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earthquakin' blues (10/11)

⑩2011/3/2*

 テレビは連日、東北地方を襲った災禍の報道を続けている。原子力発電所の建屋が吹き飛ぶ映像を見た時は、いくら遠く離れているとはいえ、私も背筋に冷たいものを感じた。関東地方に影響はないなどと言われても信じることができず、案の定、水蒸気爆発の事故の後、横浜のどこどこでは何シーベルト観測したとか、放射性物質はどちらの方向に散らばっているとかいうことが報道で言われ始めた。世間がパニックにならないのが不思議ではあったけれど、もちろんと言うべきかその一方で、児童の中には卒業式が間近だというのに、関西地方へ引っ越してしまう者もいた。
 ブラスバンドの練習は、地震から一週間と三日あけて再開した。私とブラスバンドの子どもたちは、練習に先立って地震の犠牲者に黙祷を捧げ、それから卒業式で演奏する曲の練習にとりかかった。楽器庫に仕舞ってあった楽器は、幸いにもどれひとつ傷つかなかった。卒業式の演奏は、問題なく行えそうだった。学校の日常は、平生の落ち着きを取り戻しつつあった。
 しかし世間は自粛ムードであった。私の勤務校の児童が進学する中学校では卒業式が延期され、月末に予定されていたその中学の吹奏楽部の定期演奏会は中止になった。アイドルのコンサートなんかも、延期や中止の対応がとられ、テレビでも娯楽系のプログラムはほとんど放送されなくなっていた。世界はとても静かになった。コンサートが終わって客がはけた後のコンサートホールのようであった。派手なこと、賑やかなこと、目出度いことは、よほど差し迫った事情のない限り、許されない空気が日本を覆っていた。
 子どものブラスバンドの練習を再開して数日後、私はサックスを担いでクールストラッティン音楽院に向かった。もちろんレッスンのためであった。地震のあった日のレッスンを無断で休んでいたが、あれほどの事態だったのだから、そのことを気に病んだりはしていなかった。きっと、トオル先生だってその日ばかりは休んだだろう。どのみち、電話はほとんどつながらなかったから、連絡のしようもなかったのだ。
 平日の夜の関内、クールストラッティン音楽院に向かう道はいつも静かだけれど、今日はいつもよりさらに静かだった。そのせいで、道を照らす白々しい街頭でさえ、いくらか暗く感じられるほどであった。黒服の姿は全くなかった。客のいないラーメン屋の明るい照明が空しかった。クールストラッティンも、平素は毎晩なにかしらのライブをやっているのに、今日は扉を閉ざしている。バーも閉店であった。音楽院の方は営業しているだろうかと、私は不意に不安に襲われた。こういう時勢だから、ひょっとしたらレッスンも休みかもしれない。私は当たり前のようにレッスンがあるつもりでやってきたけれど、その可能性も十分にあることにふと思い当って、どきりとした。
 角を回り込むと、クールストラッティン音楽院に続く階段は照明に照らされている。どうやら、開いているらしい。私はほっとして階段を上った。
 待ち合いスペースになっている、いつもの机と椅子のところに、トオル先生が座っていて、コーヒーを飲んでいる。私がそこへ入っていくと、トオル先生は、幽霊とかドッペルゲンガーとか、そういう非現実的なものに出会ったように、ぽかんとした表情で私を見た。テナーの大きなケースを背負った私が現れたことが、よほど意外だったようで、トオル先生はまず一口コーヒーをずいと啜り、もう一度私を見て、さらにもう一口コーヒーを飲んで目をしばたいてから、タツミさんおはよう来たんだね、不思議そうな口調で言った。
「先だっては、連絡をしないで休んですみませんでした。地震のせいで、ちょっとばたばたしていたもので」
