中本晟矢

中本晟矢

最近の記事

僕の野球。⑯〜大学野球編#3〜

日本一への挑戦大学生として最後のトーナメントである「関西トーナメント」が始まります。 私たちは順当に、東海地区の予選を勝ち上がり関西トーナメントの出場を決めることができました。 関西トーナメントを制することができれば、関西の王者として日本一をかけた戦いに挑むことができます。 代表としての決断私は1年生の秋から代表として自チームの運営を含む全ての業務を担ってきました。 もちろん、「スタメンを決めること」もです。 これは中々苦しかった。 今までやってきたメンバーに下の

    • 僕の野球。⑮〜大学野球編〜#2

      勝てない焦り大学野球編第2章 暗黒時代編の始まりです。 大学2年生になり、チームは強力な3名をチームに迎え入れることができました。 それはなんと中京大学の元硬式野球部のメンバー3人です。笑 その3人は大学のセレクションにも合格し、入部していたいわば、野球エリート3名です。 諸事情により、硬式野球部から自分たちの軟式のチームに加入することになりました。 チームはこの3人をむかえチームはもっともっと強くなる!!はずでした...。 しかしそこからチームは3大会連続で敗戦

      • 僕の野球。⑭〜大学野球編#1〜

        僕は、高校を卒業し愛知県の中京大学に進学します。 中京大学に進学した理由は、スポーツ科学を学びたかったから。 スポーツ科学を学び、自分自身が受けてきた指導は正しいものだったのかをスポーツ科学の観点から知りたかった。 そして将来、指導者として生きていきたい。 この2つがきっかけでした。 そんな志を持ち中京大学に進学しました。 軟式野球チーム加入大学生になり、私は大学の軟式野球のチームに加入しました。 これは高校生の時から決めていて、大学では楽しく野球ができたらいい

        • 僕の野球。⑬〜高校野球#9〜

          憂鬱 キャッチャーとして夏の大会を迎える。 このポジション以外の選択肢はない。 不安に押しつぶされそうになる毎日。 同時に周りの目、周りの声がどうしても気になって憂鬱になってしまう日々が続いていました。 夏開幕。 夏の大会の背番号は『2番』になりました。 当然初めてつける背番号です。 7月中旬。 夏の大会の開会式を迎えます。 そこで中学時代の同級生や友人に会い、こう言われるわけです。 『ほんまにお前キャッチャーなん、やばいやん笑』 めちゃめちゃ笑われたし、馬鹿にも

        僕の野球。⑯〜大学野球編#3〜

          僕の野球。⑫〜高校野球#8〜

          いよいよ高校野球終わりも近づいてきました。 とうとう夏大シーズンへと突入して行きます。 高校最後の夏へ。3年生になり、新1年生が加入しました。 最後の夏に向けて急ピッチでチームの力をつけていかなければいけない状況になりました。 いつも通りのノック。 僕はサードに入り、 『お願いします!』 と、ノックをお願いするわけなのですがノックを打ってくれない。 そこで言い渡されるのです。 『お前キャッチャーやれ』 当然僕の反応は、 『え?』 でした。笑 小中高、当然今

          僕の野球。⑫〜高校野球#8〜

          僕の野球。⑪〜高校野球#7〜

          高校野球復帰僕の高校野球生活が復活しました。 全部自分で撒いた種です。 無責任なことしました。 自分自身で責任を持つ必要があると思いました。 それでも自分にできることは本当に少しのことでした。 『誰よりも本気で野球に取り組む』 これしかありませんでした。 他に人から見てどう見えてたかはわかりませんが、僕なりには全力でやりました。 多少反抗もありましたが。笑 迎えた秋大会。 サードで出場しました。 というより人数がいないので出るしかなかったんですね。 試合は6-0の

          僕の野球。⑪〜高校野球#7〜

          僕の野球。⑩〜高校野球#6〜

          燃焼。 高校2年の夏、母校としては9年ぶりの一勝。 その勝利に少しでも貢献できたことで、 僕は完全に燃え尽きてしまうことになります。 新チームとなり夏を経験したはずの自分は当然チームを引っ張っていかなければならない存在です。 新チームは人数が試合ができるかできないかギリギリの人数でした。 昨夏のチームのレベルと比較しすると圧倒的な差がある。 それをどうしても前チームで試合に出た分感じてしまう。 そんな中、また去年と同じような苦しい練習をしないといけない。 そんな

          僕の野球。⑩〜高校野球#6〜

          僕の野球。⑨〜高校野球#5〜

          vsタカイチいよいよ迎えた高松一高戦。 先輩たちの最後試合にするもんかとボルテージは最高潮。 興奮しすぎて試合前に鼻血が止まりませんでした。笑 序盤は完全に相手ムード。 それでも要所を締め、5回終了の時には2-0。 『まだいける』 チームにはそんな雰囲気が漂っていました。 そんな中7回先頭バッターがツーベースで出塁。 その後フォアボールやエラーでワンアウト満塁になりました。 そんな場面で打席が回ってくるんですね。笑 2-0。 『こんなオセオセの場面で回って来んな

