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サンタとのクリスマスデート(フランス恋物語104)

イヴとクリスマス

今年のイヴとクリスマスの2日間は波乱万丈だ。

イヴの夜は、先月末復縁したばかりの智哉くんにフラれた。

その後、急に呼び出したフィリップに話を聞いてもらい、気持ちがだいぶ楽になったが・・・。

25日になると、イタリアから一時帰国した北原さんのメールに気付き、その日のうちにお茶ととディナーの約束をした

彼とはイタリア旅行で出会いキスまでした仲で、遠距離じゃなければお付き合いしたいくらい大好きな人だ。

つい、甘えてしまって「昨日フラれました。慰めてください。」なんて言ってしまった。

今日の北原さんとのデートはどんなことが待っているんだろう?

私はちょっと華やかめなワンピースを着て、家を出た。

Les retrouvailles

12月25日、金曜日。

私たちは、品川の高級ホテル1Fのラウンジに15時に待ち合わせしていた。

10分前にホテルのエントランスに着くと、大きなクリスマスツリーの横に立つ北原さんの姿が見えた。

谷原章介似の爽やかな笑顔は相変わらずで、見た瞬間、「あ、私やっぱりこの人のこと好きだ」と、心に温かい火が点るのを感じた。

彼は、ドレスアップした私の全身をまぶしそうに眺めて言った。

「玲子、久しぶりだね。会いたかったよ。

今日の玲子は、いつにも増して綺麗だよ。」

その瞳は愛情のこもったものだったが、最後に会った時のようにキスはしてこなかった。

ここが日本だからか、それとも久しぶりの再会で遠慮しているのか・・・。

「ありがとうございます。私も北原さんに会えて嬉しいです。」

私は抱きつきたい気持ちを抑えて、彼の前に立つに留めた。

二人ともぎこちなくて、距離の取り方の判断に迷っている。

「じゃ、行こうか。」

彼は私の背中に手を添えて、紳士的にエスコートした。

今日の限られた時間で、私たちはどれだけ親密さを取り戻すのだろうか・・・。

Afternoon tea

ラウンジのスタッフに促され、私たちは窓際のテーブル席に案内された

私の右側にある壁はガラス張りになっていて、その向こうに広がる日本庭園の眺めが美しい。


スタッフからコースメニューを渡され、予想以上に豪華な内容に驚いた。

【セイボリー】ターキーとクランベリーのサンドイッチ、フォアグラ ブリオッシュトースト、トリュフのアランチーニ、ナッツとチーズのブリオッシュカップ、7種の野菜のキッシュ
【スコーン】プレーンスコーン、ジャム、クリーム、蜂蜜添え
【プティフール】ブッシュ・ド・ノエル、ジンジャークッキー、ラズベリーチョコムース、いちごのタルト、オペラ、オレンジ風味のクレメダンジュ
【ドリンク】13種のティー、その他ソフトドリンク

んん・・・セイボリーって何!?香辛料!?

私は、高級ホテルのアフタヌーンティーを経験するのは人生初だ。

「なんか、二段とか三段重ねくらいのティースタンドに、色とりどりの小さなスイーツがいっぱい乗ってる」くらいのイメージなのだが、北原さんは詳しいのだろうか・・・。


初めに、スタッフに紅茶の種類を聞かれたので、ダージリンを頼んだ。

”Aeternoontea”と名前が付くだけあって、色んな種類の紅茶を楽しめるのは嬉しい。


「あの・・・実は私、アフタヌーンティーって初めてなんです。」

私がアフタヌーンティー初心者であることを白状すると、北原さんは紅茶を飲みながら説明してくれた。

「アフタヌーンティーって、紅茶とスイーツだけじゃなくて、塩気のあるヘルシーな軽食系の”セイボリー”や、スコーンも付くんだよ。

セイボリーはスイーツよりも先に食べるのが前提らしい。

”食事の後にデザート”って感じかな。」

私は30歳にして、始めてアフタヌーンティーの仕組みを知った。

「北原さんは、こういうアフタヌーンティーってよく行くんですか?」

私の質問に、彼は少し照れながら答えた。

「実は僕、甘党なんだ。

でも、さすがに男だけでこういう所には来れないでしょ?

