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パッシー墓地での出来事(フランス恋物語㉟)

治安対策

私は4月からパリに住むにあたって、「トゥールとは違って治安が悪そうだから色々気を付けよう」と、できることから注意をしていた。

一番に心掛けたのは、「日本人観光客と思われないこと」である。

私が分析した、パリに観光客として来ている、日本人女性の特徴は以下の通りだ。

・服装は、ファッション雑誌から抜け出したようなオシャレな格好
・メイクはバッチリ
・その若さには不相応なブランド物を持ち歩く
・髪は茶髪が多数派で、気合が入っている子は巻き髪をしている
日傘をさす

・・・ということは「この真逆をやればいい」ということで、私は渡仏直前に髪を地毛の色に戻し、普段はスッピン、日本では日傘命だったのを心を鬼にし、紫外線対策は帽子で代用した。

可愛らしい流行の服は全部日本に置いてきて、普段着は自分の趣味ではないラフなものばかりを着るようになった。

東京にいる時に比べて、私の女子力は大幅に下がったことだろう。

フランス人には、日本人と中国人と韓国人の違いなんてわからないし、実際に話してみて別の国籍の人に間違われることも多かった。

結果的に私の作戦は成功し、パリでスリなどの被害に遭うことは一度もなかった。

お墓参り in パリ

パリの美術館巡りをほぼ制覇してしまった私は、5月に入ると趣向を変え、パリの大霊園に眠る偉人たちのお墓参りをするようになった。

「世界的に有名な偉人のお墓を訪れ、その遺徳を偲びたい」という気持ちが一番だが、日本では見ることのない、珍しいフランスのお墓を見たいという観光客的視点もあった。

フランスのお墓は非常に独創的で一つ一つ形が違い、もはやアートとも言える美しい彫刻が施されたものや、遺跡のような建物があったりして、見ていて飽きない。


まず初めにパリ最大の墓地Cimetière du Père Lachaise(ペ-ルラシェーズ墓地)を訪れ、Édith Piaf(エディット・ピアフ)やChopin(ショパン)のお墓参りをした。

そして、次の候補は16区にあるCimetiere de Passy(パッシー墓地)と決めていた。

Claude Achille Debussy

ここは、何と言っても私の大好きな作曲家Debussy(ドビュッシー)が眠っているからだ。

私は中学の音楽の授業でドビュッシーの「月の光」を聴いてその美しい旋律の虜になった。

自分で弾こうとして挫折したので、周りにピアノが上手な人がいれば頼んでよく弾いてもらったものだ。

そういえば、ラファエルの「月の光」も素敵だったな・・・。

鍵盤を自在に操る美しい天使の姿を、私は懐かしく思い浮かべた。

・・・そういえば、昨日から付き合い始めたアランはピアノが弾けたりしないのかしら?

渡仏して半年も経たないうちに”2人目の彼氏”ができたご縁を、私は不思議に感じずにはいられなかった。

Cimetiere de Passy

アランと初デートをした日の翌日。

晴天だったので、私は念願のパッシー墓地に来ていた。

今日は日差しが強いので、日焼けしないようにしっかりキャップを被っていかないと・・・。


墓地入口の案内書で地図を受け取り、ドビュッシーのお墓を目指して歩く。

「前回行ったペ-ルラシェーズ墓地に比べたらここは小さいから余裕」と思っていたのに、目的のお墓はなかなか見つからない。

仕方がないので、たまたま近くを通りかかった墓参客と見られる男性二人組に声をかけた。

「すみません、ムッシュウ。ドビュッシーのお墓がどこだか知りませんか?」

「ドビュッシー・・・あの作曲家の? わからないけど、一緒に探してあげるよ。」

その二人は、一緒にドビュッシーのお墓を探してくれるという。

「現地の人に一緒に探してもらった方が早く見つかるだろう」と思い、私はそのお言葉に甘えるとした。


ドビュッシーのお墓を探している間、彼らと雑談をした。

二人は兄弟で、今日は父親のお墓参りでこの墓地に来たとのこと。

その亡くなった父親はモロッコからの移民で、彼らのルーツはベルベル人だと言っていた。

「だからジダンに雰囲気が似ているんだな」と、私は勝手に納得していた。


ドビュッシーのお墓探しは難航したが、3人で該当エリアのお墓を一つ一つ丹念に見て回った結果、なんとか見付けることができた。 

私は彼らに「Merci beaucouup.」と丁寧にお礼を言った後、目線をドビュッシーのお墓に移した。

彼はあんなに有名な作曲家なのに今日はお花が一つもなく、そのお墓はひっそりと佇んでいた。  

私は墓前に立ち、「素敵な曲をいっぱい作ってくれてありがとうございます。」と感謝の言葉を心の中でつぶやいた。


私がお墓から離れると、その兄弟はまだ私のことを待っていた。

改めて「Merci beaucouup.」とお礼を言い立ち去ろうとすると、兄だと名乗った方が私を呼び止めこう言った。

「Au fait, êtes-vous coréenne?」
(ところで、あなたは韓国人(女性)ですか?)

「Non,je suis japonaise.」

そう答えると、彼はこう言った。

「そうなんだ。その容姿でキャップを被っているのは韓国人女性のイメージだから、韓国人なのかと思ったよ。」

彼の発言で、”フランス人が見分ける、韓国人女性の特徴の一つ”を私は初めて知った。

そして、私が日本人だと知ったその男はこう言った。

「僕は日本人女性の方が好きだよ。良かったら今からお茶しない?」

「・・・・・・・・・・。」

まさかお墓でナンパされるなんて夢にも思わなかったので、私はとても驚いた。(今のところ”アンヴァリッド職員ナンパ事件”の衝撃度を超えるものはないが)

彼が「韓国人女性より日本人女性の方が好き」というのはリップサービスで、実際は違いなんてわかりはしないだろう。

私だって、モロッコ人とアルジェリア人の違いなんてわからないのだから。


私は改めて彼らの姿を見て、「どちらかというと兄の方がタイプ」だなと思った。

フランスに来て白人や黒人とは何度も話をしたが、ベルベル人にルーツを持つ人と話すのはこれが初めてだ。(気付かなかっただけかもしれないが)

浅黒い褐色の肌に大きな瞳・・・そして彫りが深くて濃い髭を持つその顔は、とてもエキゾチックで私の興味を引いた。

彼らを見ると、私が行きたくてやまない国・モロッコのラクダ使いの姿が目に浮かぶ。

私の中で、「パリ滞在中にモロッコに行ってみたいし、一緒にお茶すれば何かいい情報が得られるかも」という考えが一瞬よぎった。

しかし、昨日アランという彼氏ができたばかりだし、やはりナンパはリスキーなので丁重にお断りすることにした。


彼らはあっさりと諦めてくれ、最後にこんな親切なアドバイスを私にくれた。

「そういえば、父のお墓の近くに”Manet”(マネ)と”Morisot”(モリゾ)のお墓もあるよ。行ってみたら?」

・・・その後、私がマネとモリゾのお墓参りをしたことはいうまでもない。

反省

その晩、私はベッドで色々考え事をしていた。

日常どこでも行われるフランス人男性のナンパへの驚き・・・そして好奇心が強すぎる自分への反省とで、もう頭がいっぱいだ。

「まだ”彼氏がいる”という実感がなくて気持ちがフラフラしてしまうのは、昨日アランと付き合い始めたばかりだから? それとも・・・。」


・・・気が付けば、アランとのデートは、翌日に迫っていた。


ーフランス恋物語㊱に続くー

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