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愛と涙にまみれた元旦(フランス恋物語107)

Le jour de l’an

1月1日、箱根の朝。

寒がりで朝寝坊の私は、30年間生きてきて、一度も初日の出を拝んだことはない。

今日も、中居さんが朝食を運んでくる直前まで、北原さんと惰眠を貪っていた。(朝食は一番遅い時間帯である9:30を選択した)

好きな人とゆっくり起きられる休日ほど幸せなことはない。

それが明日も味わえることを、私は何よりも嬉しく思っていた・・・。


出された朝食は、元旦らしく重箱に入ったお節料理だった。

定番のおかずだけでなく、フカヒレやら、キャビアやら、今まで名前は知っていても食べたことのない豪華な食材まで入っている。

慣れない味に驚きながら、北原さんに尋ねた。

「すごいですね。いつもこんな豪華な物食べてるんですか?」

彼は美味しそうに食べながら答えた。

「元旦だけで、あとは普通だよ。

ほら、僕は普段ミラノに住んでるからさ。

帰国してる時ぐらい、和食の美味しい物食べたいでしょ?」

あ、そうか。

寝惚けていて忘れていたけど、この人は普段ミラノに住んでいるんだった・・・。


中居さんが重箱を下げ部屋を退出すると、私たちは待ち構えていたようにベッドに入った。

「ずっとこうしていたいよ。」

北原さんは愛おしそうに私を抱きしめて言った。

「私も・・・。」

二人のキスは止みそうにない。

こうして私たちは、元旦から愛に満ちた”おこもりスティ”を繰り広げてしまうのだった・・・。

初詣

昼寝から目覚めた後、私たちはやっと旅館を出た。

近くのカフェで軽くランチを済ませると、タクシーで箱根神社に向かった。

【箱根神社】
孝昭天皇の御代、聖占上人が箱根山の駒ケ岳より同主峰の神山を神体山として祀って以来、関東における山岳信仰の一大霊場となった。
箱根神社の創建は757年。
関東総鎮守箱根大権現と信仰されてきた名社であり、交通安全・心願成就・開運厄除に神徳の高い運開きの神様として信仰されている。