だから、行くとしたら、実家に帰った時に、母や妹と横浜のホテルのラウンジに行くぐらいかな。

ここのアフタヌーンティーは前から気になってたんだけど行く相手がいなくて、玲子が一緒に来てくれて嬉しいよ。」

・・・北原さんって、甘党なんだ。

今まで大人の男性だと思っていたが、そういうギャップも可愛らしくていいなと思った。

また、妹がいることを初めて知って、だから女性の扱いが上手いのかな?なんて思ったりもした。


料理が運ばれてきて、スイーツを美味しそうに食べる北原さんの姿は新鮮だった。

私は甘党ではないので、自然とセイボリー担当になった。

その様子を見て、北原さんは嬉しそうに言った。

「やっぱり、僕たち、いい組み合わせだよね。」

私は、一緒に行ったイタリア旅行で聞いた「僕たちは趣味が似ているから大丈夫だよ。」という彼の言葉を思い出した。

La cuisine française

アフタヌーンティーを終えて少し外を散歩した後、同じホテル内のフレンチレストランに私たちは入った。

このレストランはフランスの宮廷を思わせる内装で、久しぶりにフランス留学時代を思い出したりした。(別にこんなところに住んでいたわけではないが)

慣れた感じでワインのテイスティングをする北原さんを見て、「ヨーロッパ生活が長い大人の男性は、こういう時スマートでいいな」と思った。

普段お酒を飲まない私は、久しぶりの会食で飲み過ぎてしまった。

料理はどれも美味しかったが、ワインの味と二人の会話が強烈に印象に残っている。


2ケ月ぶりの再会ということで、アフタヌーンティーでは雑談中心だったが、レストランでの会話は二人の恋愛・結婚観など核心的なことにも触れた。

「そっか・・・。

じゃ、玲子の”バツイチ”という過去が彼には受け入れられなくて、他の女の子に行ってしまったんだね。」

「そうなんです・・・。」

私が頷くと、彼は明るい表情で言った。

「でもね、そんなので悩むのは今のうちだけだよ。

そのうち40過ぎたら、”バツイチ”より”未婚”の方がヤバイって言われるようになるから。」

確かに、言われてみたらそうかもしれない・・・。

「私今30歳ですけど、20代の時よりは”バツイチ”の後ろめたさが軽減しました。

それなら、これから年取るともっと楽になりそうですよね。」

私がそう言うと、北原さんは少し自虐めいたことを言った

「でしょ?

確か、玲子は『子どもはいない』って言ってたよね?

俺みたいに、前の奥さんだけでなく子どもが3人もいたら、なかなか再婚相手なんて見つからないよ。」

・・・それは、私にとって初耳のことで驚いた。

「え・・・子どもが3人もいるんですか?」

本当はもっと知りたかったが、プライベートなことを聞くのは憚られて、それ以上は触れなかった。

子どもが3人もいるのに、奥さんと離婚して単身ミラノに行くって、どういう心境なんだろう?

そんなに彼がやりたかったミラノの貿易商の仕事って・・・!?

私には、全く想像がつかない世界だった。


そのうち、二人の会話は、お互いのここ数年の恋愛遍歴について語られることになった。

北原さんが色んな女性とお付き合いしてきた話は、とても興味深かった。

予想通りイタリア女性との交際が多くて、その経験が彼をさらに魅力的にしているのではないかと私は分析した。

ただ、私と出会った後の彼がフリーというのは意外だった。(もしかしたら嘘かもしれないが、それはどうでも良かった)

