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サン・マルタン運河デート(フランス恋物語㊱)

L'ambigu

初デートから2日後の土曜日。

アランは約束通り私と会ってくれた。

前日に来たメールで、彼はこう言っていた。

夕方頃に君のアパルトマンに迎えに行く。
夜はまた仕事があるから、そんなに長い時間はいられない。

それは、「私の部屋に上がって過ごす」いう意味なのか、それとも「私を連れて外に出かける」という意味なのか、判断できかねた。

ここは彼を信じたいところだが、いきなり前者だったら抵抗を感じてしまうのが今の正直な気持ちだ。


インターホンが鳴るとオートロックは空けず、出かけられる荷物を持って建物の玄関まで彼を迎えに行った。

そこには笑顔のアランが立っていて、私たちはキスをして2日ぶりの再会を喜び合った。

彼が「レイコの部屋に上がりたい」と言わない限り、私からは「うちに来る?」とは言わないつもりだった。

そんな空気を察したのかどうかはわからないが、アランは「”Canal Saint-Martin”(サン・マルタン運河)に散歩に行こう。」と言ってきた。

私もお気に入りの場所なので、「Bien sûr !」と同意の返事をした。

Canal Saint-Martin

私たちは手を繋いで、サン・マルタン運河があるRépublique駅の方向に向かって歩いた。

サン・マルタン運河【Canal Saint-Martin】
バスティーユ広場とラ・ヴィレットへと続くサン・マルタン運河は休日に散歩するには絶好の場所である。運河を今も船が通るため、水門の開け閉めや可動式の橋など、のんびりとした見どころも多い。レピュブリック広場から続く界隈には両岸にカフェやブティックが多く、通りに並ぶカラフルな店舗が見た目にも楽しい。映画「アメリ」でも有名になった。

私も渡仏するにあたり「アメリ」は見たが、主人公の不思議ちゃんぶりに辟易してあの映画は好きになれなかった。

当時日本のオシャレ女子の間では人気映画だったようだが、付いていけないものは仕方がない。

・・・そんなことを考えながら歩いていると、あっという間にサンマルタン運河に着いた。


「この辺りに座ろうか。」

「アメリ」にも出てきた、特徴的な形をした橋が見える場所に私たちは腰を下ろした。

運河を眺めると、カルガモの親子が仲良く泳いでいるのが見える。


「Ils sont mignons!!」
(可愛いね!!)

このすごくのどかで平和な風景を、私たちはただぼぉっと眺めた。

お互い口数は少なかったけれど、見つめ合ってはキスをして、とても満たされた時間を過ごした。

・・・彼もそう思っていてくれればいいのだけれど。

L'amitié

1時間くらい経った頃だろうか、アランの携帯が鳴った。

話す内容を聞いていると、どうやらそれはジョゼフからのようだった。

アランは普通に「今、レイコといる。」と話しているのが聞こえた。

そして、「この後、本を買いに行く。」とも言っていた。

アランと私が付き合い始めたことは、ジョゼフにも報告済みなんだろう。

それを知ったジョゼフは、アランに何と言ったのだろうか。


欧米人は、友情と恋愛のもつれで人間関係が気まずくなることはなく、ドライに対処すると聞いたことがある。

例えば、「海外セレブの結婚式で、お互いの元カレ・元カノを友人として招待する」というエピソードはよくニュースで耳にするだろう。

私は初めにジョゼフとナンパで知り合い、ジョゼフが誘ったドライブでアランと知り合った。

”あのドライブで私とジョゼフが熱いキスをしていた”ことについて、アランは何も言わないがきっと知っているに違いない。

その上で彼は私を好きになってくれて、今こうやって一緒にいる・・・。

”彼らの間に私が介在していたとしても、それは問題のないこと”だと捉えていいのだろうか。


電話が終わった後、アランは驚きの提案を私にした。

「今から、近くにあるジョゼフの働いている本屋に行くけど、レイコも一緒に行く?」

私はさすがに気まずすぎるので、その誘いは断り、帰ることにした。

L'inquiétude

私は「本屋前解散でいい。」と言ったが、アランはわざわざ家まで送ってくれた。

レディーファーストが身に沁みついているフランス人の男性は、「女性を家まで送り届けるのは当然の義務」だと思っているのだろうか。

アパルトマンの前に着くと「部屋に上がりたいと言うのかな?」と少し身構えたが、アランが私に残したのは紳士的なキスだけだった。

アランは元来た道を戻り、ジョゼフの働く本屋に向かって歩いてゆく。

私は幸せになりきれない不安な気持ちを抱えながら、その後ろ姿を見送った。


悲しいことに、私のこの不吉な予感はのちに現実となってしまうのである・・・。


ーフランス恋物語㊲に続くー

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