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元クラスメイトとのデート(フランス恋物語96)

学年一の人気者

11月4日、水曜日。

フランス帰国後の私は、1週間の予定で昨日から実家に帰省している。

住民登録と住民票発行に市役所に行くと、現在は市役所職員という高校時代のクラスメイトに再会した。

彼の名は中谷謙一くんで、高校時代、香取慎吾似の爽やかな笑顔でみんなの憧れの的だった。

当時の私も例に漏れず、彼に密かな片想いをしていた。

・・・そんな謙ちゃんが、私が母といるのにも構わずに、「よろしければ、今夜玲子さんをお食事に誘いたいのですが、よろしいでしょうか?」とディナーデートに誘ってきた。

田舎のヒエラルキーではトップの肩書である”市役所職員”と、彼の礼儀正しい態度に感心した母は、すっかり謙ちゃんを気に入っていた。

そんな訳で私は母公認のもと、高校時代の憧れの人と食事に行くことになったのである・・・。

Drive

家を出ると、国産のSUV車に乗った謙ちゃんが迎えに来ていた。

スーツから着替えた彼の私服姿はますます爽やかで、これから行くデートをさらに期待させる。

「お待たせ。」

私は心躍らせながら、彼の車に乗った。


「いや~、まさか玲ちゃんに職場で会えるとは思わんかったわ。

今年の正月のクラスの同窓会で、『もしかしたら会えるかな?』って期待してたけど、来うへんかったし・・・。」

謙ちゃんの第一声は、すごく嬉しいものだった。

「あぁ、正月の同窓会か・・・。

私、大晦日からフランス留学に行ってたから、行けへんかってん。」

その言葉に彼は反応した。

「フランス留学!!そりゃ玲ちゃんすごいなぁ。

後でゆっくり話聞かせてな。」

田舎の人にとって、海外に留学するというのはそれほど珍しいことだった。

かといって、フランスで成し得た人に自慢できるようなものなんて、私には何もなかったが・・・。

Restaurant with an ocean view

謙ちゃんは車を30分くらい走らせて、この地域では一番オシャレだと言われているイタリアンに連れて行ってくれた。

海岸沿いに建つオーシャンビューが売りのレストランで、天気のいい日は陽光に照れされた海が美しかった。

ただ田舎すぎるので、夜景というと、遠くの灯台とたまに走る船の灯りぐらいのものだが・・・。


ドリンクを頼もうとした時、運転手の彼はすかさず気遣いの言葉をかけてくれた。

「あ、俺は運転するからお酒は飲めへんけど、玲ちゃんは遠慮せず飲んでええから。

無事帰国の乾杯しよ。」

そっか、田舎は車の運転があるから一緒にお酒を飲めないんだった。

「ほんまに? じゃ、お言葉に甘えて、スパークリングワインを飲もうかな・・・。」

料理は、それぞれコースの中から好きな物を選んだ。

海が近い土地柄、魚介類のメニューが多めで、それも私は嬉しかった。


食事をしながら、私は行けなかった同窓会の話をした。

「同窓会、クラスのみんなどれくらい来てた?」

謙ちゃんは思い出すように言った。

「正月やったから帰省の子もいて、40人中半分の20人くらいは来てたかなぁ。」

私は思い切って、気になっていたある女子の名前を口にした。

「高校時代、謙ちゃんの彼女やった梓(あずさ)は?」

謙ちゃんがちょっと気まずそうに言った。

「あ、梓か・・・。来てたよ。

地元の5歳上の土建屋の社長と結婚して、今は専業主婦やって。

子どもが3人おるって言ってたわ。」

「そっかぁ・・・。

私、梓と謙ちゃんは東京の大学に行った後もずっと付き合って、そのまま結婚するもんやと思ってた。」


梓は学年一可愛くて、人気者同士の梓と謙ちゃんはお似合いのカップルだった。

そんな二人を近くで見てきたので、彼を奪う余地など私にはない。

私は諦めて、謙ちゃんの親友でずっと「好き」と言ってくれていた男の子・明くんと付き合うことにした。

明くんもカッコよかったしすごく優しかったけど、やっぱり私は謙ちゃんのことが気になっていた。

私と梓は仲が良かったので、私たち4人はよくグループでつるんで色々遊びに行ったりした。

私の秘かな恋心など、誰も気付くことなく・・・。

高校卒業後明くんとは些細なことで別れ、謙ちゃんと梓は東京の大学に一緒に進学し、私たちのグループは疎遠になった。


そっか、あの二人は長続きしなかったんだ・・・。

東京の大学は色んな学生が集まって新たな出会いもたくさんあるだろうし、高校時代の絆なんて意外と脆いのかもしれない。


二人のその先がわかったところで、私はなぜ彼が今市役所で働いているのか、気になって聞いてみた。

「あ・・・そういえば、なんで謙ちゃんは東京の会社に就職せんと、地元の市役所にUターン就職したん?

