線へ飛び込み、ほとんど音速で横方向にスライドしつつ、光のはしごを駆け抜けていく。フレネルにむかって目一杯加速をかけ、フレネルに衝突する寸前の所で尾翼を起こし、急上昇に転じると、光のカタパルトから放たれたかもめは、水平線の向こうにまだ隠れている太陽をのぞいてやろうと、打ち上げ花火のように垂直に上昇した。すると、かもめは地球の影を飛び出し、上昇の頂点において

        rainy accident

        マガジン

        • マノーリンはかもめの夢をみる
          11本
        • カルメン・ブラック
          2本
        • earthquakin' blues
          11本

        記事

          マノーリンはかもめの夢をみる(8/10)

           着替えて町営プールを出ると、強い潮の香りを含んだ風が踊るように吹いていた。リョウヘイは、風に髪を逆立てながらバス停に向かって歩く。泳ぎに疲れた体は重かったが、運動で熱をもった筋肉と水で冷えた肌が、風に撫でられてだんだんに馴染んでいく感触は心地よかった。  県道のバス停からは海が見えた。強い風のせいか、波が高い。砕けた波頭の飛沫が風にのって舞い上がり、リョウヘイの肌を濡らした。夏の終わりにはよく、こういう風が吹いて、こういう波が海にたつ。リョウヘイは、季節が過ぎ去ろうとしてい

          マノーリンはかもめの夢をみる(8/10)

          マノーリンはかもめの夢をみる(7/10)

           登校日の翌日からは、また頭上に青空が広がった。  世間は盆休みを迎えている。すると、海水浴場はいよいよ芋を洗う騒ぎだ。狭い四角に区切った海の中にひしめく人間を、かもめは不思議なものでも見るように見下ろしている。なぜあのように四角に群れて過ごす習慣を人間がもっているのか、かもめには理解できない。  かもめはいつものように、群れから逃れて積乱雲の峰へと駆け上がっていく。すると、見下ろすカモメの仲間たちの群れが、漁船を中心にした白い黴のコロニーのように見える。かもめには、仲間たち

          マノーリンはかもめの夢をみる(7/10)

          マノーリンはかもめの夢をみる(6/10)

           登校日は朝から雨だった。  凪ぎ渡った海に垂直に降り落ちる雨は霧を呼び、街を灰色のカーテンで包んでいた。防波堤の輪郭はもうすでに淡く、灯台などいくら目を懲らしても見えないような朝には、さすがに海水浴客の姿も浜に見えなかった。  リョウヘイは、いつものようにトモキの家に寄って、一緒に登校した。久しぶりに顔を合わせたトモキは、青白い顔をして、ぎこちなく「おはよう」と言った。トモキがそんな様子なので、リョウヘイの方も何だか居心地が悪く、挨拶を返す声も小さくなってしまった。  雨の

          マノーリンはかもめの夢をみる(6/10)

          マノーリンはかもめの夢をみる(5/10)

           あんなことがあってから、リョウヘイは海で泳ぐのをやめてしまった。叱られたのが堪えたというのではない。ただ、きまりを破ってみたということだけでもう、灯台まで泳いでみたいという熱がほとんど冷めてしまったのだった。  だから、漁師に怒鳴られた次の日からは夏休みだというのに、リョウヘイは海水浴場はもちろん、隣町の町営プールにも行く気になれなかった。  リョウヘイの夏休みは退屈だった。役所勤めの父と漁協のパート員である母は、夏休みを口実にどこかへ旅行してみようかという発想をもたない。

          マノーリンはかもめの夢をみる(5/10)

          マノーリンはかもめの夢をみる(4/10)

           一学期の給食が終わった週末は、もう終業式だった。  リョウヘイたちは、いつもと変わらず三人で、海沿いの県道を歩いて帰った。そしていつものように、通知表やら上履きやらを詰め込んだ鞄を放り出して、浜に降りた。  浜へ降りるスロープから、いくつかの轍が伸びている。それは、もうすっかり出来上がった海の家の方へ続いていて、駐められた軽トラから冷蔵庫やオーディオ機材が搬入されているところだ。海にはもう、遊泳区域を示すバリアが張られていた。こうやって海水浴場の形が出来上がってしまうともう

          マノーリンはかもめの夢をみる(4/10)

          マノーリンはかもめの夢をみる(3/10)