一方、人より多めな私の恋愛経験談だが、北原さんは楽しそうに聞いてくれた。

そんな様子を見ても、やっぱり余裕のある大人の男性はいいなと思った・・・。

Le jardin japonais

ディナーを終えると、21時をとうに過ぎていた。

「ディナーの後、日本庭園を散歩しよう。
今の時期、ライトアップが綺麗だよ。」

北原さんに促され、私たちはホテル敷地内の日本庭園に出た。

光に照らされた木々や太鼓橋が池に映る様は、絵画のように美しい。

たくさん話してすっかり打ち解けた私たちは、自然と手を繋ぐようになっていた。

この日は冷えるからか、私たち以外、周りには誰もいなかった。

北原さんと一緒に歩くと、寒がりな私も外の散歩が平気になるから不思議だ・・・。


庭園を一周した後、私たちは池全体を見渡せるベンチに座った。

ライトアップされた景色を眺めながら、彼はつぶやいた。

「普段イタリアに住んでるから、日本に帰ってこういう景色を見ると感動するんだよね。

しかも、一人じゃなくて、玲子と一緒に見られるのが本当に嬉しい。」

私は「今、彼への想いを伝えなければ」と思った。

「私もです。

イタリア旅行で北原さんのこと好きになったけど、遠距離だしもう会うことはないだろうなって諦めてました。

でも、こうやって会うことができて、素敵な所に連れて行ってもらえてすごく嬉しいです。」

北原さんは、私の方を見た。

「玲子・・・。」

私たちは見つめ合うと、2ケ月ぶりのキスをした。

・・・あぁ、なんでこの人のキスはこんなに心地好いのだろう。

キスしているうちに、私はもっと北原さんを知りたいと思った。

唇を離すと、北原さんは私を強く抱きしめて言った。

「ベネチアで別れて以来、何度も玲子のことを忘れようと思った。

遠距離恋愛の大変さはわかっているし、別れたとはいえ、僕には責任を負わなきゃいけない家族もいる。

でも・・・どうしても玲子に会いたくて、メールしたんだ。」

北原さん、そこまで私のことを想っていてくれたんだ・・・。

北原さんのことを忘れて他の男と恋愛している私なんかより、彼の方がよっぽど純粋で真摯ではないか。

私は思いきって聞いてみた。

「それで・・・今日私と会ってみてどうでした?」

彼は苦笑しながら言った。

「諦められるどころか、玲子への愛しさは募るばかりだよ。

できることなら、このままホテルの部屋に連れて行って朝まで抱きたいくらいだ。

でも、そんなの玲子に失礼だし、一緒に泊まるのならちゃんと責任を持って交際したいと思ってる。」

まさか、彼の口から”交際”という言葉が出るとは思ってなかったので、私は驚いた。

「私だって、北原さんのこと大好きです。

今夜このまま一緒に泊まってもいいって思うくらい好きです。

でも、それでもっと好きになってしまうのが怖いんです。

やっぱり遠距離恋愛は寂しいから・・・。」

寂しがり屋な私に、北原さんは驚くべきことを言った。

「玲子、3ケ月に1回会えるなら我慢できる?

それくらいなら仕事で帰国するし、玲子に会うことはできるよ。

もし玲子がミラノに住む気持ちがあるのなら、1年後くらいに結婚を考えてもいいと思ってる。」

3ケ月に1回会える・・・。

1年後に結婚・・・。

具体的な計画を聞くと、私は大嫌いな遠距離恋愛もできるような気がしてきた。

でも、まだ数回しか会っていないのに、”結婚”を前提にするのは勇み足に思われた。

「北原さん、私たちまだそんなに会ってないし、キスしかしてないのに、結婚なんて本気で言ってるんですか?」

彼は私の目を見つめて言った。

「今までたくさんの女性と付き合ってきたから、わかるんだよ。

玲子は他の人とは違う。自分とはピッタリの相性の人だって・・・。」

私も、北原さんには、他の男性にはない居心地の良さを感じていた。

ラテンの国は好きなので、彼と一緒ならミラノに住んでもいいと思える。

でも、久しぶりの再会だけに「今だけいいことを言っているのではないか?」と疑ってしまう自分がいた。

私が不安そうにしていると、彼はこんな提案をした。

「玲子、年末年始って空いてる?

僕は箱根で一人宿を取っているんだけど、良かったら一緒に過ごさない?

12月30日までゆっくり考えて、その間に僕と泊まってもいいかどうか、決めてくれない?

もし『いい』って思えたら一緒に箱根で年越ししよう。

今夜は紳士らしく、君をうちに帰すよ。」

北原さんと箱根の宿で年越し・・・。

そんなの、今すぐ”Yes”と言いたいくらいだ。

でも、今の私はかなり盛り上がってしまっている。

彼の言うように、一度一人になって冷静に考えた方がいいだろう。

「わかりました。

私、年末年始は空いてます。

今日はうちに帰って、12月30日までに一緒に箱根に行くかどうか返事をします。」

北原さんはホッとしたような表情をした。

「ありがとう。いい返事を待っているよ。」

そう言って優しくキスをすると、彼は立ち上がった。

「さ、外は寒いし、そろそろ帰ろうか。うちまで送るよ。」

Chez moi

その夜、自宅に帰った私は、今日の北原さんとのデートを思い出していた。

やっぱり私は北原さんが大好きだ。

今夜だって、何も考えずそのまま朝まで一緒に過ごしたかった。

でも、簡単に私をお持ち帰りせず、考える時間をくれたのは彼の誠実さゆえだろう。

箱根の年越し、どうしよう?

そんなの、行きたいに決まってる。

でも、その後のことを考えると怖い。

私の頭の中は堂々巡りのままだった。


12月25日は特別な一日を過ごして忘れていたが、そういえば明日は普通に仕事だった。

「あ、及川さんにイブの智哉くんとの話、報告しなきゃいけなかったんだった。」

昨日、車の中で相談した時、及川さんに抱きしめられて慰められたのを思い出し、ちょっとドキドキしてしまった。

及川さんの香水の匂い、好きだな。

・・・イヤイヤ、あんなチャラ男なんか好きじゃない!!

私が好きなのは北原さんなんだから。


しかし、滅多に会えない異性より、毎日顔を合わせる異性がより親密になってしまうのは、ある意味当然のことなのであった・・・。


ーフランス恋物語105に続くー

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