 ああそういいよとにかくレッスンしよう、トオル先生はそう言って、私をスタジオに通し、自分はレッスンで使う譜面の用意を始めた。
 トオル先生はレッスンの間じゅう、ずっとぼんやりしていた。もちろんいつも通り、きちんと稽古をつけてくれたけれど、どちらかといえば熱が入っていないように感じられた。いやむしろ、きちんと仕事なりにレッスンをこなすことで、他の話題を避けているようだった。レッスンは淡々と進んだ。私は居心地の悪さを感じた。トオル先生のレッスンを二年ほど受けてきた中で、感じたことのない居心地の悪さであった。
 酒を飲んでいる訳ではなさそうだった。素面であることは明らかだった。アルコールの匂いもしなければ、顔色も青すぎるほど白かったから。トオル先生が何を思っているのか、その表情からはうかがえなかった。鍛えられたポーカーフェイスが、心の中を巧みに隠していた。ただ、皺の寄り始めた頬の筋肉が、いつもより弛んでいて、少し歳をとったように見えた。その皺の奥にじっと目を凝らすと、押し殺した不安の感情の片鱗がそこにはあるような気がした。
 レッスンが終わって、私はサックスをスタジオで片づけ、トオル先生は先に部屋を出た。私がサックスを片づけ終わると、トオル先生は珍しく、椅子に脚を組んで座った姿勢で煙草を吸っていた。トオル先生が煙草を吸う姿を見るのは、初めてだった。
「先生は、煙草を召し上がるんですね。知りませんでした」
「いや、若い時に吸ってて、病気してからずっと辞めてたんだけど……ちょっとね」
 ハイライトの甘い煙が、蛍光灯の光を乱反射して、トオル先生の表情を隠した。私とトオル先生の間に、一枚の薄いカーテンが引かれたようだった。私は、トオル先生との距離を感じた。遠くなったように思った。しかし、そのせいでかえって、話しやすくなったように感じた。
「先生は、地震の日は大丈夫でしたか? こちらには、いらしたんですか?」
「もちろん、いたよ。俺は待ってた。ずっと、ずっと待ってたよ」
 トオル先生は、深々とハイライトを吸い込み、長い時間をかけて息を吐き出した。濃い紫煙が一層トオル先生を遠ざけた。淡いロマンスグレーの髪は、蛍光灯の光線と、古びた漆喰の灰色がかった白と、ハイライトの香りに溶けてしまって、ほどんど見えないほどだった。灰色に霞んだ景色の中で、トオル先生の、異様に研ぎ澄まされた目の光だけが、鋭く、宙を射ていた。
「嫌な時代が、またきた」
 もう一口、ずいと吸ったハイライトを、トオル先生は灰皿に押し付けた。アルミニウムの皿に冷やされて、炎は熱を失った。灰と、燃え残った煙草の葉がトオル先生の指の力で摩擦されて、ざらざらと音を立てた。レコードの余白を奏でる針のノイズのような音だった。
私が、申し訳ないことを訊いてしまったかもしれないと思って、何とはなく、すみませんと謝ると、トオル先生はふっと口元をゆがめた。
「仕方ないさ。また何とかするよ。腰だって治ったんだ、何とかなる。でもね、タツミさん。俺は待ってたんだよ。ここで、皆が来るのをさ。ずっとずっと、きっと来てくれるんじゃないかと思って……。でも、やっとタツミさんが来てくれたからね。これでもう心配はないよ。またみんな来る。地震が何だって言うんだ。またみんな来るさ。タツミさんが来たから……タツミさん、ありがとう。あと少しだけど、次のレッスンもよろしくお願いします」
 それからトオル先生は、悪いけどお先に失礼しますと言って、ストレイト・ノーチェイサーのテーマをハミングしながら帰って行った。
 私は今月のレッスン料を払うために事務所に寄る。赤城さんが言った。
「地震の日から今日までで、教室に見えた生徒さんは、タツミさんだけです」
 ああ、まったくブルースじゃないか。私は複雑な気持ちであった。

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