           リョウヘイは、船だまりのところでリュウとトモキと別れた。そして、湾の町の西の端にある家に帰った。  リョウヘイの両親はそれぞれに、父は町役場、母は漁協に務めているが、祖父は漁師だった。なので、リョウヘイの家は漁師の家と同じつくりをしている。広い門口から敷地に入ると、ほとんど同じ大きさの納屋と母屋あって、こういうつくりの家はこの町にたくさんあった。納屋は、今では物置になっているけれど、祖父が現役の漁師だった頃にはここで魚を仕分けたり捌いたりしていたと父に聞いたことがある。  

          マノーリンはかもめの夢をみる(3/10)

          マノーリンはかもめの夢をみる(2/10)

           仲間の群れをぬけだした一羽のかもめが、翼端から雲をひきながら風の上を滑っていく。くちばしの彼方には白い灯台が建っていて、その虹色のフレネルがぐんぐん近づいてくる。あの灯台は、空の案内標識だ。かもめは灯台のたつ岬の岸壁ぎりぎりのところで尾羽を動かし、水平飛行から上昇に転じる。すると、矢のような彼の体は、銀の鏡のような太陽めがけて、入道雲の尾根を駆け上がり始めた。  気圧の急激な変化のために、きいんと耳鳴りがする。  徐々にスピードがおちる。彼は速度を維持するためにはばたきを開

          マノーリンはかもめの夢をみる(2/10)

          マノーリンはかもめの夢をみる(1/10)

           ツバメの子が巣からいなくなると、海と空の青はいっそう濃くなる。それは、立ち上がる入道雲の白さのせいだ。その空の高嶺を、群れから離れた一羽のかもめが駆け上がっていく。空には銀でできた太陽がぎらついていて、かもめは、その凍って輝く金属の球にふれたあと、くるりと宙返りして、今度はまっしぐらに雲の尾根を駆け下りはじめた。すると、南風を切り裂いて急降下するかもめの翡翠色の瞳には、浜であそぶ少年たちが映っている。 「あのかもめ、魚食べないのかな」  甲高い声でリュウが言うと、トモキは「

          マノーリンはかもめの夢をみる(1/10)

          猫の根比べ

           港辺の街中には、まだいくらか煙突が残っている。銭湯だ。  僕の家の近くにも銭湯がある。朝日湯という。もうずいぶん古い。去年死んだ権造じいちゃんは子どものころによく通ったそうだ。煙突は古いコンクリートでできていて、昼過ぎになるともくもくと黒い煙を吐いた。  朝日湯の周りでは野良猫が暮らしている。黒いのや茶色いの、尾の長いの短いの、ふとっちょに痩せ猫、猫にもいろいろあるが、彼らはみんな地域猫だから、耳の端が欠けていた。ワクチン投与と不妊手術を受けた証だ。彼らは朝日湯に通う老人た

          猫の根比べ

          earthquakin' blues (11/11)

          ⑪2011/4/##  いつだったか、トオル先生がこんなことを言った。 「ブルースっていうのは、生活のすべてなんですよ。農園での仕事に疲れ切った黒人が憂さ晴らしをしに酒場に集まって来て、誰に教わったわけでもないピアノで、どこかで聞きかじった伴奏をつけて、一節歌う。例えば……今日もアイツは俺をこき使う、まったく、水を飲む暇もありゃしない、アイツは旨そうなバーボンをラッパでやってるっていうのにさ。今日もアイツは俺をこき使うんだ、まったく、水を飲む暇もありゃしない……ってね。他に

          earthquakin' blues (11/11)

          earthquakin' blues (10/11)

          ⑩2011/3/2*  テレビは連日、東北地方を襲った災禍の報道を続けている。原子力発電所の建屋が吹き飛ぶ映像を見た時は、いくら遠く離れているとはいえ、私も背筋に冷たいものを感じた。関東地方に影響はないなどと言われても信じることができず、案の定、水蒸気爆発の事故の後、横浜のどこどこでは何シーベルト観測したとか、放射性物質はどちらの方向に散らばっているとかいうことが報道で言われ始めた。世間がパニックにならないのが不思議ではあったけれど、もちろんと言うべきかその一方で、児童の中

          earthquakin' blues (10/11)

          earthquakin' blues (9/11)

          ⑨2011/3/11  二〇一一年三月十一日の金曜日、四年一組の担任が季節外れのインフルエンザに倒れた。担任が急病などで休むと、手空きの職員がフォローにはいるのだけれど、級外というクラスをもたない職員である私は、予定のなかった午後をそのクラスで過ごすことになった。私はこのクラスの音楽を受け持っていたので、子どもたちのことはよく知っていたし、子どもたちも私のことを知ってくれていたから、お互いにやりやすい相手だった。私は久しぶりの担任気分を味わって、浮かれた気分でいた。級外も悪

          earthquakin' blues (9/11)