一旦東京に住んだら、こっちは退屈過ぎるやろ?」

すると、謙ちゃんは少し暗い表情になった。

「・・・俺もそのつもりやった。

けど大学生の時にオトンが急死してな・・・。

なんとか奨学金貰って卒業はできたんやけど。

うちの家族は専業主婦のオカンと妹やから、俺は地元に帰らなあかんようになってん。

それで、一番確実な市役所の職員になったんや・・・。

今、オカンはパ―トに出てるけど、年の離れた妹は大学に通ってる。

妹の学費は俺が出しとるから、卒業するまでは俺が面倒見なあかんのや。」

私は、謙ちゃんの境遇に同情した。

「そっか・・・。それは大変やな。

謙ちゃんは家族のために働いて偉いなぁ。」

Beach

食事を終えると、高校の頃よく4人で遊んだ砂浜を見に行った。

学校帰りに夕陽を見ながら当時流行っていた曲を大声で歌ったり、夏の夜に花火をしたり野宿したり・・・そこは、田舎の高校生らしい青春の思い出が詰まった場所だった。

「ほんまに懐かしいなぁ。

今思えば、ここで野宿とかアホすぎるよな。」

謙ちゃんが、懐かしそうに笑った。

「まさに”若気の至り”やな。

まぁ今となればええ思い出やけど。」

私がここに来るのは、高校卒業以来だった。

私たちはあれから10歳以上年を取っているのに、ここの景色は全く変わらない・・・。


私たちは並んで砂浜を歩いた。

11月の夜は少し冷えるので、彼は自分の持っている薄手のコートを貸してくれた。

あの頃から変わらない波の音と潮の匂いが、私の心を高校時代にタイムスリップさせる。

今私は、大好きな謙ちゃんと二人でいるんだ・・・。

私は懐かしさと「もう時効だしいいかな」という気持ちになって、当時の想いを打ち明けた。

「あんな・・・謙ちゃん。

高校の時、私、明くんと付き合ってたけど、実は謙ちゃんのことが好きやってん。

でも、謙ちゃんは梓とお似合いのカップルやったし、そんな時に明くんがずっと好きって言ってきてくれたから、明くんと付き合うことにした。

けどな・・・ほんまはずっと謙ちゃんのことが好きやった。」


私の告白に謙ちゃんは驚き、立ち止まった。

そして私の両肩をしっかりと掴むと、真っ直ぐな目で見つめた。

「玲ちゃん・・・それほんまか!?

俺も初めは”学年一可愛い”って言われている梓から告白されて、有頂天になって付き合い始めたけど・・・。

玲ちゃんとも一緒に遊ぶようになって、梓より玲ちゃんの方が好きっていうことに気付いた。

けど、玲ちゃんは明の彼女になった。

俺は4人の関係を壊したくなくて、梓と付き合い続けることにしたんや。」

私は信じられない思いだった。

「え!?・・・ってことは私ら、両想いやったってこと!?」

私たちの目が合った。

「そうやで、玲ちゃん。」

彼は軽く笑った後、私にキスをした。

私は波の音を聴きながら、高校時代の気持ちに戻って大好きだった人のキスを受けていた・・・。


しばらくキスをした後、謙ちゃんは今の気持ちを話した。

玲ちゃんが東京の人と離婚して、そのままずっと東京におるっていうのは風の噂で聞いてた。

それが今日、市役所の住民登録で実家に帰るってことがわかって『あ、これからこっちに住むんや!』ってめっちゃ嬉しかった。

けど・・・また東京に戻るって聞いてがっかりしたわ。」

その言葉を聞いて、私は胸が痛んだ。

あぁ、これで謙ちゃんが東京に住む人なら、間違いなく私はあなたを選ぶのに・・・。

「謙ちゃん、ごめんな。

やっぱり私は都会が好きやから、ずっとここにはおられへんねん。

それは、東京に住んだことがある謙ちゃんならわかるやろ?」

彼は私を強く抱きしめながら言った。

「うん。めっちゃわかる。

俺も家族のことがなければ、絶対東京に住んでた。」

彼は少し考えた後、思い付いたように言った。

「あんな・・・来年3月になったら妹も大学卒業して、やっと就職するんや。

落ち着いたら俺、市役所辞めて東京で就活しよかな・・・。」

その発言に私は驚いた。

「えぇ~、それはさすがにもったいなくない!?」

そう言いながらも、彼の気持ちはすごくよくわかった。

「・・・でも、私が謙ちゃんなら、そうするかも。

自分の人生なんやし、いつまでも家族のために我慢するのはもったいないもんな。」

私の言葉に謙ちゃんは背中を押されたようだ。

「地元の奴らはみんな反対するけど、やっぱフランスまで行った玲ちゃんは言うことが違うなぁ。」

そう言った後、ニヤリと笑って私に聞いた。

「じゃあ、もし俺が東京に住み始めたら、玲ちゃん彼女になってくれる?」

・・・どこまで本気でどこまで冗談なのかわからなかったので、私も冗談で返した。

「そやな。その時私が独り身やったら考えとくわ。」

そう言ってキスをすると、私たちは微笑み合った。


「ほな、そろそろ帰らな。

お母さん公認で来たから、早う帰さな俺のイメージが悪くなる。」

謙ちゃんの言葉を合図に、私たちは手を繋いで車に向かって歩いた。

Moving out

11月13日、金曜日。

明日私は東京に戻り、新生活を始める。

実家出発を前日に控えた今日、住民登録の転出届を出すため、私は母と再び市役所に来ていた。

偶然だったが、その時の窓口の対応も謙ちゃんだった。

手続きを終え、転出届の書類を渡す際、彼はこっそりと囁いた。

「東京行ってらっしゃい。

俺もいつか行くから、その時はよろしく。」

私はニヤッと笑って、「うん、先に行ってくるわ。」と答えた。

My life

帰りの新幹線の中で、私は自分の人生と、謙ちゃんの人生を考えていた。

「私は大学時代に家を出させてもらえなくて親を恨んだけど、今はこうやって自由にさせてもらっている。

そう思うと、大学時代東京にいられても、今現在地元に縛り付けられている謙ちゃんの方が不遇なのかもしれない。

でも、いずれにせよ、自分の人生は自分で切り開いていくしかない・・・。」

そして、”結婚したり子どもをもうけたりして、家族を作り責任を持つ”ということは、自分には向いていないんじゃないか?

・・・何よりも自由を愛する私は、そう思ったりもした。


とにかく、明日から東京での新しい生活が始まる。

それは、”就職活動”という新しいミッションが課された瞬間だった・・・。


ーフランス恋物語97に続くー


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