参道はたくさんの初詣客で賑わっている。

私たちは一緒にいられればそれで幸せだったので、長時間の列に並ぶのも全然苦ではなかった。

この辺りの神社に詳しい北原さんが説明する。

「箱根神社の末社になる九頭龍神社に『縁結び』のご利益があるらしいんだけど、本宮はここから遠いから、2000年に箱根神社の境内に新宮が建てられたんだって。」

「それだと、一度に両方参拝できるからありがたいですね。

北原さんでも、縁結びとか祈願したりするんですか?」

すると彼は、私を抱き寄せて言った。

「いつもはしないけど、今一緒にいる”姫”はどうしても手放したくないから、神頼みだって何だってするさ。」

そんなことを言ってもらえて、私は冗談でも嬉しかった。


1時間以上かけ、やっと箱根神社の拝殿と九頭龍神社新宮の参拝が終わった。

北原さんは、「当たると評判」だというおみくじに誘った。

「ここのおみくじは、”待人”だけじゃなく”恋愛”の項目もあるらしいよ。

二人で一緒に引いてみない?」

「はい。どんな結果が出るか楽しみですね。」

おみくじを受け取ると、私たちは「せーの!!」と言って、お互いの結果を見せ合った。

・・・気軽な気持ちで引いたおみくじだが、その結果は二人の浮足立った気分を沈めるなかなかディープなものだった。

私のは、”吉”なのに、「恋愛:一時の恋に身を焼く恐れあり 自重しなさい」と書いてあった。

そして、北原さんのは、”大吉”とは思えない辛辣な言葉で、「恋愛:相手に誠意なし」と書いてある・・・。

「何・・・これ!?」

確かに、今までの自分の恋愛遍歴を振り返ってみると大当たりで、神様はよく見ている。

これを見た私は、冗談として笑い飛ばせられなかった。

気まずい雰囲気を取り繕うように、北原さんは明るく言った。

「まぁ、当たるも八卦、当たらぬも八卦って言うし、心掛け次第だよ。

僕は玲子のこと信じてるから、何も気にすることはないよ。」

その言葉が、よけいに自分への罪悪感を強めた。


確か、”吉”は二番目にいいとされるおみくじで、昔母が「いいおみくじは境内の木に結ばずに持ち歩きなさい」と言っていたのを思い出す。

でも、今回はそんな気になれなくて、このおみくじは結んで帰ることにした。

北原さんももう見たくなかったのか、自分のおみくじを一緒に結んでいた。

こうして、愚かな私たちは、神様からの大切なメッセージを黙殺してしまったのである・・・。

La lecture

おみくじの後味の悪さが尾を引いて、ホテルに戻っても、前みたいにイチャイチャする気になれなかった。

「せっかくだから、書棚の本を見に行ってみる?」

「そうですよね。それがこのホテルのウリでもあるし・・・。」

重いムードを振り払うように、私たちは大きな書棚がそびえ立つエントランスに行ってみることにした。

「北原さんはどんな本を読んでるんですか?」

隣に座って中身を見せてもらうと、それは私が最も苦手とする、難しそうなビジネス書だった。

「あぁ、やっぱりこの人は、私なんかには手の届かない人なのかな・・・。」

いつもならそんなことは思わないのに、相手の選ぶ本を理解できないだけで、弱気になってしまう自分がいた。

普段イタリアに住んでて、日本語の本がなかなか読めない彼を邪魔しないようにしなきゃ。

私は彼の隣で、世界の絶景の写真集を静かに眺めるのだった・・・。

胸騒ぎ

遅めの夕食を終えると、アルコールの力も加わり、私たちはまた身を寄せ合うようになった。

開放的な雰囲気の露天風呂で、体をぴったりとくっけてたくさんのキスをする。

二人の気分が盛り上がると、体を拭くのもそこそこにベッドにもつれ込んだ・・・。

不安な気持ちを埋めるには、北原さんとの快楽の世界に耽るしかない。


部屋中が濃密な空気で満たされようとする中・・・それを切り裂くように北原さんの携帯が鳴った。

彼はしばらく無視していたが、鳴り続ける携帯に根負けして出た。

「もしもし・・・栞?」

”栞”という名前は、別れた奥さんの名前だと、クリスマスディナーの時しつこく尋ねて教えてもらっていた。

今思えば、本好きの北原さんにお似合いな名前だなと思う。

「え、悠太が!?・・・すぐ行く。」

その名前が末っ子の男の子だというのも聞いていた。

それにしても「すぐ行く」って・・・彼女との逢瀬を中断するぐらいの用事って一体何なんだろう?

「もうこれで”姫”扱いの時間は終わるんだな」と悟り、悲しい気持ちになった。

電話を切った北原さんは、血相を変えて私に説明した。

「一番下の息子の体が弱くて、『さっき発作が起きて、病院に運ばれた』と、前の妻から電話があった。

離婚して離れて暮らしていても、子どもたちが大事なのに変わりはない。

僕は今から病院に行かなきゃならないから、申し訳ないけど、玲子は明日一人で帰ってくれないか?」

・・・そんなことを言われたら、「イヤ」と言えるはずがない。

彼は慌ただしく荷物をまとめると、「帰りの交通費」と言ってお金をテーブルに置き、足早に部屋を出ていった。

私は茫然としたまま、広すぎる部屋に一人取り残された・・・。

La Solitude

まだまだ寝る時間じゃないし、「せっかく来たんだから」と思い、露天風呂に入って自分の頭の中を整理することにした。

外の空気はひんやりとして、頭を冷やすのにちょうどいい。


はぁ、やっぱりこの恋も続かないのかぁ・・・。

私も相手もバツイチなのはお互い様だが、北原さんが3人の子持ちで、しかも子どもたちはまだ小さいというのが引っかかっていた。

その不安が、今まさに現実となって表れたのである・・・。

そういえば、彼に帰国のスケジュールを聞いた時、「12月27日から30日は、前の妻と子どもたちと会った」と言っていたな。

きっと彼は、帰国の度に家族と会ってるんだろう。

私は、彼と再婚した後の未来を想像してみた。

考えれば考えるほど、心の広くない私はあの家族に対して嫉妬するだろうなと思った。

今日みたいに、私よりも前の奥さんとの子どもを優先されたら?

もし、私と北原さんが子どもに恵まれなかったら?

・・・そう考えると、どんなにラブラブでも、遠距離恋愛を経て彼と再婚することは茨の道に思えた。


今日のおみくじで見た、強烈な忠告を思い出す。

「一時の恋に身を焼く恐れあり 自重しなさい」

所詮、北原さんとの恋は一時的なものに過ぎなかったということか。

あ~あ、すごく幸せだったのにな。

彼との恋を諦めた私は、綺麗な月を見ながらしくしくと泣いた。

de Hakone-yumoto à Shinjuku

1月2日、昼頃。

帰りの東京ロマンスカーの中で、私は北原さんにメールを送った。

今、東京に帰っていることころです。
悠太くんの体調は良くなりましたか?
あれから色々考えたのですが、私たちはもう会わない方がいいような気がします。
北原さんのことは大好きだけど、遠距離恋愛をして再婚するだけの覚悟が私にはありませんでした。
本当にごめんなさい。
北原さんと過ごした年末年始は、とても楽しかったです。
ありがとうございました。
さようなら。

しばらくして、北原さんさんから返事が返ってきた。

昨日は置いて帰ってしまって、本当にごめん。
悠太の容態は落ち着いたから、もう大丈夫。
玲子には自分の家族の説明が足りなさすぎたと、昨日反省した。
「詳しく話すと逃げられるかもしれない」と思って、なかなか言えなかったんだ。
本当は諦めたくないけど、玲子が「もう会わない。」と言うのなら、その気持ちを尊重するしかないね。
今までありがとう。
元気でね。

その返事を読むと、「お互い想い合っても、叶わない恋もあるんだな。」と切なくなった。

そして、「”子どもを持つ”というのは”結婚”とは比べ物にならないくらい、人の人生を大きく左右する」ということを身を持って知ったのだった。

・・・こうして、新年早々、私の恋は終わったのである。

報告会

でも、落ち込んでばかりもいられない。

1月5日には親友の美月ちゃんと会って、ここ2ケ月の恋愛報告をする予定だ。

彼女と会えば元気になるだろうし、今後の指針になるような助言も得られるかるかもしれない。


実際に、彼女がくれた言葉から、私は新たな”気付き”を得るのである・・・。


ーフランス恋物語108に続くー

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