          僕の野球。⑨〜高校野球#5〜

          僕の野球。⑧〜高校野球#4〜

          新体制2年生になり、1年生が加入しました。 部員も相変わらず少なかったですが、なんとか一年生の加入で持ち堪えます。 とは言え、3学年で17人くらいだったので他の高校の1学年分くらいでしたが。笑 それでも練習にしても試合にしても人数が多くなると心に余裕ができてくるのに加えて、競争がスタートします。 実力の世界なので結果を出さないと試合に出れない。 当然のことなのですが、もう一度そのことを自覚することで、練習の取り組み方にも変化が出始めました。 いざ夏体へ!新体制も整い

          僕の野球。⑧〜高校野球#4〜

          僕の野球。⑦〜高校野球#3〜

          迎えた尽誠学園戦。 昨夏の優勝校といきなり初戦で 当たってしまったものの、不思議なもので 試合当日には 『やるからには勝利を目指す』しかないと チームの指揮は上がり、試合当日を迎えます。 結果的に言うと5-0の敗戦。 コールド負けにはならなかったんですね。 もうみんな心のどこかでは 『コールドで負ける』と思っていたので 満足はしなかったですが納得はしました。 『そこそこやれたんじゃないか』 試合展開的にも攻撃ではチャンスもしっかり 作れたし、守備でもチームとしてノーエ

          僕の野球。⑦〜高校野球#3〜

          僕の野球。⑥〜高校野球#2〜

          高校野球初めての夏の大会夢にまで見た高校野球夏の大会は、 初戦コールド負けでした。 僕は試合に出ることはありませんでしたが、 めちゃくちゃ悔しかった。 今まで自分が出ない試合なんて 正直全然負けても悔しくなかった。 なんなら、負けてくれと思ってた自分もいた。 それでも悔しかったのは、 自分が心から尊敬して大好きな先輩達が 引退していくのが辛かったからなんだと思います。 新チーム。 3年生が引退し、新チームとなりました。 人数が少なかったので、 僕はすぐに試合

          僕の野球。⑥〜高校野球#2〜

          僕の野球。⑤〜高校野球#1〜

          高校野球との出会い 中学3年生時の硬式の監督である吉田さんとの出会いもあり高校でも野球を続けることを決意しました。その後僕は、地元の公立高校に入学します。 その高校は強豪校ではないとにかく普通の公立高校。 なので選びました。笑 野球はヘッタクソだったけど とにかく試合に出たかったんです。 ↑※当時の高校一年生夏の写真 こんなにきついの? とはいえ高校野球。 弱小高でも練習は結構きつかったです。 もちろん、今までずっと本気で野球に打ち込んでたわけじゃなかったので

          僕の野球。⑤〜高校野球#1〜

          僕の野球。④〜中学校#2〜

          最高の出会い。中学校の野球部を引退し、なんとなく入った硬式のチームで僕の人生を変える最高の出会いがあります。 それは当時の硬式のチームの監督である"吉田さん"という方です。 初めて僕が人に認められた思ったのもこの人の言った一言です。 『お前は一生懸命やるから上手くしてやりたい。』 涙が出るほど嬉しかったです。 ぼくは野球では誰にも認められない。 そう思っていた自分を認めてくれる人がいるんだ。 認められる経験なんて一度もなかった。 正直考えられませんでした。

          僕の野球。④〜中学校#2〜

          僕の野球。③〜中学校#1〜

          軟式の野球部に入部。 地元の少年野球のメンバーでそのまま中学校に上がり野球部に入部しました。 中学校になれば体もすぐに大きくなって勝手に変わっていくだろう。そう思って野球部に入りました。 でも現実は全く違いました。 周りはどんどん上手くなるし、体も大きくなっていく。 自分だけが取り残されてる感覚がずっと付き纏いました。 その結果、少し自信もあった勉強も全然しなくなり成績もガタ落ち。 ただ周りに合わせる人間になってしまっていました。 『このままではダメ』 ずっと思

          僕の野球。③〜中学校#1〜

          僕の野球。②〜少年野球〜

          ↑小学校の卒業式の時の写真。  当時の身長は133センチでした。笑  マジで小さすぎる笑 野球人生の始まり。 そして僕は小学校4年生から野球を始めることになります。 人生で初めて守ったポジションは"サード"でした。 これは別に僕が希望したわけではなく監督から言われてサードを守りました。 めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えています。 自分の父の草野球の試合を見に行った時からずっと父のポジションも"サード"でした。 自分の憧れだった父と同じポジションで野球人生を始めれたと言うことが

          僕の野球。②〜少年野球〜

          僕の野球。①〜はじまり〜

          こんにちは! 今日は僕の野球人生について紹介したいと思います! 香川県丸亀市で生まれた僕は、小学校4年生から野球を始めます。 でも本当は小学校1年生の時から始めたかったんです。笑 これにはある"ストーリー"があります。 僕は昔から本当に、体が小さかったです。 もちろん学年で『一番』小さい。 親は相当心配だったと思います。笑 野球に興味を持ったのは5歳くらいの頃。 父親がプロ野球が大好きで小さい頃から毎日プロ野球を見て、自分も興味を持つようになりました。 僕はどうしても野球

          僕の野球。①〜はじまり〜