ベースボールは「野球」だと実感させてくれた。まさに国民的娯楽と伝えてくれた人
ベースボールは「野球」だと、彼の著作を読んで実感した。
野球についての著作の多い佐山和夫さんが、野球殿堂入りした。彼こそ野球の文化を、本を通じて広く伝えた人だと思う。殿堂入りは何の異論もなく、喜ばしいことだ。
ベースボールは「野球」である。だだっ広い野原で、選手たちがボールを投げ、バットで打つ。フルスイングで放たれたボールが飛べば、外野を転々と転がっていく。
そんなイメージを、佐山さんの本で実感した。
日本での野球は、学校教育の場で行われ、時に「一球入魂」など精神論に発展するイメージが強い。野球を通じて人間性を高めていく。それは素晴らしいことだと思う。ただ、「歯を食いしばって」とか、どこか悲壮感が漂いもする。
佐山さんの本の中で、アメリカでは、ベースボールがパーティーと共に行われていたと書かれている。勝敗よりも親睦。女性の観客も多く、女性招待デーというのもあったそうだ。
野球の優雅さを想像できる。それは、まさに「ナショナルパスタイム(国民的娯楽)」というに、ふさわしい光景だっただろう。
日本の野球は、究めるという雰囲気が強かった。このイメージだと、日本でこのスポーツを、「野球」というよりも「球道」という印象の方が強いのではと、私は思ったこともある。「弓道」というスポーツと同じ読みの「きゅうどう」だから、「野球」という訳になったのではと、私は考えもした。
でも、佐山さんの本を読んで、草地や野原で行う牧歌的な球技というイメージを思えば、「野球」という訳が、やはりふさわしいのだろうなあと思った。
「明治五年のプレーボール」という佐山さんの本がある。日本にベースボールを伝えたホーレス・ウィルソンについて書かれた本だ。
著作の中で、彼の功績をたたえて「野球殿堂入りはできるのか」という章が最後に設けられている。その後、ウィルソンは2003年に殿堂入りしたが、それから18年後に、著者の佐山さんも、名誉ある殿堂に入ることになったのだ。
ベースボールの歴史、野球の歴史について、分かりやすく書いてくれた佐山さん。そして、ベースボールは、やはり「野球」なんだと実感させてくれた功績は。殿堂入りにふさわしい。
これからも、佐山さんの本から、野球を通じた日米文化を学びたい。
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